黄昏トキナとともにダンジョンボス討伐③
そこに佇むのは倒したはずの少女霊。
……復活するモンスター?
……倒したのは身代わりだった?
……直前で防御された?
……もしかして当たっていなかった?
もうトキナの手元に霊薬は残っていない。
ダメージを通す手段はないということ。
さらに、身体が一気に虚脱感に襲われ、膝をつく。
少女霊が泣いているということは、エネルギーの吸収が起こっているのだ。
消耗して抵抗力の下がったトキナにとって、それは致命傷になりかねない。
遠のく意識の中で声を振り絞る。
「バスカ、私のことは放っておいて出口を探して。手遅れになる前に」
「安心するのですわ。あのモンスターは幽霊、そうですわね?」
「そう、だけど……」
「ワタクシにいい考えがあるのですわ~!」
あの技で消耗したトキナは、もう限界であった。
エネルギー吸収に耐えきれなくなり、そこでトキナの意識は途切れる。
一方のバスカはポーチをゴソゴソと漁ると、何かを取り出した。
「これを使えばいいのですわ~~!!」
バスカの手に握られているのは塩コショウ。
モンスターを食べるための味付けとして持ってきた、確かに塩コショウ。
「幽霊ということは清めの塩が苦手のはずですわね? あれ? トキナ?」
そこでトキナが倒れていることに気づく。
「許せませんわ……。ワタクシの戦友をこんなにするなんて……!」
わなわなと怒りに震えるバスカ。
なお、二人は数時間前に出会ったばかりである。
「喰らいなさい、エンチャント塩コショウ!!!」
おもむろに塩コショウを手に振りかけた。
「攻撃が当たるならワタクシが負けるはずありませんわ! 行きますわよ~~~~!!」
勢いよく少女霊へと飛び出していく。
常識的に考えて、塩コショウを手にふりかけたところで攻撃が当たるわけがない。
配信を見ていた視聴者たちも全員がそう思っていた。
「バスカスペシャル、塩コショウパ~~~~ンチ!!! ですわ!」
バスカの拳は少女霊の顔を捉えて……
そのまま、少女霊を殴って吹き飛ばした。
「ッ……」
塩コショウをふりかけただけなのに、本当に攻撃が当たったのである。
「オラオラオラオラ~~~!! お死にあそばせ~~~~!!!! あ、幽霊ってことはもう死んでるんでしたわね」
吹き飛ばしては追撃を重ねるバスカ。
繰り返すこと数回、少女霊が悲鳴をあげた。
「ヤメテ……イタイ……ヤメテ……アアアアアア」
バスカの攻撃に耐えられず、少女霊が消滅した。
場を静寂が支配する。
「復活するのならするのですわ! 何度でも倒して差し上げますわ~~!」
少女霊が復活するのではないかと身構えるバスカであったが、場は静かなままだ。
先程のように蕾が現れる気配はない。
「どうやら、復活は1回だけだったようですわね。ワタクシの勝利ですわ~~~!!」
高らかに勝利宣言を決めるバスカ。
とはいえ、心配なのは倒れたトキナのことだ。
急いで駆け寄って様子を確認するが、衰弱していて起き上がる気配はない。
「まずはダンジョンの外まで運ぶしかないですわね」
バスカはトキナをお姫様抱っこの要領で抱きかかえる。
トキナが破壊した中央の地面、そこには確かに下層への道が続いていた。
そこは宝物庫であることが見て取れる。
バスカはトキナを抱えたまま宝物庫へと降り立った。
「宝箱だけ開けていきますわよ! オープン!」
宝箱の中には、1本の薬瓶が入っていた。
中には緑色の液体が満たされている。
「あ、これ動画で見たことありますわ! 治癒の霊薬ではありませんこと?」
治癒の霊薬、それは振りかけることで対象のあらゆる病や傷を治す未知遺物である。
「ワタクシはピンピンしていますし、トキナに使いますわ~~!!」
躊躇なくそれをトキナに振りかけるバスカ。
「ん……う……はっ、あの少女霊は!?」
「今は倒してもう宝物庫ですわ!」
「あのモンスターを倒せたの!?」
「ええ、ワタクシにかかれば造作もないことですわ~~!!」
「そうか……とにかく、助けてくれてありがとう」
「当然のことをしたまでですわ!」
トキナは端末を確認し、まだ配信中になっていることを確認すると撮影ドローンに向かって喋りかける。
「リスナー共、不甲斐ないところを見せてすまなかった。まだ頭がぼーっとしているから、今日の配信は一度ここまでだ」
「では、ついでにワタクシも今日はこのくらいにしますわ~! また明日も配信するから楽しみに待っているといいですわよ~~!!」
二人は配信を終了する。
配信者にとって、終了ボタンを押したこの瞬間がほっと一息つける時間だ。
「……こんなに強力なモンスターは久々だった。感謝してもし足りないよ」
「あれってそんなに強いんですの?」
「戦闘力自体は低い可能性はあるけど、対策なしで足を踏み入れたらほぼ詰みっていうのが厄介だね。本当にどうやって倒し……」
倒した方法を聞こうとしてトキナは思い直す。
「いや、それは録画を見てのお楽しみとさせてもらおうかな。宝箱の中身はもちろんあなたが持っていっていい……って、何してるの?」
なぜか、バスカが自身の手を舐めていた。
「塩コショウを手にふりかけて舐めてみたら思ったより美味しいですわ!」
「……」
もはや、はしたないとかそういった次元を超越している。
舐めるな、手を。
「それ、絶対配信でやらないように注意しなさいよ……」
そもそもどうして手に塩コショウをふりかけることになったのかもわからないトキナ。
一方のバスカはまだ手を舐めていた。
「?」
「とにかく、連絡先は端末に飛ばしておいたから、今日は解散にしよう」
「分かりましたわ! ワタクシも今日は寝ようと思いますの! それではごきげんよう~」
こうして黒花塚ダンジョンの攻略が終了した。
この日の黄昏トキナの配信の最大視聴人数は50万人。
試験をクリアしたバスカの存在、そして強力なダンジョンボスの存在。
それらは一気に拡散されて記録的な最大視聴人数となった。
それはもちろん、バスカのことも50万人の人物が目撃したということである。
バスカの人気に火がつくのは確定的に明らかであった。
ここからバスカの伝説が始まる……!