バスカ、勘当されたけど何食わぬ顔で妹オトハに会いに屋敷に訪れる
「オトハ~! 助けてくださいまし~!」
バスカは妹のオトハの元を訪れていた。
つまり、勘当されたにも関わらず元々住んでいた屋敷に戻ってきたわけである。
使用人たちは苦い顔をするものの、さすがに追い出したりはしない。
そもそも、バスカの身体能力はダンジョン外だろうが高すぎて、使用人たちでは捕まえることができないのだ。
「オトハ~~~!!!」
机に向かい本を読んでいたオトハが本を閉じて振り返る。
「はぁ……バカ姉、勘当されたというのにどんな顔して戻ってきたのでしょう?」
「どんな顔って……いつも通りですけれど?」
「…………」
腹違いではあるが、姉妹というだけあってオトハもまた容姿端麗である。
バスカを華麗に咲き誇る大輪の花とするならば、オトハは静かに佇む気品のある花だ。
二人が並べば目を引くのはバスカであろうが、オトハは知性溢れた美しさを持っていた。
「それにしても、今日もオトハはお勉強ですの? もう十分すごいんだからもう勉強しなくてもいいんじゃなくて?」
「勉強をサボってたバカ姉には分からないでしょうね」
「わ~、またなんか凄そうな賞状が増えてますわ! さすが天才のオトハですわ~~~」
「…………」
オトハはバスカの2歳下の妹に当たる。
バスカが18歳なので、オトハは16歳の高校生ということだ。
もとよりマサムネから見捨てられていたバスカとは違い、オトハは百鶴財閥の跡取りになるべく育てられている。
全国模試1位は当然。
それ以外にもあらゆる検定や資格をすでに持っていた。
「で、バカ姉はなんで来たのですか?」
「ワタクシ、ダンジョン配信者を始めたのですわ!」
「耳には挟みました」
バスカの配信の様子はSNSで爆発的に拡散されている。
オトハが知っていてもなんら不思議ではない。
特に、バスカを知る者であれば一発で分かるだろう。
「それで、このタブレット、壊れてるんですわ!」
「ふーん……それで直してほしくてワタシに会いに来た、と。それで、どこが壊れてるのですか?」
「お金が出ないんですわ!」
「はい?」
バスカから詳しく話を聞くオトハ。
どうやら、バスカは配信を行っているのにお金が出てこないことを疑問に思っているらしい。
「バカ姉、タブレットから直接お金が出るわけないでしょう」
「そうなんですの?」
「はぁ……少しワタシに貸してください」
オトハは配信用のタブレット端末をバスカの手から奪い取る。
「色々と設定しないといけないので、1時間したらまた戻ってきてください」
「分かりましたわ!」
「集中したいから早く出ていってください」
「では1時間後に戻ってきますわ~!」
バスカが部屋の外へと出ていく。
部屋に残されたオトハは一息ついて……
「あ~~~~!!! やっぱりお姉様かわいすぎるでしょ!!!」
突然のキャラ崩壊。
「なに? タブレットからお金が出ないって大真面目に相談に来るなんて! そんなかわいい人類がこの世に存在していていいの? いいや、しちゃダメでしょ」
妹の百鶴院オトハは、重度の姉好きだった。
それというのも、バスカはオトハのことをストレートに天才だと言ってくれる唯一の人物だからである。
百鶴財閥の跡取りとして「できて当然」と育てられたオトハを褒めてくれる人物はバスカしかいなかった。
父のマサムネには、バスカとは距離を置くようにと言われていたが、オトハを褒めてくれたのは常にマサムネではなくバスカだ。
父の目を盗むために仲が悪いかのように振る舞いつつ、オトハは内心ではバスカのことをとても好いていた。
「さてと、今のうちにお姉様のアカウントにワタシもアクセスできるようにしておきましょう」
オトハはタブレットを手際よく操作していく。
「配信はお姉様の素晴らしさを世に広めるチャンス。でも、お姉様はチャンネルの概念も収益の受け取り方も知らないはず……代わりにワタシがこっそり手を回してあげなくては!」
もとよりバスカの端末にロックなどかかっていないため、ものの数分でオトハはバスカのチャンネルへのアクセス権限を手に入れた。
「チャンネルの概要を整えて……そうだ、ウルトラチャット機能もオンにしておかないと……」
ウルトラチャット、通称ウルチャとは、配信時のコメントでお金を払うことで配信画面にコメントを表示させられる機能である。
過去で最もウルトラチャットを受け取った配信者として、1日で3億円という記録が残っているため、ウルトラチャットは配信者の貴重な収入源だ。
「あとは収益の受け取り方ですけれど、さすがにお姉様が希望するタブレットから直接お金が出るというのは不可能……一度ワタシの口座に収益を入れて、それを現金で届ける方法なら……そうだ!」
オトハがぽんと手を叩く。
「お姉様に直接取りに来てもらう方式にすれば一石二鳥! ワタシはお姉様に会えて幸せ、お姉様は収益を受け取れて幸せ! まさに完璧なアイディア! 配信でもお姉様は素晴らしいですけれど、ナマお姉様のほうが素晴らしいですから!」
数日バスカに会えていなかったので暴走気味のオトハ。
「それにしてもお父様はなんて馬鹿なことを。お姉様を家から追い出すなんて、ワタシの目の保養をどうするつもりだったのでしょう。お姉様が配信者になってくれたからまだ目の保養はできるとはいえ……」
黙々と作業をしながら、オトハは父であるマサムネへの不満を募らせていくのであった。
*
「バカ姉、設定は終わらせておきました」
「感謝致しますわ! さすが、オトハは天才ですわね!!!」
「はぁ……」
「それで、どうやったらお金は手に入りますの?」
「バカ姉には難しいと思うので、代わりにワタシが用意します。だから、必要なときに取り来てください」
「じゃあ、今欲しいですわ!」
「はぁ……バカ姉、配信でお金を稼ぐ設定をオンにしてなかったから現時点で稼げているお金は0ですよ。そんなことも分からないで配信者始めたんですか?」
「そうなんですの!? ワタクシ、大変なミスをしてしまったようですわね……」
「安心してください。今その設定は終わらせたので、バカ姉が頑張ればこれから稼げるはずです」
「ほんっとうに、オトハは天才ですわ!!」
「はぁ……」
オトハは褒められることに慣れていない。
こうやって言われるたびに自制するので精一杯だ。
もしも尻尾があったらブンブン振ってしまっているだろう。
「……それで、バカ姉、お金がないのですよね?」
「よく知ってますわね」
「これ、持っていってください」
オトハが封筒を差し出した。
「なんですの? これ」
「お金です。いくらバカ姉とはいえ、路頭に迷って死なれたら困りますから」
「さすがにオトハからは受け取れませんわ!」
「いえ、あとでバカ姉の稼いだお金から引かせてもらうので大丈夫です」
「そうですの? そういうことなら、受け取りますわ!」
内心、オトハはほっと胸をなでおろす。
お金がなくてモンスターを食べているというのは正直心配だった。
一方で、バスカであれば大丈夫だろうとも思っていたが。
「では、配信がんばってください。ワタシは見る気はありませんけれど」
「そんなこと言わずに見るといいですわよ! ワタクシの配信は最強ですもの!」
「……まぁ、考えておきます」
「オトハも元気に過ごすんですのよ! それではごきげんよう~!」
嵐のように去っていくバスカ。
オトハが窓まで行ったときにはすでに屋敷の門へと駆けていく様子が見えた。
「さすがはお姉様。活力溢れる後ろ姿だけでも元気がもらえます。さて、お姉様の配信のアーカイブを見返しながら、勉強の続きをするとしましょう」