10_対峙
「ねえ?」
ヴァルミラが声を上げた。
「地王竜ってのは、空も飛ぶのかい?」
馬鹿げた質問ではあった。
精霊系ドラゴンは、自然の化身。自然から漏れ出す魔力が生命と成った存在だ。
大地の化身が空を飛ぶ機能を備えているとは思えない。
問いかけた彼女もそれは分かっている。
しかし‥‥。
勇者ライディが放った光剣の一撃。
地王竜は、まさにその直撃を受け吹き飛ばされた。
最高位の魔物をたったの一撃で空中に放り投げるのだから、光剣の威力は絶大だ。
ここまでは良い。
けれど。
「何で、あんなデカいのが空に浮いてるんだ?」
地王竜の巨体。その全容を初めて見た。歴史上でも、目撃した人間などそうは居ないだろう。
全長は30メートルをゆうに超えている。
その鱗は鋼鉄以上の密度であり、それらが鬱蒼と生え揃った外皮として備わった肉体の総重量が、いったいどの程度になるのかなど想像もできない。
魔界の赤黒い空に、鋼色の巨大蜥蜴が空中にとどまっている。
それは、一目で分かるほどの異常事態であり、メンバーは全員、戦闘態勢を緩めていない。
当然、一人を除いて。
勇者ライディは案の定、まだ残る緊迫の余韻を察することもなく、早計な勝鬨を上げて1人騒いでいた。
オレすげぇ、を連呼してメンバーに絡みに行くがいつも通りにあしらわれている。
胸中で舌打ちしつつ、ノキアは空を見上げた。
真っ先に思ったのは、飛んでいるという表現への違和感だ。
ドラゴンはピクリとも動いていない。
つまり、あれはドラゴンによる能動的な『飛空』という行為には思えなかった。
(光剣の一撃は確かに効いている。ドラゴンは倒せたのか、もしくは気を失っている。あれは何か別の現象なんじゃ‥‥)
「何かいるニャ」
明かりの乏しい魔界の空。その薄い視界の中、もっとも早くベルが気がつく。
勇者を押しのけながら、ドラゴンの後方を指差した。
人型の何かが、地王竜とは別に、その背後に浮かんでいる。
先の老人とは違う。
シルエットからしたら、成人男性のような姿が確かに見える。
「人間?いや‥‥そんなわけ」
その人型の何かが、軽々と片腕でドラゴンの首根っこを掴んでいるように思えた。
魔法により空を飛ぶにはいくつか手法がある。
重力調和の魔術や、風や火などを出力した反作用の力を利用するという方法が一般的だろう。
しかし、今、空中で行われているのは、そういった技術的な方法には思えなかった。
空気中の魔素を、自身の魔力で束ねて空間を掴んでいるのだ。
純粋に空間を侵食するほどの魔力は、並大抵のものでは無い。
それこそ、外部装置が必要なレベルである。
更に言うなら、その対象が自分自身だけであればまだ分かる。
あの巨大ドラゴンをも支えているのであれば尋常な相手ではない。
「嘘、でしょ」
見れば見るほどに、その様相ははっきりとしていく。
規格外だ。
先程の魔樹の王や地王竜ですら比較にならない。
桁外れの魔力。
「親玉ってことかい‥‥?」
「そういうことニャ」
「なんだよ、何見てんだよ、みんな」
空気を読むということを、何処までも後回しにしていた勇者がようやくメンバーの緊張を察して空を見上げた。
「なんだよ、空にまだなんかいるのかよ?‥‥ん?なんだ、吹っ飛んだ竜が天に召されてやがる」
ぎゃははと酒でも飲んでいるように、一瞬笑い出す勇者だったがすぐに押し黙った。
「ん?なんだアレ?‥‥あ、アイツ、この間の奴か!!」
はあ。とノキアは大きくため息をつき、こめかみの辺りを抑える。
(ったく、この距離じゃアンタの光剣も届かないってのにノンキなもん、って、ん?)
ギョッとして勇者へと向き直る。
あまりにアッケラカンとした物言いに聞き逃すところだった。
勇者の言動は、悪い意味でも、‥‥いや、悪い意味で裏表が無い。
つまり。
「アイツって、ご存知なんですか?」
「ああ、この前討ち取りそこねたヤツだわ」
光剣を手に、頭をポリポリ搔きながら、バツ悪そうに勇者が応える。
「‥‥討ち取りそこねた?アイツを?」
「この間、ハルシュタットで見かけたヤツだよ。クッソ」
少し不貞腐れるように眉根を寄せて、勇者は地面を蹴飛ばした。
「オッシャ!この間の借りを返させてもらおうか。おい!とっとと降りてこい!!一撃で終わらせてやるぜ」
いつもどおり、どこまでも豪胆な啖呵を切って、勇者ライディは光剣を振りかざした。
相手は、今までに相対したこともない、強烈な魔力の所有者だ。
その脅威を想像すれば、本来であれば心強い物言いだったろう。
しかし、何故か寒々とした心持ちで、ノキアはブンブン揺らぐ、光剣の刀身を見つめていた。