狙われたネージュ①
「本当に、子を宿した魔獣が居るのか?」
「あぁ。普段は滅多に邸内の情報が得られる事はないんだが、この前、たまたま新人らしき使用人を見掛けてな。色々訊いてみたら…そいつ、ポロッとこぼしたんだ。」
「でもなぁ…あそこは“武”が揃っているからなぁ。」
とある酒場の店内の端の席に、身綺麗な若い男と、フードを被った男が酒を飲みながら、こそこそと話をしている。
「それが、あそこは使用人の数が少ないんだ。大した護衛らしき者も殆ど見掛けないしな。俺みたいに、行商を装えば簡単に入れると思う。主のエディオル=カルザインが出払えば…残ってるのは、ただの若い小娘だけだ。」
「若い小娘とは…どんな?」
「あんた好みの可愛らしい子だよ。エディオル=カルザインの婚約者らしいが…魔獣のついでにかっ拐ってやったら?」
「その魔獣は、どんな魔獣なんだ?」
「チラッと見ただけだが、ウルフっぽかった。犬程の大きさだ。」
「ふん。なら…そんなに手こずる事もないか。ついでに、好みの女なら、その小娘も…もらって行くか─」
と、その2人の男は愉しげに笑いながら、夜遅くまで話し込んだ。
*****
「ハル様?」
「───ん…ルナ…さん?」
「すみません。返事がなかったのですが…朝食のご用意ができたので─って、ハル様、大丈夫ですか!?」
「んー…すみません…大丈夫じゃない…かもです。」
何だか、体が重くて怠い。頑張って体を起こそうとすると
「ハル様、起きなくて良いですから、そのまま横になっていて下さい。少し、失礼しますね。」
と言いながら、ルナさんに枕と布団を整えられて、オデコに手を当てられる。
「ふふっ…ルナさんの手…冷たくて…気持ちいい…」
「あぁ!やっぱり!ハル様、熱がありますね。何か、食べたい物はありますか?」
「んー今は食べたい物はないかな…水が飲みたいかな…。」
「分かりました。飲み物をお持ちしますね。後は、お医者様もお呼びしますね。少し離れますが、すぐにリディを呼びますから。」
「ん。ありがとう。お願いします。」
ーはい。チートな魔法使いだけど…久し振りに…風邪をひいたようですー
「ただの風邪ですね。薬を飲んで、ゆっくり休んで下さいね。」
お医者さんに言われたので、大人しくベッドの住人になる事にした。
風邪をひくのはいつぶりだろう?この世界に来てからは…死に掛けた以外の体調不良って…なかったんじゃないかなぁ?
いや─死に掛けた事が2回あるって事が…おかしいんだけど。
とにかく…体が熱くて重くて怠いなぁ…
「あ、リディさん」
「はい、何ですか?」
「あの…後で、ネージュの様子を見て来てくれますか?ネージュの魔力が乱れてないかどうか…だけが心配で…」
「分かりました。後で様子をみて来ますね。」
「お願い…します…」
と口にした後、私は眠りに就いた。
ーネージュは…お腹の子は…大丈夫かなぁ?ー
リュウの言った通り、お腹の子の成長は早いようで、ネージュの魔力を安定させる為にも1日置きに、私の魔力を流している。そうすると、確かに、お腹の子がみるみるうちに違和感となって、存在を主張するようになって来たのだ。ひょっとすると、後数週間程で生まれるかもしれない。
「…モフモフ…………ん??」
と、自分の寝言で目が覚めた。
寝る前は明るかった筈の部屋が、暗くなっている。寝ている間に、夜になってしまったんだろうか?
まだ少し怠さはあったけど、熱は少し下がっているのか、体を動かせるようにはなっていた。
「ふぅー。汗かいちゃったなぁ。体を拭いて…着替えようかな。」
と、ソロソロとベッドから降りようとした時
「?」
ゾワリ─と、背中から嫌な感覚が広がった。
『───』
「…ネージュ!?」
呼ばれたわけじゃなくて、声が聞こえたわけでもないけど、何となくネージュに呼ばれたような気がして、私は急いで魔法陣を展開させて、ネージュの元へと転移した。
どうやら、真夜中のようだ。ノアの気配がしない─と言う事は、今日はエディオルさんが夜勤の日なのかもしれないな─と思いながら、ネージュの居る小屋へと向かう。
「クッソ!どうなってんだ!?どうしてあの魔獣に近付けないんだ!みるからに弱ってて、今なら簡単に取り出せるのに!」
「よく分からないけど、ひょっとしたら、何か護りの魔術でも掛けられてるかも知れないね。」
「ああ?面倒臭い事してくれてるなぁ。何とかならないのか?」
「念の為にと思って、魔力や魔術の力を吸い取る魔導具を持って来ていたから、それを使おう。」
ー魔力や魔術の力を吸い取る!?ー
ドクンッ
と心臓が痛い程に騒ぎ出した。
何とか落ち着かせるようにして、辺りの様子を見る。
ネージュの居るだろう小屋の前に、男?が2人。1人は細身で、もう1人はがたいのしっかりした男で、手に短剣らしき物を持っている。
ーまさか…ネージュのお腹の中の子の魔石を狙ってる!?ー
そして、その2人の奥にネージュが横たわっているのが見えた。そのネージュは……魔力が乱れてしまっているようで、グッタリとなっていた。
ーネージュ!?ー