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カインの逡巡 —黒騎士少年紀行—  作者: 渡来亜輝彦
少年紀行

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28.決戦場 —方眼—-2

「えっ」

 ロクスリーがわざとらしく驚いて見せる。それを抑え込むように、私は言った。

「ロクスリー殿は、皆で戦うといったけれど、本当は一人、ヤミィ・トウェルフと刺し違える覚悟なのではないか?」

「ははっ、何言ってるんだい? まさか」

 ロクスリーはそういって肩をすくめる。

「わたしは現役じゃないからさ。キミたちの手を借りないと戦えない。キミたちもその姿では苦戦するだろう。だから、三人で戦うほうが……って三人でここにきたのに、一人抜け駆けしてそんなことをするわけが」

「ロクスリー殿の気配が違う。私はごまかされないぞ。いざとなったら、ほかの黒騎士とヤミィを道ずれにするつもりがあるのだろう。そんな目をしている」

 弟が気づいてハッとする。

「私と弟が寝静まったスキに、浅瀬を渡っていってしまうのだろう。朝になれば潮が満ちてなくなる道で、一人だけ」

「嫌だぞ! ロクスリ、死んだらダメだ!」

 弟が、目を潤ませてぎゅっとロクスリーに抱き着く。

「そ」

 ロクスリーが口を開く。

「そんなこと……。仕方がないだろう。……ヤミィをどうにかするのはわたしの役割なんだ。キミたちは……巻き込まれたようなもので」

 彼は宥めるように言った。

「キミ達は、子供の姿では、本来の力が出せない。わたしは、いざとなれば、ヤミィだけならどうにかできるはずなんだよ。だから……」

「ダメだ! 絶対、みんなでいく!」

 ぎゅっと抱き着く弟に、ロクスリーは困惑気味になる。

「ネザアス、あのね」

「ダメだ!」

 ぎゅっと弟は彼の腕に抱きついた。

「ネザアスの言う通りだ」

 と私は言った。

「絶対、絶対にダメだ。一人死ぬなんて、許さない」

 私も彼を見上げた。なんだか目のあたりが熱くなる。

「そんなことは、私が長兄として許さない!」

 思わぬ言葉がポロリと出て、私は抑え込んでいる感情があふれそうになっていた。今まで、このようなことはなかったのに。

「お前がひどい目にあったときに、ネザアスはお前を助けていた。私は長兄なのに、それなのに、助けるどころか、何も知らないで」

 ほろりと何かが目から流れ落ちる気配がする。

「私は、今度はっ、そんなこと!」

「は、ははっ」

 ロクスリーは苦笑した。彼の声が少しふるえていた。

「やめろよなあ」

 ロクスリーが目を潤ませる。

「……キミたち、そういう熱いキャラじゃないんだろ。なんだよ、昔、そんな顔しなかったくせに。ドレイクまで泣いてしまって、ふふ、もらい泣きしてしまうじゃないか」

 そういって、ロクスリーは苦笑して、鼻をすする、

「馬鹿だな、わたしなんか心配しなくていいんだよ。泣くなよな、二人とも」

「な、泣いてなんか……」

 ロクスリーにいわれて私は目のあたりをこする。今まで、私は涙を流したことはないと思っていた。しかし、どうやら今私は涙を流しているらしかった。

「ごめんよ、キミは涙を流すの慣れてないよね」

「サーキット、だから、私は!」

 ぐすぐすと鼻をすすると、ロクスリーは笑った。

「ごめん。わかったよ。……ありがとうね」

 ロクスリーは弟と私の肩を抱いた。

 ぶわりと想いが溢れてきた。

 私も感情はある。言わないだけで、感情はあるのだ。

「サーキット、死ぬな! 前は私はお前のことを知らないままだった。前みたいに知らないところで、壊れるなんて嫌だ」

 私は言った。

「死ぬな、サーキット!」

 なんだかわからなくなって、私と弟は、泣いていた。そんな我々に、ロクスリーは頭を交互に撫でてくれる。

「わかった。死なないよ」

 ロクスリーはうなずく。私はこの姿の年頃そのものの少年のように、弟とともに彼に抱き着いていた。

「死なないよ。だから、キミたちも死なないで」

「うん」

 私と弟は深くうなずいた。

 そんな私たちにマルベリーがそっと寄り添って、ほんのりと紅く光っていた。


 *

 

 朝の光が海にまぶしく輝く。

 約束の時刻がすぎている。きらきら輝く波間を見ながら、私たちはひっくり返した小舟に座って彼らを待っていた。

「来ないな」

「あの男、時間の感覚ズレてるからなあ。……まあ、わたし、キミのお兄ちゃんと同じで、気が長いからどこまでも待てるんだけどね」

「えー、あにさま、おれ、待てないよう」

 確かに、私もどこまでも待てるほうだ。ということで、弟だけがやってこない敵にそわそわしている。

「まあでも、気配は感じているよね」

 そういうロクスリーの言う通り、たくさんの黒い気配を感じている。周辺の海の中、波間の間。彼らは、そこに潜んでいるようだ。

 と、不意にぶわっとそれが膨れ上がるようにして海上に広がった。

 浜辺まで這うように迫ってきたそれが、浜辺の上で立て直されて人の姿を形成する。

「お早いおつきだね」

 といって現れたのは、サーキット・サーティーンの複製品レプリカであるサーキィであった。黒髪の美青年、かつてのロクスリーがそうであったように、涼しげな目をしていた。

 ほかの黒騎士たちがようやく見覚えがあるかないか、という人の姿をとっているのに比べ、彼だけははっきりとした容姿を保っている。

 しかし、それは意識という点でもだった。他のものたちが半ば正気をうしなったかのような、濁った瞳をしているのに対し、彼だけはそのウルトラマリンブルーの瞳に我々に対する憎悪を輝かせていた。

「愚弟はどうしたんだい。あの男、まさかまだ寝てるんじゃないだろうね」

 ロクスリーは、彼をてんで相手にしていないかのように尋ねた。

「彼が来るまでもないことだ。サーキット・サーティーン、あなたはその二人を引き渡すつもりがあってここにきたのかい?」

「この状況でそう思えるんだとしたら、キミはよっぽどお馬鹿さんだと思うけどな」

 ロクスリーは皮肉っぽくいいながらニヤリとした。

「まあ、でも、どのみちわたしを逃すつもりもないじゃない、キミは」

 ロクスリーは、複製品サーキィの目を見ながら嘲笑う。

「キミはわたしを殺したくて仕方ない顔をしてるからさあ。小狡い策士を気取るなら、もっと感情を隠したほうがいいよ、ボウヤ」

「ふふ、相変わらず、腹のたつ……」

 サーキィは、怒りをかみ殺すような表情になる。

「いいから、その二人を渡すんだ。それから、お前を丁重にもてなしてやる。……この前は不意打ちでやられたせいで後れを取った。しかし、もう体も再生した。お前たちよりも今の我々のほうが回復力や攻撃力で優れている! 我々は何物にも支配されぬ新しい黒騎士だ! 恩寵を半ば失い、力を失ったお前たちとは違う」

「ああ、そう」

 ロクスリーの目の前をマルベリーが横切る。彼女がわずかに赤く光っていた。

「ロクスリー、やるならやるぞ」

 と弟が気をはやらすのを、ロクスリーは手で止めた。私は彼の意図に感づいて、弟を止める。

「ネザアス、もう少し待っているんだ」

「あにさま」

「ロクスリー殿、まだひきつけるつもりだ」

 その間も、穢れた黒い気配がどんどん浜辺の砂に這い寄ってくる。

「ここの二人は確かに愚弟のヤミィにやられて緊急避難的に子供の姿になっている。そして、わたしは、ボロボロに劣化して、以前みたいな完全な体じゃあない。柔軟になんでもなれるようになったキミたちみたいに自由に戦えるわけじゃあないだろう。でも、まあ、それなりにいろいろやりようがある」

 サーキィが鼻先で笑いながら、近づいてくる。

「そのお前が失った体を私が再現している」

「その通りだな。そのまんま、若いころを思い出すような動きをしているし、ムカつくぐらい似てるよ」

 しみじみとロクスリーは言って目を細めた。

「でも、キミ、やなことに性格までわたしとよく似ているよな」

 と彼は嘲笑するように唇をゆがめた。

「キミがやたら小賢しいの、理由よくわかるよ。……キミは、中身のモデルはわたしと同じ、ナカジマくんじゃないよ。どちらかというとわたしの改造コピーだ。マガミくんは、なんだかナカジマくんみたいなヒトも苦手だったし、愚弟のヤミィはわたしの兄貴面が気に食わなかったんだろう。だから、キミの人格はわたしが他人からどう見られていたかってものに近いし、それをさらにヤミィの忠実な弟にしたものなんだろうな」

 ふっとロクスリーは笑った。

「いやだねえ。そんな小ずるい男に見えていたかと思うと、自分が嫌になるな。でも、まあ、ある程度は当たっているんだ」

「何を言っているんだ?」

 サーキィがいら立った気配になった。

「何をって? ……意味がわからないかな」

 ロクスリーがそう言った瞬間、燃え上がるようにマルベリーが輝いたと思うと、魚の姿から小鳥の姿に変化した。

 それに黒騎士たちが気を取られ反応しそうになった時、ロクスリーが背中から長剣を鞘のごと抜き取った。今日のそれは、釣り竿の形状をしておらず、すでに刀とわかるものだ。その鞘が薄く青く光った。

「キミがそんなに狡猾なのは、私が脳筋のくせに、まあまあ腹黒いからだ!」

 瞬間ロクスリーが生体エネルギーを流し込みながら、糸を集約した。

 砂の上に方眼状のマス目を描いた青い糸が刃となる。砂を巻き上げながら輝く青い光は、浜辺の砂に潜んでいた黒騎士たちや上にたたずんていた黒騎士たちを切り裂きながら、持ち上がる。

「なめてもらっちゃ困るなあア!」

 ロクスリーがそう叫んで鞘から手を放して右手を握りつぶすようにして振り下ろすと、糸は縦横無尽に入り混じる。青い糸の刃が黒騎士たちを切り裂き、黒い破片が花びらのように飛び散ると、濁った悲鳴があがった。

 糸が正確にコアを破壊したと見えて、朝日にキラキラと輝くものがある。

「ッ……」

 方眼のマス目から一人漏れたサーキィが、青ざめた顔で舞い散る黒い泥を見上げていた。ばしゃりと足元に汚泥が広がる。

「はははっ!」

 ロクスリーは楽しそうに笑った。

 ロクスリーも黒騎士。私たちと同じだ。

 破壊衝動に身を委ね、楽しむ術を知っている。

「見ているんだろう、ヤミィ! 君が出てこない限り、決着はつかない! 出てこい!」

 戦いの幕は上がった。砂の中からまたしても湧き上がる黒い気配に、私は刀を構える。

「あにさま! 戦うぞ!」

「うむ!」

 弟の言葉にわたしはうなずいた。

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