14_衝突
魔王は走り出した。
木株のみとなった爺を手放すこともできないため、片手での戦闘を続けなくてはならない。
さすがに、このシチュエーションは想定にはなかった。
ならば一歩でも早く動き出さなければならない。
爆発による余韻で巻き上げられた土煙は、ほとんど収まりつつある。
光剣は、光の特性を色濃く持つ兵器だ。
そのため、水や粉塵内であればその威力は拡散される。
つまり‥‥。
背後で極光が炸裂した。
ほんの数秒前まで自身が居た場所が光剣の剣閃で埋もれていく。
勇者は、この一撃のために土煙が収まるまで息を潜め、力を蓄えていた。
同じ場所にいれば狙い撃ちにされていただろう。
そしてそれこそが、こちらが待ち望んでいたものであった。
光剣の弱点。
一定のタメが必要ということと、攻撃対象が必ず直線になること。
放たれた一撃が消え去る前に、魔王は走る角度を変えて、一気に跳躍する。
迂回する形で勇者に向かって突進した。
これも、火球を使った戦法と本質的には同一だ。
しかし、今度は魔王自らが攻撃を行う。
雷の横やりもこれならば考慮する必要がない。
あの程度の稲妻など意に介するはずがない。
距離を縮めたことで僅かに残った薄い靄が一気に開いた。
振りかぶった拳を、勇者の脇腹を目がけてねじ込む。
と、その瞬間、魔王は停止した。
火炎の魔力を拳に吹き込んだ必殺の一撃は、そのままパチパチと火の爆ぜる間抜けな音を鳴らしている。
勇者の、左背面から光剣をかいくぐる算段だった。
見落としか?いや間違いない。見間違いなど起こるはずがない。
そのはずだった。
「な、‥‥」
奇襲において、言葉を発するような愚挙はないだろう。
しかし、予想にない状況に思わず声が漏れる。
そこに勇者は居なかった。
代わりにあったのは、磨き上げられた水晶石のような柱である。
妖樹たちが眠る中庭には、あまりに不釣り合いなモニュメント。
得体がしれない。どうみても本来存在しなかった明らかな異物。
普通に考えれば魔法的な何かだろう。
「どうして‥‥」
勇者の光剣。
その攻撃は直線であるが故、ヤツの位置は明確なはずだ。
しかし。
思わず後ずさりして、ドスンと何かにぶつかる。
「んな!て、て、テメェ」
即座に振り返ると、勇者が背後に立っていた。
鏡合わせの部屋の中で迷う子供のように、互いに背中合わせでぶつかっていた。
馬鹿な!
しかし考えている場合ではない。
互いに正対するタイミングで攻撃を繰り出す。
「火雷の腕!」
「ん、にゃろ!!」
振り返りながらの互いの一撃は、居所的に絞られたものだが、鍔迫り合いの中で激しい光と轟音を爆発させた。
その威力で双方とも大きく後方へ吹き飛ばされる。
魔王はいつの間にか、西塔の外壁の崩れた土砂の中に埋もれていた。
どういうことだ?
距離を見間違えた?馬鹿な!
そもそもなんだ、あの水晶は!
何故‥‥?
思い当たるのは魔法だ。
そして、あの不気味な表情。レイラの姿を思い出す。
「あの女ぁ」
魔王は呟きながら、吹き飛びかけている血まみれの片腕をゆっくりと手繰り寄せた。
***
「まぁた、だまし討ちか?」
勇者が笑いながら独り呟くのを、ノキアは微睡の中で見上げていた。
相変わらず雷雲の中のように暗い魔界の空は、天に残っていた火球の群れのいくらかが、最も明確な灯りであった。
ベルの治療のために費やした魔力により、もはや抜け殻のようにノキアは真っ暗な空を見上げていた。
「‥‥帰りたい」
魔力切れは、そのまま精神力の低下に繋がる。
思えば想像を超えた相手との戦闘。生死をかけた戦いの、わずかな間隙というのもあるだろう。
魔力も体力もボロボロになってささやいた、彼女のわずかな思いのたけを、激しい閃光と轟音と共に、勇者が切り裂いていった。
惚けるように見上げていた夜空に、煩わしく笑い声をあげながら、どうでもよい戯言叫んでいる。
「あいつ‥‥」
距離の離れた状況で、遠慮なくノキアはつぶやいた。
馬鹿げたことに、暗黒の空に勇者は浮かんでいた。
彼は、地上から大げさに飛び上がったまま、10メートルほどの空の中にフラフラと漂っている。
馬鹿げている。
(空中飛行?そんなことできるわけ‥‥いや)
光剣。ヴォルマルフの魔眼。
彼に。彼だけに与えられた人類の至宝たちを思い返す。
彼に特殊な才能があるとは思ったことは無い。
(性格においては別だけどね)
今までの旅の道中で、空中での静止が可能などという話は聞いたことがなかった。
(なら最初から、さっきの重量調和の魔術におびえる必要などなかったじゃない!)
あの時、ぬか喜びしていた自分にも腹が立つ。
いや、実際には、何か発動条件があるのかもしれないけれど‥‥。
でも、もはやどうでも良い。
この最終局面。
所持する神具とも呼べる兵器たち。
それを土壇場まで、パーティーメンバーにすら告げないのだから。
彼にとって我々など初めから眼中に無いのだ。
どうやら再開した戦闘。
ノキアは、杖を手放してしまっているため、体を支えることもできず、地面に直接座ったままだ。
そもそも、もう素直に立ちあがる気力も起きない。
バカバカしい。
「‥‥もう、勝手にしろよ。クソが‥‥」
ノキアは、目からこぼれる水滴を、泥まみれの手でぬぐった。