追放されたお嬢様、そして配信機材を買って生活費0円に突入
「あれ? お父様ですわ。この時期に来るのは珍しいですわね」
話は遡る。
そもそも百鶴院バスカが配信者になったのには理由があった。
「オトハに用かしら?」
バスカは屋敷2階の窓から高級車でやってきた父、百鶴院マサムネを見ていた。
父はそもそも屋敷に帰ることはほとんどなく、長ければ半年以上も顔を合わせないこともある。
その上、バスカはどうにも父に嫌われており、会いに来るにしても妹のオトハに話があるときが多かった。
少しして、バスカの部屋のドアが開く。
「バスカ、話がある」
「ワタクシですの?」
「ああ、お前ももう18歳だ」
そして、父の口から出たのは衝撃的な一言。
「出てけ、家を」
「……はい?」
突然の勘当宣言であった。
「分かるだろう。お前を引き取って十分な環境を与えてやったのは、全て世間体を気にしてのことに過ぎない」
元々、バスカは母子家庭で育ったのだが、幼い頃に母を事故で失っている。
そのときに判明したのが、バスカの母があの百鶴財閥の総帥……百鶴院マサムネの愛人であったという事実だ。
愛人の存在は隠されていたため、百鶴院マサムネは渋々バスカを引き取って育てたというわけである。
「お前がもう少し賢ければ百鶴財閥の一員として迎え入れるのも考えるのだがな。お前ほどの間抜けはそういるまい」
百鶴財閥は世界で見ても有数の巨大企業である。
50年前は小さな会社に過ぎなかったが、ダンジョンが世界各地に出現した際にいち早くダンジョン関連事業に乗り出し、大成功を収めて今の地位を築いた。
それらはほぼすべて百鶴院マサムネの手腕であり、ダンジョン関連事業では他の追随を許さない地位を維持してきた。
しかし、ここ最近はその勢いも陰りが見え始め、特にダンジョン配信需要で一山当てたドラゴンロードコーポレーションというライバル企業が台頭してきている。
「すべて一流のモノを用意してやったというのに、知能が三流では無意味だったな。見た目だけが取り柄の無能は我が百鶴財閥には必要ない。数日中に荷物をまとめろ」
「本気ですの!?」
「当たり前だ。当面の生活資金や住居はこちらで用意してやるから安心しろ」
有無を言わさない物言い。
間違いなくマサムネは本気であった。
「あとのことはすべて使用人に任せる。では、私は業務があるのでこれで失礼」
バスカが引き止める間もなくマサムネは屋敷を後にする。
残されたバスカは嵐のような出来事に少し考えた後……
「なんかよく分かりませんわー」
なんかよく分かっていなかった。
そのため、何もしないでいつもどおり過ごすこと数日。
バスカは使用人に連れられて、捨てられるが如く一軒家の借家へと置き去りにされたのだった。
余談だが、バスカがいなくなると知って使用人たちはニッコニコだったという。
「どこですのここ?」
自分の置かれた状況がわからないものの、10分の思考の末に父のマサムネが家を出ていけと言っていたことに思い当たるバスカ。
「つまり、ここで一人暮らしってことですの? それも面白そうですわ~!!」
旅行くらいのノリだと思っていた。
名家からの追放という普通なら絶望的な状況ですら彼女には関係ない。
「となると、一人でお金を稼ぐ手段が必要ですわね。ワクワクしますわ~」
バスカは頭の中で色々と考える。
恐らく、自分であれば何をしても大成功を収めるに違いない。
しかし、せっかくならば一番面白そうな職業をやりたかった。
「そうですわ。ダンジョン配信者! 一度やってみたいと思っていたのですわ!」
バスカはよく配信や動画を見るのでダンジョン配信者の存在は知っていた。
有名なダンジョン配信者となれば富も名声も手に入ると言われる。
「カメラの前で喋りながらダンジョン探索をするくらい楽勝ですわ~!」
そうと決まれば善は急げだ。
眼の前には現金で600万円が置かれていた。
これを使えばダンジョン配信に必要な機材は揃えられるだろう。
なんか使用人たちがこのお金についてなにか言っていた気がするが、一体なんだったか。
当面の生活費なので大事に使ってくださいね、とか、これがなくなっても家に戻ってきてはいけませんよ、とか、なんか言っていた気がする。
しかし、特に重要なことではないだろう。
そう判断したバスカは600万円の札束をカバンに入れると、店へと向かって繰り出すのであった。
*
「いらっしゃいませ」
バスカがやってきたのはダンジョン製品を取り扱う『ドラゴンストア』だ。
ダンジョン関連で最も大規模に店を展開しているのは百鶴財閥だが、ダンジョン配信関連で言えばドラゴンロードコーポレーションの独壇場である。
もちろん、ドラゴンストアはドラゴンロードコーポレーションの手掛けるダンジョン関連用品店だ。
ちなみに、バスカがここにたどり着けたのは偶然でしかない。
なんかダンジョン関連のお店に行けば配信機材が買えると考えていたら、ちょうど見かけたのがこの店だったというだけだ。
「ダンジョン配信用の機材を売ってほしいのですわ」
「お客様、予算はいかほどで?」
「これくらいですわ~!」
むんずと札束を鷲掴みにして取り出すバスカ。
「ええと……600万円ほどでしょうか……?」
「分かりませんわ! とにかく、これでダンジョン配信用の機材を見繕っていただけますこと?」
「か、かしこまりました。あちらでお話を伺わせてください」
ダンジョン配信者の使う機材もピンキリだ。
安いものであれば数万円程度ですむが、高いものであれば数百万円はかかる。
特に値段の差が顕著なのは撮影ドローンだ。
ダンジョン探索者はダンジョン内で身体能力が向上する他、特殊な能力であるスキルを使用できるようになる。
それはダンジョン内に満ちている魔力によるものだと言われているが、詳細にはわかっていない。
何にしても、熟練したダンジョン探索者になるほど人間離れした動きが可能になるというわけだ。
すると必然、探索者の実力に比例してカメラの性能も高性能でなくてはならない。
さらに言えば、ダンジョンの下層であるほどモンスターの使用してくる攻撃は多彩かつ強力になる。
火炎、吹雪、電撃、爆発、毒、酸、衝撃、棘……
ドローンにも攻撃の一部が当たってしまう可能性がある以上、ドローンの耐久性は必要不可欠である。
ハイエンドモデルは純粋なカメラとしての性能以外にも、そういった耐久性の面で大きくコストが上がってしまうのだ。
「これで無事配信を始められそうですわ~」
なんだかんだお店の人の言われたままに配信機材を一式購入したバスカ。
お会計は締めて597万円。
600万円を提示して超ハイエンドモデルを購入したのだから当然である。
元々のお金は600万円。
これはマサムネが当面の生活費にと用意したお金。
つまり、バスカの全所持金は3万円……!
お嬢様、破産寸前!
「そういえばお腹が空きましたわね」
この後、ディナー(3万円)を食したバスカ。
残金、0円……!
配信機材も揃えてご満悦のバスカは快眠。
翌日、目を覚ましたバスカはテーブルの上を確認して一言。
「あれ? 今日の分のお金はないんですの?」
どうか評価を――
――お願いします