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かくれんぼ

作者: 雉白書屋

 夏の終わり、夕方。いつもの帰り道を歩いている時のことだった。

 どこからか子供の声が聞こえ、俺はあれ? っと思った。

と、いうのも今しがた道の端へ寄る際にチラッとうしろを振り返り

車や自転車が来てないか確認したのだ。

 しかし、うしろには誰もいなかった。前方にも人の姿はなし。

 じゃあ、さっきの声はどこから? 

そう思い、立ち止まって辺りを見渡したのだが、やはり誰もいない。

 空耳か? 別に疲れているつもりはないが、ま、そういうこともあるだろう。

そう思い、また歩き出した。


 でもしばらく経ったあと、また、帰り道で同じような声を聞いた。

 当たりを見渡してもまた同じ。誰もいない。

 でも、そう不思議なことではない。そこの家の塀の裏か。

あるいは反対側の家の塀の裏か。道の両側、住宅地だ。どこかの家の子供だろう。

庭で遊んでいるんだ。かくれんぼ。そうにちがいない。



 翌日、また聞こえた。

 その翌日もまた。

 その翌日も。

 その次も……。


 ほんの一瞬のものとはいえ、そうやって繰り返し聞くうちに

頭の中で思い描いた姿が鮮明になっていく。

 女の子。小学一年生。目は丸くクリクリしている。

髪型は前髪が切りそろえられていて二つ結び。

 

 ……が、これは俺がゼロから想像したわけじゃない。

 ここに来るまでに何回か見た、電柱の張り紙。その写真。それにあの声が重なる。

そして、匂いまでも。


 

 腐敗臭。


 不思議なことではないかもしれない。側溝が臭いのは。

 だから、やめておけばいいんだ。

 気にせず帰ればいいんだ。

 でも。



「ないしょにしてね」


 しゃがみ、側溝の蓋の穴に手を伸ばした俺が耳にした声。

 コオロギなのかなんなのか虫の声、カラスの声、遠くの車の音、ヒグラシ、風、蠅

それらで十分に上書きされるまで俺はピクリとも動けなかった。

 それから俺は何もせず立ち去った。足早に。

夕日が落ち、真っ暗闇になることを恐れて。

 

 家に帰った後も、あの声は耳の中に残り、頭の中の姿はさらに鮮明になっていた。

 

 押し込められ、折れ曲がった手足。

 赤みを失い白くなった体。

 白濁した目。

 髪の毛は流れ込んだ雨水によって湿り、泥とゴミが絡みついている。


 これは俺がゼロからの想像した姿。

 そうだ。ただの想像、空想、妄想。

 あの時、あの蓋の穴。目なんか合っていない。

 でもあの声は……。

  

 俺はどうすべきか悩み、悩み、そしてただ眠った。

気のせいだ。それに『ないしょにしてね』とあの子がそう言ったから

何もする必要はないと自分に言い聞かせて。


 実際、俺が何をしようともしなくとも、他の悩みと同じように時間が解決してくれた。

 あれほどの臭いだ。不審に思った誰かがあの子を見つけたのだろう。

 ある日のニュース番組に、顔を覆い涙声で話すあの子の母親と

それを支えるように肩に手を添え、俯く父親の姿があった。

 何を喋り、どんな思いでいるかはニュースの途中でテレビを消したので俺にはわからない。



 ただ、あの道を通ると、たまに声がする。

 

 あ、だめ。

 見ないで。

 ないしょにしてね。

 ふたりに怒られちゃうから。


 そう言う、あの子の怯えた声が。

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