ダンジョン攻略のその後、黄昏トキナはバスカを分析する
黄昏トキナは家に帰ると、配信のアーカイブ(配信の録画)を整理する。
「SNS随分荒れてるなぁ……。確かにあの子は逸材だったしね~」
SNSを少し確認したあと、トキナはすぐに作業に移る。
アーカイブをそのまま出すのではなく、見やすいように編集してから出すのがトキナのスタイルだ。
「ここはあの子にボールペンを取られたときの……スロー再生すれば何をしていたのか分かるかもしれない」
トキナの超高性能の撮影ドローンは加速中のトキナの動きすら捉える。
一般的なカメラは1秒間に60枚の画像で構成されているが、トキナの撮影ドローンは1秒間に1000枚以上もの画像で構成されていた。
このデータを確認すれば、バスカのスキルの秘密が分かるはずだ。
「ここね。コマ送りにして…………え!?」
信じられないことに、バスカの動きは映っていなかった。
「このドローンでも捉えられないレベルの加速スキル……?」
理論上はありえない話ではない。
0.001秒より速く動けば……
いや、しかしそんな速さで動くなど考えづらい。
「まさか、瞬間移動スキル?」
それならばコマ送りしても映らなくて当然だ。
きっとそうに違いないとおもったところで、思い直す。
「でも、瞬間移動でどうやってボールペンを?」
ボールペンごと瞬間移動?
それとも何か未知のスキル?
結局、考えてもバスカのスキルの秘密を突き止めることはできなかった。
暫定、瞬間移動スキルとするしかない。
「そうだ。私が倒れている間にもスキルを使ったかも」
あれだけ強力なダンジョンボスを倒したということは、なんらかのスキルを使ったことは間違いない。
同じスキルとは限らずとも、少なくとも不定形モンスターにダメージを通せるだけのスキルを……
「はぁぁぁ!?」
写っているのは手に塩コショウをふりかけて少女霊に殴りかかるバスカ。
意味がわからなかった。
SNSが荒れている原因はこれだろうと当たりをつける。
「いや……規格外にもほどがあるでしょ……」
探索初心者とは思えない尋常ではない身体能力に戦闘スタイル。
探索者はダンジョンに長く潜っていることで徐々に魔力と親和性が上がって身体強化やスキルの発現といった現象が起こるわけで……
「もとからよほど魔力との親和性が高かったか、幼い頃からダンジョンに入ることのできるような環境にいたか……どっちかだろうなぁ。でも、そんなことよりどうして塩コショウで不定形モンスターが倒せるわけ!?」
不定形モンスターの中でもスライムのような実体を持つタイプであれば、運良くダメージを通すための条件を満たした可能性がある。
しかし、幽霊のような実体を持たないタイプではそんなことはまずありえない。
塩で攻撃が通るようになるのであれば、とっくに探索者の間で周知されているはずだ。
「やっぱり、SNSで検索をかけてみても、塩コショウで攻撃が通るようになったりはしないみたいね」
すでに配信を見た別の探索者が幽霊タイプのモンスターに試したらしい。
しかし、結果は全くの無意味。
塩コショウで攻撃が通るようにはならなかった。
必然的に、バスカのあれはスキルによるものということになる。
塩コショウを手にふりかけたら攻撃が不定形モンスターにも通るようになる、なんていう使いどころの限られたスキルはありえないだろうが……
「うーん、不定形モンスターにもダメージを通せるようになるスキルと瞬間移動系のスキル……なーんか統一感ないなぁ」
熟練の探索者であるトキナは、この統一感のなさに引っかかりを覚えた。
探索者が発現するスキルは完全なランダムというわけではない。
各々が抱く強い思いが反映されたスキルに目覚めるのだ。
例えば、黄昏トキナが掲げる信念は「破壊力は正義」である。
“加速”はあくまでトキナが理想とする最高の破壊力を実現するために目覚めたスキルというわけだ。
他のスキルも理想の破壊力を補助するためのスキルが揃っている。
一方で、バスカのスキルには統一感がない。
不定形モンスターにダメージを通せるようになるスキルと瞬間移動では性質が全く違いすぎる。
「考えれば考えるほど謎だなぁ……。一旦考えるのはやめにしてアーカイブの編集を終わらせないと……」
気持ちを切り替えて編集に臨むトキナ。
こうして平和に編集が終わると思っていたが、最後の最後で衝撃の事実に気づいてしまう。
「えええええええええええええええええええ!? 治癒の霊薬を私に使ったの!?」
何事もないかのように霊薬をトキナに使用したバスカだったが、治癒の霊薬はただの回復薬ではない。
正真正銘、本当にあらゆる病すら治せるような代物なのだ。
小さなその見た目からは想像しづらいが、値段にすれば億はくだらない未知遺物である。
「これまでに数件しか確認されてないような超貴重な未知遺物を……」
トキナは思い直す。
SNSが荒れてた一番の原因は間違いなくこれだ。
いくら名を売るためとはいえ、超当たりの未知遺物を初対面の人物に惜しげもなく使うなどありえない。
その上、あのときトキナはエネルギーを吸われて倒れていただけで、治癒の霊薬が必要なほどのダメージを負っていたわけではないはずだ。
「ありえないでしょ……。安く見積もっても2億はするような代物なのに……」
億越えの未知遺物は一生に一度巡り会えれば運がいいレベルの代物。
バスカが勝手に使っただけでトキナに非はまったくない。
しかし、使ってもらったと思うと、大したお礼もなく解散してしまって悪いようにも思えてくる。
「はっ、もしかして……」
トキナは自分の左手を顔の前に持っていくと、親指から順番に小指まで強く握りしめて拳を作った。
「治ってる……!」
まだトキナが新人探索者だった頃、探索中に負った左腕の大怪我。
当然治療は終わっているが、後遺症は残りトキナは左手に力を込めることができなくなっていたのだ。
それでもうまくスキルを駆使して、右手だけを使ってここまで上り詰めてきた。
完全に握れないわけではないので、視聴者にもバレていないトキナの秘密。
そんなトキナの悩みが偶然にも一つ消えた瞬間だった。
「これでより破壊力の高みを目指せる……! ふふ、あの子にはお礼をしないといけないなぁ」
あれで新人探索者というのだから逸材だ。
それに、配信者としてもキャラクターが立っていて好感が持てる。
きっとバスカはダンジョン配信四天王並の人気が出ることだろう。
「さてと、編集も終わったし、投稿して今日は寝るとしよう」
トキナは今日の出来事を思い返しながら、ベッドへと潜るのだった。