4話
少し霞の掛かった空を、ガラスでできたみたいな蝶の群れが飛んでいます。
山童と僕達はバケヤマドリの背中に乗って、何もかも大きくて不思議な物ばかりのこの世界の空を飛んでいるのです!
「わーっ! 最高っっ」
「高い高いっ、もう降りたいよ!」
「うっへっへっ ケンスケ! お前の弱虫はシンザンモチじゃ治らないからよぉ、あちこち連れてってやるのさっ」
「僕は弱虫じゃないって!」
「バケヤマドリ! まずはフンドダニに連れてけっ」
バケヤマドリは鳴かずに少し顔を上げて、グンっと向きを変えました。
「わーっ!」
「フンドダニってどこよ?」
「火で真っ赤な谷だ! 熱いぞぉ? へっへっー」
「面白そう!」
「行きたくないよぉーーっ!」
バケヤマドリは僕が言っても聞いてくれず飛んでいってしまいました。
それから僕達は火を吹くフンド谷で山童がヒネズミというお化けの髭を抜いたから追い掛け回されて、
凍えたソネミ岳では氷の睡蓮の花を詰んで、
乾いた砂丘ばかりのトロウ丘ではバケヤマドリより大きな砂に潜る蛇の鱗を拾い、
ずっと小雨が振ってる苔だらけのナグサミ森ではぶつけると爆発するキノコをたくさん取りました。
「ふ~っ、大漁大漁!」
この世界にも日が暮れて石の家に戻ってくると、山童はご機嫌で筵に取ってきた物を並べています。
灯りは油の台に紐を差して火を点けていました。時代劇で見たことあります。
普通の油じゃないのかもしれません。少し香水みたいないい匂いがして、とても明るいです。
「ふぁ~~、疲れたぁ・・」
「山童、そんなの集めてどうすんの?」
靴を脱いだ僕と夏実は葉っぱの付いて枝が生えてるちゃぶ台が置かれてる筵の上に、ぐで~んと座っていました。夏実は靴下も脱いで丸めて近くに転がしています。
「あ~ん? オンジイと手下どもをコテンパンにしてやんのさ! 明日は主様んとこで若水ももらってこないとなぁ、うっへっへっ」
「オンジイってのが誰だかわかんないわ。というか、お腹空いた~」
「あ、それは僕も」
僕達のお腹がぐうぐう鳴りだしました。その音を聴いたのかもしれません。大雑把な作りの簾が上がったままの石の窓から、いきなりバケヤマドリが大きな顔を突っ込んで山童を押してひっくり返してしまいました!
「どぉあっ? ちょっ、待てよ! バクタケが爆発するだろっ」
聞かずにグイグイ山童を押し続けるバケヤマドリ。
「バケヤマドリも、お腹空いてるんじゃない?」
夏実が言ったけど、この大きさだといっぱい食べそう。
「わかってる、わぁかってるって!」
山童は草みたいな長い髪の中からタワーレコードの袋を出して中からドングリを1つ出して、大きく開けたバケヤマドリの口に放り込みました。
「・・・」
満足そうに目を細めてバケヤマドリは石の窓から顔を戻してゆきました。
「1個だけなの?」
「ケチぃ」
「バケヤマドリは欲張りじゃない。それに志場の巫女がオイラに供えた物だしな!」
「別に巫女じゃないし」
「ナツミはよくお供えするし、祭りの時は下の神社でよく変な踊りも踊ってるだろ?」
「変な踊りじゃないよっ、神楽!」
でも山童を祀ってる神社だから? 神楽の振り付けがちょっと面白い感じだと僕は思ったりしてます。
「山童、夏実の変な踊りはいいから、なんか食べさせてよ? お風呂も入りたいし、というかそろそろ帰りたいよ」
「神楽っ! 変じゃないしっ、賢介!」
「帰るのはもうちっとお預けだぁ。病気はシンザンヘイが切れたらそこまでだが、弱虫は治せるからな」
山童、弱虫って何回も言ってくるっ。
「飯と風呂はいいぞ? オイっ、イワナリども!」
山童が手をパンっと打つと、石の家のあちこちから小石が転がってきて、それぞれ小さな人の形になりました。
「オイラはいらないが、ナツミとケンスケに風呂と飯だ! 服も洗ってやれ。浴衣と褌と湯文字も出してやれ。あと、囲炉裏と火鉢も点けろ。人間はシンザンヘイを食っても夜は寒がるからな」
「ピシィっ!」
「ピシっ」
「ピシ~」
イワナリ達はそんな風に鳴いて、一斉に言われた通りに準備を始めました。結構カワイイです。
お風呂は夏実と一緒に入れられそうになって慌ててしまいましたけど、夏実の後に入ると湯に薬草の袋が沈めてあって凄くリラックスできました。
シンザンヘイを食べてから咳も出ないからネブライザーが無くても、もう治ってしまったような気もして胸や喉に触れてみたけど、何も咳が出ないとなんだか、それも不安な気がしました。
マラソン大会とかも出ないといけないだろうし・・
夕ご飯は大きな塩味の焼き魚と、大きな里芋を蒸かした物を夏実と2人で分けて、あとは大きなキノコと蕨を刻んだ物と岩海苔と生姜の塩のお汁、果汁と蜂蜜のジュースでした。
山童子は夏実のドングリを摘まみながら、ジュースだけ飲んでました。
イワナリ達は山菜やキノコや芋のくずや、焼き魚の骨を夢中で食べてました。
歯磨きは塩と、木の枝の先を叩いて潰して作ったハケみたいな歯ブラシでするのですが、使い方が難しくて僕も夏実も苦戦しました。
そのあとは山童はすぐにイビキをかいて眠ってしまって、イワナリ達も小石に戻ってしまって、僕と夏実は山童の隣で筵に寝ることにしました。
藁と布で枕を作って、掛け布団は筵。チクチクします。
「山童、元の世界に帰してくれるかな?」
「帰してくれるつもりはあると思う。けど、山童の普通とあたし達の普通はたぶん違うから、明日、なんかする時は本気で気を付けた方がいいよ」
「・・戻って、シンザンヘイが切れたら、また咳が出るんだろうな」
「弱虫が治ったら、少しは違うよ? ふふ」
「夏実まで言わないでよ!」
「ふふ。・・でもさ、もうすぐ私達は5年生だから、山童が変なことしてくるの、もうこれきりかも?」
どういう意味だろ? 5年生になったらダメなの??
「なんで?」
「なんとなく」
夏実は向こうを向いてしまいました。ヒョウソクという灯り遠くに置いてあるのですけど火鉢は近くて、炭の火の色が、ぼんやり石の壁に映っていました。