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お嬢様の初配信はモンスターをちぎっては投げちぎっては投げ(物理)

「さぁ、気合いを入れて参りますわよ! 今日の企画はズバリ『ダンジョン攻略するまで眠れない耐久配信in姫川之森ダンジョン』ですわ!!!」


 数日前に配信者となったお嬢様少女、百鶴院バスカが配信用の撮影ドローンに声を張り上げる。


 50年前に出現した空間の亀裂。

 それから世界各地で空間の亀裂が報告されるようになる。


 その中は異界……すなわちダンジョンへと繋がっていたのだ。

 ダンジョン内には危険な魔獣であるモンスターが徘徊し、調査は困難を極めた。

 しかし、ダンジョンに入った者たちに特殊な能力が目覚めていることが判明すると、その力を使ってモンスターを打ち倒していくことで調査が進んでいった。

 ダンジョンで見つかる現代科学では解析不能な未知遺物(オーパーツ)は人類に発展をもたらし、今ではダンジョンの存在は欠かせないものとなっている。


 そして、時は進んで今の流行はダンジョン配信だ。

 二大ダンジョン会社の一つであるドラゴンロードコーポレーションは、未知遺物(オーパーツ)をもとに作り上げた撮影ドローンを量産化。

 それは空前の配信ブームを巻き起こし、ダンジョン配信者が続々と現れた。


「えーっと、これ、もう始まってるんですのよね? スタートボタンは押したはずですし……。コメントはどこから見ますの? ぜんっぜん、分かりませんわー!」


 百鶴院バスカは手元の配信用タブレットを見ながらわめく。

 ダンジョン配信者を志したはいいものの、機械に弱い彼女はまったく配信のノウハウなど持ち合わせていなかった。


 代わりに、配信向きの容姿は持っていた。

 百鶴院バスカは名家のお嬢様として育てられ、それに相応しい容姿をしている。


 サラサラな淡青の髪は縦にロールされて気品を放つ。

 美術品と見紛うような整った顔はまさに天使。

 太陽のような明るい笑顔は誰しもを虜にする。


 『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』という言葉があるが、まさに彼女のことを言っているかのようだった。

 ただし、彼女の場合、あくまでそれは見た目だけの話。

 もっと正しい言葉で形容するなら、こうだ。


「むむむ……下手に触ったらぶっ壊れそうで触れませんわ! おファック……じゃない、汚い言葉は配信で言ってはいけませんわね。いや、『お』がついているからセーフかしら? でも一応気を遣って……おクソですわ~~~~!!!」


 立てば芍薬、座れば牡丹、口を開けばドブの川。


「あ、そうですわ。ワタクシほどの人物なら、もうすでに1億人くらい見ているんじゃありませんの?」


 はっきり言って、彼女はバカだった。


 名家のお嬢様として育てられたのは嘘ではないが、とある事情によりまともな教育を受けていない。

 アニメと漫画と動画で義務教育を終えた、世間知らずで教養もないエセお嬢様である。


 極上の超高級食材を丁寧に調理したあと、泥の皿に盛り付けて泥水のソースをかけたような人物、それが百鶴院バスカだった。


「だったら早く始めなくてはいけませんわね。今回は姫川之森ダンジョンを攻略していきますわよ! すでに1層までは攻略されていますから2層からですわね!」


 バスカは小型ドローンに企画の説明をしながらダンジョンの奥へと歩いていく。

 攻略された階層にモンスターは出ないので、今はまだ安全だ。

 1層は洞窟の内部を進むような構造になっており、2層からは石レンガ作りのまさに迷宮といった様相に変わる。


「というわけで2層到着ですわ! 早く寝ないと肌が荒れてしまいますから、さっさと終わらせたいですわね。今は19時ですから、22時くらいまでには攻略致しますわよ~」


 カメラに向かって気合いを入れたポーズを取るバスカ。

 が、残念ながら端末の左下に小さく0と書かれている。

 もちろん、それは視聴者数を表す数字だ。


「ワタクシを見てくださっている1億人の皆様には、ワタクシの華麗なモンスター討伐をお見せいたしますわ~!」


 そう言ってドスドスと駆けていくバスカ。

 もはやその動きはお嬢様と言うより野生児であり、華麗というより荒々しい。


「あっ、なんかブロッコリーみたいな変なヤツ居ましたわ~!」


 バスカが指差す先には”歩くブロッコリー”と形容する他ないモンスター。

 普通のブロッコリーとの違いは目と腕があることと、小学生くらいのサイズ感があることくらいか。

 そのブロッコリーもバスカのことに気づいたようである。


「先手必殺ですわ~~~~~!!!!」


 そのままドタドタとブロッコリーに駆け寄っていくバスカ。

 ブロッコリーはそれを見て枝分かれしたような腕を振って威嚇している。


「だいたい生き物は床に叩きつければ死にますわ~!」


 バスカはブロッコリーが威嚇のために広げた腕を思いっきり掴んだ。

 そして、ブロッコリーを振り回してガンガンと床に叩きつける。


「うぇっ! なんか頭から変なの吹き出してますわ! ばっちいですわ~~!!」


 ブロッコリーを地面に叩きつけるたびに、頭部分から花粉のような変なものが撒き散らされる。

 ブロッコリーが抵抗するためにバタバタと暴れるたびに、花粉のようなものはさらに拡散されて撒き散らされた。

 バスカは顔をしかめながらもブロッコリーを床に叩きつけ続ける。


「ワタクシ、ブロッコリーは嫌いですわ。凝縮した森を食うとか正気じゃありませんもの~! 見た目も味もおゲロみたいなもんですわ~!」


 ブロッコリー好きの人のことも考慮しろ。


 本当に残念なお嬢様である。

 華麗な討伐とはなんだったのか。

 華麗な要素が一つもない。


「あ、多分ブロッコリー死にましたわ! 睡眠時間確保のためにこの調子でガンガン行きますわよ~~!」


 ドタドタ。


 コウモリの羽が生えた目玉のようなモンスターに出会う。

 羽をむしり取って目玉を蹴って遊ぶ。


 体格の良い強靭な豚人、オークに出会う。

 出会い頭に顔面を殴り飛ばして気絶させる。


 身体が石でできた体長3メートルほどの巨人、ゴーレムに出会う。

 ジェンガのように身体の石を少しずつ抜いていって崩壊させる。


 全身が粘性の液体であるスライムに出会う。

 思いっきり息を吹きかけて触れることなく吹き飛ばす。


 全身甲冑の亡霊騎士のモンスターに出会う。

 無理やり剣を奪った後、兜が変形するまで剣で殴りつける。


 もはやダンジョンをテーマパークかなにかと勘違いしているのではないかと思うくらい自由すぎる振る舞いだった。


「あっ、なんかちょっと強そうなヤツ見つけましたわ~!」


 バスカがたどり着いたのは少し広くなっている部屋だ。

 その中央に鎮座しているのは首が3つの巨大な犬。


「あれアニメで見たことありますわ~! ケロベロス? ケルベロス? どっちか分かんなくなりましたわ~~!」


 獲物を見つけたケルベロスが身体を起こしてグルルと威嚇する。

 3つの首すべてがバスカを鋭くにらみつけた。


「犬畜生は好きではありませんわ~! 服に毛がついて不愉快ですもの! 別に好きな方を非難する気はありませんけれど~」


 そんなケルベロスを意にも介さずバスカはズンズンと近づいていく。

 そして、フッとバスカが消えた。


「大人しくおすわりですわ~~~~~!!!!!」


 次にバスカが現れたとき、ケルベロスの真ん中の首が地面に埋まっていた。

 バスカの踵落としが炸裂し、鈍い音ともにダンジョンの床を破壊して首をめり込ませたのである。


 ケルベロスの左右の首は何が起こったのか分からず、目を見合わせた。


「畜生の躾は、上下関係を身体に教えこむのが一番ですわね~!」


 バスカの獰猛な笑みから全てを悟ったケルベロス。

 モンスターの身体能力を活かして飛び退くと、低く低く地に伏せる。

 平服のポーズだ。


 なお、真ん中の首は未だに気絶している。


「物分りがいいですわね。なるほど、頭が3つあるから3倍頭がいいってわけかしら? 犬畜生にしては見直しましたわ~!」


 バスカから殺意が霧散し、ケルベロスはほっと一息つく。

 早く嵐が過ぎ去ってくれとだけ思っていた。


「あれ? でも、頭が3つということは、躾は3体全部にしなくては意味ないのではなくて?」


 ケルベロス、思わず冷や汗。

 とにかく存在感を消して、より低く低く地面に伏せ続ける。


「モンスターは飼ったことないから分かりませんわね! 分からなかったら、とりあえず躾けておいたほうがいいですわよね?」


 ギロリ、とバスカがケルベロスを睨んだ。

 どちらが獣かわかったものではない。


 ケルベロスは自らの未来を想像してかろうじて抵抗しようと体勢を起こそうとしたが……


「おすわりですわ~~~!!!」


 結局3つの首が1回ずつ床に埋められることになった。

 南無。


 気絶して動かなくなったケルベロスを尻目に、さらにダンジョンを進んでいく。

 ケルベロスが守っていたのは下層へと続く階段であり、バスカは無事に第3層へと到達した。


「あれ? 帰還用の亀裂? つまり、この階層が最後ですの? もしかして、先程の犬畜生がダンジョンボスでしたの?」


 ダンジョンの最下層は基本的に宝物庫となっている。

 宝物庫には、ほぼ必ず未知遺物(オーパーツ)が入った宝箱とダンジョンからの帰還に使用できる空間の亀裂が存在していることが知られていた。


 なお、どうしてそんなものが用意されているのかは研究者たちの間でも意見が割れている。

 だが、一つ分かることは人類にとって圧倒的に有益ということだ。

 理由など、圧倒的な利益の前では些末なことだった。


「姫川之森ダンジョン、クソちっちぇですわね~。たったの3層なんて、どうして攻略されてなかったのか謎ですわ」


 肩透かしという表情でバスカは宝箱へと歩いていく。


「とにかく、宝箱オープンタイムですわ~!」


 両手で蓋に手をかけて一気に宝箱を開く。

 中を覗き込むバスカ。


「……箱?」


 中から取り出したのは宝箱より一回り小さい箱だった。

 箱には幾何学模様の奇妙な模様が刻まれている。


「もう一回、箱オープンですわ!」


 改めて出てきた箱の蓋に手をかけて一気に開けるバスカ。

 しかし……


「しょーもねーですわ! 何も入ってないじゃありませんの!」


 箱の中身は空だった。


「ほんっと、つかえねーですわ!」


 ガンっと箱を蹴り飛ばす。

 箱は無惨に転がっていき、カメラの画角から外れる。


「クソ外れダンジョンですわね! 撮れ高がなくてごめんあそばせ!」


 バスカの持つ端末に映るのは依然として0の数字。

 このダンジョン配信ブームの時代に、無名の配信者が配信しても見られないことはザラだ。

 その上、バスカは機械音痴でクイック配信機能を使って配信を開始しただけ。

 配信のタイトルも説明も入れていないのだから、見られなくて当然だ。


「しっかたねーですわね。これからも配信をしていきますから、よろしくお願いいたしますわ~! ちなみに目標はチャンネル登録者数1兆人ですわ~!」


 再度言っておこう。

 彼女は大バカである。

 そもそも世界に1兆人も人はいない。


「とにかく今日の配信はこれで終わりですわ! ごきげんよう!!!」


 こうして配信終了ボタンが押された。


 しかし、バスカはまだ知らない。

 この後に行ったダンジョンで大バズリをすることを。

 そして、この配信のアーカイブ(配信の録画)も最終的には5000万再生を超えることを。

高評価お願いします!

お願いします!

お願いしまーーーす!!!

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