黄昏トキナとともにダンジョンボス討伐①
「じゃあ、約束通り一緒にダンジョンを攻略しましょう。あなたの実力も見てみたいしね」
「ええ、行きますわよ~!」
超有名配信者トキナと無名配信者バスカの突然のコラボ。
普段ならありえない出来事に視聴者は大いに盛り上がっていく。
それに拍車をかけたのはバスカの戦闘スタイルだ。
「ドリャァァァァァ!!!!ですわ」
徒手空拳の肉弾戦というお嬢様キャラにしてはワイルドすぎるスタイル。
常人では触ることすら憚られるような気持ち悪いミミズのようなモンスターすら素手で潰す様は圧巻だ。
キャラの強さはこのダンジョン配信ブームの時代において大きな武器となる。
別にバスカはキャラを演じているわけではないのだが、自然の状態で人を惹きつけるには十分なキャラクター性を持っていた。
「これは……私が出る幕はないかもしれないなぁ。結構なペースで進んできたのに、通りで追いつかれるわけだ」
もはやバスカの独壇場。
出会い頭にモンスターをちぎっては投げちぎっては投げ。
というか、文字通り本当にモンスターをちぎることもあった。
「どんどん行きますわよ~!」
ほとんどバスカが敵をなぎ倒し、死角の敵はトキナがフォローする。
さすがは熟練探索者のトキナといったところで、バスカの型破りな戦闘にも冷静に対処していた。
目立っているのはバスカだが、見る人が見ればトキナの凄さも伝わる内容だろう。
そんな風に怒涛の快進撃を続けること1時間ほど。
ハイペースで第5層まで順調に進んで、第6層への入口を見つける。
出現するモンスターこそそこまで強くなかったが、6層ともなればサイズとしては大型に分類されるダンジョンだ。
「6層にレッツゴーですわ!」
下へと繋がる螺旋階段状の細道を抜けると、そこにはドーム状の広大な空間が広がっていた。
地面は大きな葉っぱが絨毯のように一面に敷かれている。
高い天井と壁はこれまでの階層にも生息していたヒカリゴケのようなものに覆われ、夜空のように美しい。
地下に突如現れたプラネタリウムのような光景に思わず二人は息を呑む。
だが、すぐに視線が向かう先は変わる。
空間の中央に、なにか巨大な植物の蕾のようなものが鎮座していたのだ。
その蕾はバスカたちの身長ほどもある。
「あれはなんですの?」
「注意して。ボス格のモンスターの可能性がある」
二人は少し近づいてそれを眺める。
ダンジョンという場所自体が異常な場所ではあるが、この蕾はそれにしても異彩を放っていた。
ヒカリゴケしか生えていない地下の中で、鮮やかな赤い花びらが顔を覗かせているのだ。
――不意に蕾がドクンと脈打った。
「!?」
回転するかのようにがくが開き、中から赤い花が広がる。
さながらそれは巨大な薔薇だ。
そのまま花びらは開いていき、その中央から何かが現れた。
「クスンクスン……クスンクスン……」
「……少女?」
目元に手を当てて泣いている少女。
花びらと同じ真っ赤な和服を身にまとい、花の中央からいくつものツタのようなものが身体に絡みついている。
目を凝らせば、彼女の身体は透けていた。
「まずい……不定形タイプのモンスターかもしれない」
「不定形?」
「物理攻撃が通らないタイプだ」
不定形タイプのモンスターは実体を持たないという性質を持つ。
ダメージを通すためには燃やす・凍らせるといった特定の方法をとったり、特殊な未知遺物による攻撃をしたり、スキルによる物理以外の攻撃を行ったりする必要がある。
対処法が分からないときは焦らずに逃走するのがセオリーとされた。
「明らかにボス格のモンスター。それにくわえて不定形となると、専用の準備をしてこないと私のスキルでは厳しい」
加速スキルを用いた超破壊力のハルバードによる一撃がトキナの基本戦法。
もちろんそれは物理攻撃であり、不定形に通る類のものではない。
「でも、巻き付いてるツタは触れそうですわよ?」
「恐らく、本体である幽霊……あの少女霊が花を使って攻撃してくるタイプ。もしかしたら花を破壊し尽くせば本体も倒せるかもしれないけれど、ボス相手に不確かな博打はリスクが大きすぎる。一旦ここは退いて体勢を立て直すべきだ」
少女霊はすすり泣いているばかりで一向に何もしてこない。
今のうちなら入り口に戻れるはず。
「ところで、ワタクシたちどこから来たんでしたっけ?」
「え? 真っすぐ歩いてきたんだから私たちの後ろに……」
振り向いたトキナは、すぐに異変に気づく。
入ってきたはずの壁の穴がないのだ。
いくら薄暗いとはいえ、見間違えるはずはない。
他と同じようなヒカリゴケに覆われた壁が続くのみだ。
「まずい……閉じ込められた!」
焦りつつもトキナは冷静に分析する。
自身のスキルは加速だけではないが、不定形への有効打は存在しない。
横にいるバスカのスキルは不明だが、物理主体の戦闘スタイルを見るに恐らく彼女も不定形への有効打はないだろう。
特定の弱点や倒し方のようなものを見つけることができれば倒せる可能性はあるが、見つからない可能性のほうが高い。
場合によっては元々弱点なんてない場合もあるのだ。
……一応、手段がないわけではないが、確実ではない。
やはり、一度ここから離脱するのが賢明な選択。
「出口を探そう。幸い少女霊は動かない、今がチャンスだよ」
「ぶん殴って倒してからゆっくり探せばいいのではなくて?」
「……話、聞いてた? 確かに私たちはダンジョン探索を配信してコンテンツにしているけれど、命賭けであることは変わらない。まずは出口を探して安全を確保するのが最優先でしょ」
「そこまで言うのでしたら、わかりましたわ」
二人で壁まで戻って調べるが、ヒカリゴケが生えている普通の壁だ。
「一体、どうやって……音も振動もなかったのに、どうして出口が消えているの……」
「壁に穴を開けて出ればいいんですわ! エイヤァァァ!!!」
バスカが壁に向かって強烈な蹴りを入れる。
壁は少し砕けてバラバラと落ちるが、それだけだ。
「いや、壁を壊したって階段を降りてきたんだから外に繋がるわけじゃないよ……」
「……言われてみれば、そうですわね」
だが、このバスカの蹴りにより意外な事実が判明する。
「あれ、なんかこの光ってるの動いてますわよ? これ、生き物だったんですの?」
動かないと思っていたヒカリゴケが壊れた壁のもとに集まり始めたのだ。
みるみるうちに壁の壊れた部分をヒカリゴケが完全におおうと、ヒカリゴケは光を失って壁と同化してしまった。
修復されたその壁は、一見すれば他の壁と区別がつかない。
「なるほど、私たちが入ってきた後にこのコケが入り口を壁で覆ってしまったんだ」
「じゃあ、そこを見つけてぶち壊せば帰れますわよね?」
「そのはずだけど……私たちはすでに罠にはまっていたみたいだ」
ヒカリゴケが動くという事実。
そして、地面には敷き詰められた大きな葉っぱ。
どうして気づかなかったのか。
「ここの植物はゆっくりと、少しずつ動いている」
じっと目を凝らせば、ヒカリゴケは部屋を回るようにゆっくりと回転している。
地面の葉っぱもまた、よく見れば動いている。
「私たちはヒカリゴケによって方向感覚をずらされ、地面の葉によって位置をずらされていた。つまり、真っすぐ歩いてきたつもりだったけれど、実際の入り口はもはやどこにあるかわからない」
なんと狡猾なモンスターだろうか。
本能的に人間に襲いかかってくることが多いモンスターの中で、このような絡め手を使ってくるタイプは厄介だ。
その上、おそらくは不定形でボス格というおまけつき。
道中のモンスターが弱かったから油断していたが、これは相当なモンスターだ。
それこそ、トキナですらパーティーを組んで討伐にあたる必要がある。
「でも、幸いこっちは二人だ。少女霊は何もしてこないし、手分けして壁に攻撃を打ち込んでいけば出口は見つかるは……」
そこでトキナはさらなる違和感に気づいた。