9話
ヤヨイの部屋の蝶の飾りの扉が勢いよく開けられて、象くらいの大きさの岩と人の中間みたいなお化けが入ってきました! 王様みたいな格好をしていますっ。
たぶんオンジイです!
「ヤヨイ姫ぇーーっっ!!!」
とんでもない大声っ。
「はい、お父様。ヤヨイはここに」
「おうおうおうっ」
ズンズンと早足で来て、壁みたいな両手でおっかなびっくりな感じでヤヨイを包む、やっぱりオンジイだったお化け。
「大丈夫かぁ? 小さなお前。ワシの希望! 何もされていないな??」
「もちろんです。ケンスケ君は良い子ですから」
「よ、良い子の賢介ですっ!」
・・ガウガウとか言ってごめんなさいです。冷や汗が止まりませんっ。
「まったくっ! マガリカガミのヤツめっ。何が話し相手だっっ。なんのつもりだっ。アバタオニまで討ち取られというのに!」
「お父様。マガリカガミは信用ならないモノです。お気をつけ下さい」
「わかっておーーるっっ!! それからぁっっ」
オンジイは僕を摘まみ上げましたっ。
「ひゃあーーっ?! 僕、何も悪いことしてませんっ」
ガウガウ言っただけですっ。
「お父様っ、落ち着いて下さいっ。お父様!」
「お前ぇっ! 山童のっ、仲間だなぁっ?! コイツめぇええーーーっっ!!!」
「山童君とは良いお友達ですっ。ヤヨイさんとも良いお友達ですっ!」
「ああんっ?!」
「お父様!」
「僕、悪いことしてませんからっっ」
ガウガウしただけですっ。もうガウガウもしませんからっっ。
「ダメだぁっ、反省する前に喰うっ!!」
岩の大きな口を開けて、摘まんだ僕を食べようとするオンジイ!
その時っ、窓の方に走ったヤヨイが触れずにカーテンと窓を全部開けて、その先にあったバルコニーに走りました。
「っ?! ヤヨイ姫??」
「ヤヨイ?」
手摺に背中を付けるヤヨイ!
「お父様! その子を食べてしまうなら、ヤヨイはここから飛び降りますっ」
ヤヨイの目は真剣でしたっ。
「おうおうおうおうっっ、なんということをいうのだっ!」
僕を摘まんだまま、オンジイはオロオロしながらバルコニーに出てゆきました。
外は風が吹いていました。なんだか、嫌な風だな、と思ったら、
「え?」
バルコニーから見える景色はっ!
見える範囲、全ての野山が枯れてしまっていますっ。
僕達はものすごく高い、あ、建物側を見ると、
「ここ、城?」
「んんっ? 何を今さらっ、ここはワシの支配する岩窟城だっ!!!」
「お父様、ケンスケを離して。その子は私のお友達!」
「・・むぅ。お前、妙な物は持っていないだろうな? ふん!」
オンジイが僕を摘まんでいない方で岩の手の指で僕を指差すと、僕のポーチやポケットがチャックも何もかも開いて、中身が出てしまいました!
でも、靴の中は大丈夫みたいっ。
「・・ハンカチ、ポケットティッシュ! これは、スマトホォーンっだな! 小銭入れには、人間の金! 他は、どうということはない・・なんだ! お前っ! 人間の真似ばかりしおって! この人間被れがっっ!!」
「すいませんっっ」
もう一度、ヤヨイを見るオンジイ。ヤヨイはにらみ返して、手摺から両手を離しません。
「忌々しいヤツめっ」
オンジイは持っている僕をバルコニーの近くまで下げてくれたから、そのまま降ろしてくれるかと思ったら床近くで指を離してきて、僕はお尻をついてしまいました。
「あ痛!」
「ケンスケっ」
ヤヨイは駆け寄って僕を抱えてオンジイから離れました。
「お父様、私のお友達に何もしないで!」
「わかったっ。わかっておる。お前が嫌がることはしない。おおヤヨイ姫。ワシの娘!」
「今は話したくない。夕食の席にはゆきます。今は出ていって下さい! お父様っ」
「・・ううっ、わかった! お前! チビスケっ! 山童は見逃さんぞ?! お前もおかしなことをしたらタダでは済まさんからなっ?」
「わかりました! 僕は良い子ですっ」
必死で言いました。こんなに良い子でいようと思ったことはこれまで一度もありませんっ。
「ふんっ。では、ヤヨイ姫、夕食でな。今晩はインドの料理だぞっ? 向こうのヤシャ族の料理人を取っ捕まえてやったからな! ガハハハッ。・・それじゃあ、ここは風が強い、早く部屋に戻るんだよ?」
オンジイは心配そうに言って、バルコニーから部屋に戻って、そのままヤヨイの部屋を出てゆきます。
僕とヤヨイはため息をつきました。
落ち着くとヤヨイの胸に押さえ付けられていたから、良い子の僕は慌ててヤヨイの腕から泳ぐみたいに抜け出して、オンジイがバルコニーに散らかした僕のスマートフォンなんかを拾い始めるのです。
ヤヨイは立ち上がって、風で乱れた髪をかき上げて、枯れてしまっている城の周りの野山を見ました。
「ヤヨイ、山童に色んな変わった場所に連れていってもらったけど、ここは、枯れた草と木ばかりの場所なの?」
「・・違うよ。元は春になると、花でいっぱいの場所だった。お父様は芽吹く野原に立つ岩宿から現れたお化けだったから」
「イワヤド? ふうん? あ、指輪はもうポーチに入れとこうかな? 歩いてると落としそう」
僕はイヌガミの指輪を靴から取ります。
「じゃあ、どうしてこんなに枯れちゃってるの? 春なのに」
「それはね」
ヤヨイはまた、今度は前を見て、手摺に両手を置きました。
「私のせい」
「ヤヨイの?」
僕の方に振り返って、ヤヨイは右の長い裾を上げて右腕を見せたのですが・・
「え?」
ヤヨイの腕には宝石みたいなヒビが入っています!
「私は、本当はもう死んでしまっているから」
とても疲れてしまった顔でヤヨイはそう言うのでした。