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STORIES 042 :いつかまた歌声を

作者: 雨崎紫音

STORIES 042

挿絵(By みてみん)



いまでもうまく受け止められない出来事。


その頃の僕は転職したばかりで…

慣れない仕事に日々緊張しながら、上司の外回りに同行したりしていた。


それなりに技術を身につけていたつもりだったけれど…


まだプロの仕事としてはスキルも経験も不足しているのを日々痛感していて、悩みも尽きなかった。


まぁ、それはその後別の道を選んでからも、ずっと続いてゆくことになるのだけれど。


.


そんなある日。


いつものように外回りに同行していて、とある取引先の通販部門の担当者と面談した。

珍しく年齢も近く、ノリも合う女性で…


仕事のグチを披露し合ったりして、割とすぐ仲良くなった。


.


何度か、会社帰りに飲みに行ったり、歌いに行ったり。


仕事関連では近い年齢の知人が少なかったので、気楽に話せる人がいるのは有り難い。


当時の僕はフリーだったけれど、彼女には付き合っている相手がいた。

それはそれで良いことだ。

やましいところも何もない。


お互いに、仕事の気晴らしが共通の話題でできる、よき友人だからね。


彼女はよく、椎名林檎を歌っていた。

歌がうまい。


明るいけれど、どこか繊細な面も滲ませているあの子に、よく合っている気もした。


少し心配になるくらい。


.


やがて、彼女は結婚した。

僕にも恋人ができていた。


良かったね。

お互いに祝福し合い、2人きりで会うことはなくなる。


お互いに仕事も忙しくなり…

メールのやりとりも減り、彼女は担当からも外れた。


周囲との関係性って、少しずつ変わってゆく。

大切にすべき人、モノ。

優先順位が、ね。


.


数年後。


あまりよくない噂を聞いていた。

職場に復帰した彼女だが、仕事を休みがちでメンタルも不安定。

家庭もあまりうまくいっていないようだった。


でも、直接の付き合いがなくなってしまい…

守るべきものをたくさん抱えていた僕には、彼女にしてあげられることはもうなかった。


…いや、あったのかな。

わからない。


悩んでいる人に何かをしてあげるなんて、簡単なことじゃない。

立場や付き合い方から考えても、何かを一緒に背負ってあげる訳にもいかない。


結局は、自分で解決するしかないのだから。


でも…

ただ話を聞いてあげるくらいならできたのかな。

ともだち、だもんね…


.


そしてあの人は幼い娘を残して、自ら遠くへ旅立ってしまった。


それを聞いたのはだいぶ後になってから。

言葉にならないくらいの衝撃を受けた。


母を亡くした子供は、別居していた父親が引き取って暮らしているらしい。

それだけは不幸中の幸いだった、かな。


子供を遺して逝ってしまうなんて…

そこまで追い詰められてしまうなんて、どんな状況だったのだろう。


心の内など、誰にも本当のところはわからない。

心境とか悩みとか、そんな簡単に言い表せることじゃないのだろう。


考えることそのものを拒絶してしまうというのは…


でも、僕だって悩みがない訳じゃない。

むしろ、ひとりで抱えていることなんて山ほどある。

その半分も口には出していない。


…だから本当は、少しだけ理解できる。

その道は選ばない、というだけで…


しっかりと生きてゆくことって、結構むずかしい。


.


正しい街、幸福論、同じ夜…

彼女の歌声では、もう聴くことができない。


そして、オリジナルのCDを聴いたり、自分で弾き語りをしてみたりするけれど…

そのときはいつも、心の片隅に彼女の存在がある。


歌うあの子の遠い記憶。


誰であっても…

死ぬなんて簡単に言わないでほしい。

どうしようもなく、不幸で、哀しすぎる言葉だから。


僕でよければ、話を聞くよ。

何時間でも、ただ黙って頷きながら。

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