ダンジョン配信四天王、黄昏トキナの試験
「3層到着ですわ!」
それからしばらくしてバスカは3層へとたどり着いていた。
マッピングなしだというのに驚異的な野生の勘により下層への入り口を見つけ出す。
ついでに途中で見つけた美味しそうなモンスターは追加で捕食。
モンスターよりモンスターしているような気さえする。
おそらくこのバスカという生き物は、ジャングルの奥地に置き去りにしても野生動物よりたくましく生きることだろう。
「あれ? どなたかおりますわね」
2層以降は森の下ということなのか、地下洞窟のような場所が続いていた。
薄暗い洞窟の壁面はヒカリゴケのようなものが覆っており、意外と明るい。
入り組んでいた2層と違い、3層は開けた空間なので奥の方でモンスターと戦う何者かの姿を捉えることができた。
「あれは……有名配信者の黄昏トキナではありませんこと!?」
トキナは超有名なダンジョン配信者である。
知性的な顔立ちで、ダンジョン攻略の腕は達人そのもの。
ダンジョン配信四天王と呼ばれる有名配信者たちの中でも、特にダンジョン攻略の腕前が買われている配信者だ。
無論、配信サイトのフォロワーは100万を超えている。
「こんなところで出くわすなんて、コラボを申し込むしかありませんわね!」
コラボとは二人以上の配信者が一緒に配信を行うことだ。
無名配信者にとって有名配信者とのコラボは値千金の勝ちがある。
だが、有名配信者側にメリットがなくては受けてもらえないだろう。
「ごきげんよう~~~~!!!」
「……ん?」
今まさにモンスターをハルバードで切り裂いたトキナが振り向く。
「あなた、配信者のトキナですわよね?」
初対面にも関わらず、馴れ馴れしいバスカ。
「ん、あなたも配信者?」
バスカに追従する撮影ドローンを見つけたトキナがそう尋ねる。
「ええ、昨日から配信者になりましたのよ!」
「へえ、昨日。……リスナーども、偶然にも新人配信者と出くわしたようだ」
トキナもまた配信中なので、視聴者への配慮は忘れない。
「結構なペースで進んでいたはずなのに追いつけるなんて、探索者としては結構ベテランだったりするのかな?」
「探索免許を取ってから、これで2回目の探索ですわ!」
「2回目か。驚いた。なかなか才能あるんだね」
素直に驚くトキナ。
ちなみに探索免許がなければダンジョンに入ることは許されていない。
とはいえ、取得難易度は運転免許証より簡単なくらいだ。
バスカは百鶴財閥の娘であったこともあり、嫌々ながら取らされた形である。
なお、3回落ちて4回目で合格した。
「ところで、せっかくですからコラボしてほしいのですわ!」
「多いんだよね、そういう人。でも、二つ返事で了承というわけにはいかない」
「お金を払えってことですの?」
「違う違う。私はダンジョン探索の腕前を売りにしてるからね。コラボするにしても、それなりの実力者じゃないといけないでしょ? だから、ちょっとした試験をさせてよ」
「試験? なんですの?」
トキナは懐からボールペンを取り出して右手で持つ。
「このボールペンを私から奪うだけ。奪えたらこのあと一緒にダンジョンを攻略をしてもいい」
「ボールペンを取るだけでいいんですの?」
「ただし、故意に相手を傷つけるような行為は互いに禁止。武器も禁止。私も逃げるから1分以内に取れたらあなたの勝ち」
トキナは熟練探索者であり、有象無象の探索者に負けるようなことはない。
探索者はダンジョンで経験を積むほどに身体能力が向上するし、スキルも徐々に増えていく。
試験といっても絶対トキナが勝つのは明白だ。
言ってしまえば、これはコラボのうまい断り方なのだ。
一度チャンスを与えてあげることで、下手に粘着されたり嫌がらせされたりするのを防ぐというわけである。
「あ、スキルは使っていいからね。私も使うから」
挑戦者のスキル次第ではトキナからボールペンを奪える可能性はあるが、その可能性は低い。
トキナのスキルはこのルールにおいて絶対的に有利。
「もう始まっていますの?」
「うん、いつでもいいよ」
「では、行きますわよ~~~~~~~」
ぐっと全身に力を込めて構えるバスカ。
見据えるはトキナの持つボールペン。
左右から押したバネを解放するかのごとく、一気にトキナへと肉薄する!
常人には、バスカの姿が突如消えたかのように見えただろう。
「なっ、速っ!?」
驚いたのはトキナであった。
バスカの速度はダンジョン探索回数2回の初心者探索者のそれではない。
トキナの目を持ってしてもギリギリ捉えられる速度。
だが、間に合ってしまえばトキナにとっていくら速くても関係のないことだった。
「加速――!」
「!?」
完全にボールペンを捉えたと思ったにも関わらず、トキナの姿が瞬間で消える。
バスカの手は空を切るのみだった。
「なっ、どこですの!?」
「危なかった……」
トキナはバスカの背後だった。
有名配信者であるトキナのスキルの一つはよく知られている。
単純にして強力なスキル、“加速”。
自身の行動速度を極限まで速くするというだけのスキルだが、肉弾戦闘においてこれほど強力なスキルはない。
当たらなければ、あらゆる攻撃は無意味なのだから。
「だったら、こうですわっ!」
バスカに作戦を考える頭があるはずもない。
とにかく速くついていく。
それがバスカの作戦だった。
さらに力を込めて踏み込む。
しかし……
「素の身体能力の高さは驚いたよ。けれど、さすがにそれだけじゃスキルを超えることはできない。特に、私の加速はね」
「キーーーーッ!!!」
次々に突進を繰り返すバスカだったが、直前でトキナの姿はかき消えてしまう。
「おかしいですわ! ワタクシが負けるはずありませんわ!」
「残り10秒」
制限時間は残りわずか。
そこでバスカが吠えた!
「ワタクシに手に入らないものなど、ありませんわ! 世界中のものはすべて、ワタクシのッ! モノですわッ!」
バスカの凄まじい気迫。
それと同時に、”なにか”が起こった。
それは一体何だったのか。
だが、確実に異常事態が起きていた。
「……はい?」
「ボールペン、取りましたわよ!」
トキナの後ろに、バスカは立っていた。
たった今、絶対にトキナの前にいたはずなのに。
「嘘でしょ!? 加速のスキルを発動していたのに!?」
加速のスキルは一度発動してしまえば、あらゆる身体の動きが速くなる。
そして、それにあわせて思考時間もだ。
それはすなわち、バスカのことがスローモーションで見えていたということに他ならない。
だが、トキナはこのときのバスカの動きが一切見えなかったのである。
こんなことは初めてだった。
「気合いを入れたら案外取れましたわね。やっぱりワタクシが最強ですわ~!」
「まさか取られるなんて……完敗。ところで、どんなスキルを使ったの?」
「スキル? なんのことですの?」
「なるほど、種を明かす気はないというわけか。確かに、配信者はスキルを明かすのはリスクにもなりかねない」
「……?」
「とにかくおめでとう。私からボールペンを奪った人は初めてだよ」
「感謝いたしますわ~!」
これまでこのトキナの試験をクリアした人物は0人。
超一流の探索者であるトキナから一本取るというのは、それほどまでの偉業なのである。
「ちなみに、名前はなんて言うの?」
「ワタクシはひゃっ……」
「ひゃっ……?」
うっかり本名を口にするところだった。
ネットリテラシーとは無縁のバスカではあるが、なんとなく配信で本名を出すのは良くないのではないかとギリギリで気づく。
しかし、とっさにハンドルネームを思いつくほどの機転はバスカにない。
そこでバスカは考える。
そうだ、本名をもじればいいのですわ。
百鶴院というのはちょっと百っていうのも鶴っていうのも弱そうですわね。
百よりデケェ数だから千……いや、億……いや、兆ですわ!
あと鶴じゃなくて獅子……やっぱそれよりドラゴン!つまり龍ですわ!
必死に考えたが下の名前まで考える前に頭はショートし、先に口が動いていた。
「そう、兆龍院バスカですわ~~~!!!」
「兆龍院バスカ……覚えておくわ」
一方その頃、トキナの配信コメントは盛り上がりを見せていた。
*
[配信へのコメント]
嘘?トキナがボールペン取られたの初めてみた!
マ?
【悲報】トキナ、負ける
この子すっごいかわいいけどキャラ濃wwwww
エセお嬢様感すごすぎる
この子の名前なに?超バカって言った?
てかスローで切り抜き確認したけどこの子の動き一切見えない
多分この子の配信見つけた→「URL」
見てきたけど配信の概要どころかタイトルすら何も書かれてなくて草
てかチャンネル名すら入力されてなくてさらに草
この子のスキルなんだろう?
魔法系統のスキルを使う素振りはなかったし加速以上の超加速?
バスカのキャラの濃さと、トキナの試験を突破した謎のスキルの話題で配信は一気に盛り上がっていた。
一度こうなってしまえば、SNSにより拡散速度は凄まじい。
バスカは一躍時の人となったのだ。
しかし、バスカのバズりをより強固にしたのはこの後の出来事だった。