宮下香の返還
『これで最後になるけど、何か言っておく事はある?』
『……どうして、リュウも、エディオルも、レフコースも…誰も私を助けてくれないの!?』
『はぁ────────。もういい。』
*宮下香を送り還す当日*
パルヴァン邸の地下牢に居る宮下香を迎えに来たのは─
リュウとエディオルとミヤとレフコース─ネージュ─だった。
勿論、ネージュの尻尾は重力を帯びているかの如く真下に垂れ下がり、ネージュが歩いてもピクリとも動かない。
「本当に、ネージュは素直で可愛いわね。でも、大丈夫なの?正真正銘のクズだけど、あの女に手を出しては駄目よ?勿論─リュウにも。」
と、ミヤが少し困った顔でネージュに言う。
『……分かっている。ただ、そこの魔法使いの言う通り…あの女に止を刺すだけだ。』
「言い方!本当に刺すわけじゃないからね?」
「ミヤ様、ネージュ殿なら大丈夫ですよ。ハルが…以前、“レフコース”の時に、レフコースには人を傷付けさせない─と言っていたから。ネージュ殿が、そんなハルの気持ちを…裏切る事はないから。」
と、エディオルが言うと、ネージュはエディオルの足にスリッと顔を寄せて、少しだけ尻尾を揺らした。
「俺も…ハルの優しさに…感謝だな…」
と、リュウが呟いた。
「それじゃあ、ネージュ、サクッとやっちゃいましょう!」
と、ミヤがネージュに声を掛けると、ネージュは宮下香の目の前まで行き
『レフコース!ようやく私を助けて───え?』
ネージュは擬人化な姿で、宮下香に向き合う。
『何故、我がお前を助けなければならないのか?』
『レフコース?レフコースが…女?』
そう。ネージュは、自分が男ではなく、女である事を宮下香に見せに来たのだ。
“この世界が、宮下香の思う世界では無い”
事を知らしめる為に。
『これで…分かった?この世界は、あなたが思っている─知っている世界では無いことを。この世界が、あなたを必要としていない事を。あなたには……日本であなたを待っている人達が居るから…安心して日本に還ってちょうだい。』
と、ミヤがニッコリ微笑むと、宮下香は勿論の事、エディオルもリュウも背中にジワリと嫌な汗をかいた。
そうして、宮下香は、ようやく大人しくなった─と言うか、もう、全ての気力を失った─感じであった。
その牢屋から更に奥にある、広々とした部屋へと移動する。そこには既に、王都から派遣された魔導師3人と、グレン=パルヴァンとゼンが居た。そこへ、リュウとエディオルとミヤが、宮下香を連れて入って行く。勿論、ネージュは犬サイズに戻り、そのままノアの元へと戻って行った。
「おや、クズ──彼女も、ここまで来て、ようやく大人しくなったんですね。」
と、ゼンが目を細めて、宮下香を見ながら言う。
「また暴れられても困るから、さっさと始めよう」
と、リュウが言い、早速準備を始める。
こうなると、リュウ以外の者は、少し離れた所から見守るだけ─となる。エディオルもそうだ。
ー異世界を渡る瞬間に立ち会うのも、これで3度目か。凄い事なんだろうなー
と、3度も立ち会う事にエディオルが不思議な気持ちになっていると─ふと、違和感を感じた。
「?」
視線だけで辺りを見回す。
ーあぁ、そうかー
そうと気付くと、自然と笑みが溢れた。
*リュウ視点*
念の為に、宮下香には拘束魔法を掛けて暴れないようにしておく。
ー何としても、絶対に日本に送り還すー
自分自身に言い聞かせ、気合いを入れて返還の為の魔法陣を展開させた。
宮下香の足下に魔法陣が展開され、淡く光り出す。宮下香は還りたくないのだろう。目を大きく見開いて、今にでも泣きそうな顔をしているが、拘束魔法を掛けられている為に動く事ができない。
ー今更後悔しても、反省しても遅いんだよ。俺もだけどねー
宮下香を召喚した時よりも、魔力の消費が大きいと言う事が分かる。ジワジワ抜けて行くようだったのが、今回はゴッソリと持って行かれている様な感覚だ。
ー最後迄…持つか?いや、持たせないとなー
魔力を魔法陣に流しながら、待機している魔導師達を見る。結構な魔力持ちを派遣してくれたようだ。国としても、よっぽど宮下香を是が非でも還したい─と言う事だな。そう思うと、少し笑えるな。
「────っ!?」
不意に、足元がぐらつきそうになるのを、意識して耐える。
ーもっといけると思ってたけど…ヤバいなー
と思った時だった。
フワリと、足元から温かい何かが俺の身体に入り込んで来た。俺の身体は、その温かい何かでいっぱいに満たされて─そのまま俺の魔力も膨らんでいき、魔法陣の展開が更に大きくなり一気に光も溢れて──
最後にはその光が弾けて──
光が消えた時には、そこにはもう、宮下香の姿は無かった。
そして、俺は──
何事も無かった様に、ここに立っている。
チラリと、エディオルの方に視線を向けると、肩を竦めて、苦笑しながら俺を見ていた。ゼンに至っては、“本当に気に喰わない”と言う感じで、殺気を飛ばしながら俺を見ている。
ーあぁ…やっぱり、また助けられたのかー
そう思った瞬間、その部屋から何かが消えた感じがした。
「そこのクズ魔法使い。感謝──する事だな。これが彼女の意向だから…俺もそれに合わせるだけだ。」
それだけ言って、ゼンはこの部屋を後にした。
「リュウ殿、お疲れ様。後は─ハルとの約束通り、ジークフラン様をしっかり支えて、良い国を作ってくれ。」
一番の被害者だったエディオルが笑う。
「……本当に…あんたもだけど、ハルはお人好し…だな…」
ちょっぴり涙が出たのは─気のせいだろう。




