王太子のスタート地点
「ハル、久し振りだな」
謁見の間に入る前に、魔法使いであるリュウに声を掛けられた。
「リュウ。久し振り。元気だった?」
「毎日毎日、陛下─ジンにこき使われまくって大変だったけど…社畜時代よりはマシかな?」
「“社畜”…懐かしい響きだね…。私は大学生で終わってるから、体験はしてないけど。」
「ははっ。社畜なんて、体験するもんじゃないから。」
穏やかに笑いながら、私の頭をポンポンと叩くリュウ。これが、本来のこの人なんだろう─と思う。あの時のリュウは、ゲームに囚われ過ぎていたんだろう。
リュウのせいで、私は死にかけたし、トラウマにもなってたけど…。こうして、リュウを目の前にしても、何とも思わなくなった。同郷だからか、不思議と気兼ねなく話す事もできるし…。
「─っと。これ以上は止めておこう。」
と言いながら、私の頭から手を離して両手を上げて後ろに下がった。
「?」
ーどうしたんだろう?ー
と思っていると─私の横に、笑顔で圧を掛けているエディオルさんが居た。
ーひぃっ…すっかり忘れてた!!ー
ミヤさんと王太子様に気を取られて忘れてたけど、私、エディオルさんにエスコートされてたんだ!
あれ?私、少しずつだけど、エディオルさんのエスコートに…慣れて来てない?慣らされてる?あれ?
「本当に、エディオルは…相変わらずだよね?」
「だから、お前だけには言われたくないと言っただろう。」
「はいはい。」
ーあれ?エディオルさんとリュウは、仲良しさん?ー
「ふふっ」
「ん?どうした?ハル。」
「あ、すみません。エディオルさんとリュウが、仲良しだな─って思ったら、何だか…ちょっと不思議?面白いなって。」
ーだって、ゲーム制作者と、その攻略対象者だよ?ー
ついつい笑ってしまっていると
「エディオルさんとリュウねぇ…」
と、リュウがニヤニヤしながらエディオルさんを見る。
「ハル?」
「ひゃいっ!」
急に名前を呼ばれて、またまた腰をグイッと引き寄せられた─から、また変な声が出ましたよ!たまには、可愛い女の子らしく、「きゃっ」とか言ってみたいです!じゃなくて!!と、抗議の意を込めてエディオルさんを軽く睨みつけてみると、私の耳元に顔を寄せて
「だから、それも、可愛いしかないからな?」
ー何で!?エディオルさんって、“可愛い”のハードル、低過ぎませんか!?ー
「ハルに関しては、何をしても可愛くしか見えないからな?諦めろ。」
「う゛───っ!!!!!」
ポンッと顔が熱を持つ。
ーやっぱり、エディオルさんには勝てません!ー
*ランバルト視点*
「……えっと…アレは…誰だ?」
「王太子様は、目も悪くなったんですか?」
「う゛っ─」
「エディオルさんは、既にハルからの信頼を得てますからね。と言いますか、恋仲になりましたから。もう、正真正銘の彼氏彼女ですから。もう二度と、あの2人の邪魔はしないで下さいね?良いですね?三度目なんて─有り得ませんからね?」
ミヤ様は、口元は笑っているのに、目は全く笑っていない笑顔で言った。
ーやっぱり、ミヤ様はかなり怒っているな。いや…嫌われてる…のか?ー
「う゛っ─」
自分が思った事に、自分で傷付くとか─
「はぁ─。私が言うのもなんだが…ハル殿がまた、この世界に戻って来てくれて良かった。それに─」
と、ミヤ様の方に顔向け、しっかりと視線を合わせる。
「ミヤ様も戻って来てくれて、私は…とても嬉しい。もう、二度と会えないと思っていたミヤ様を、また、こうしてエスコートできる事が嬉しい。ミヤ様には…嫌われているかもしれないが…もう一度だけ…チャンスが欲しい。」
「……」
私の左腕に添えられていたミヤ様の手をとり、ミヤ様と向き合うようにして立つ。
「私はミヤ様が…好き─なんです。でも、王太子としてとか、無理矢理にでも─なんて事はしたくない。だから、これからの私を見て、私の事を知ってもらってから…返事が欲しい。これで最後にするから…最後に…もう一度だけ、チャンスをもらえないだろうか?」
お互い目を反らさずに、少し沈黙が続いて─
「…王太子様のお気持ちは…分かりました。王太子だから─と言う先入観は捨てて、しっかり見て知ってから返事をさせて頂きます。」
と、ニッコリ微笑むミヤ様は、本当に綺麗だ。
「ありがとう」
私はミヤ様にお礼を言ってから、ミヤ様の手の指先にキスをした。
*エディオル視点*
「ふわぁー…なんだか…絵本の中のワンシーンみたいですね。私はミヤさんの味方?なので、王太子様を応援する事は…しませんけど、取り敢えずは、良かったですね。」
「「……」」
ーいや、逆だろう。ランバルトから“王太子”を取ったら…“やらかした馬鹿”しか残らないよな?それに──
チラリと横に居るハルを見る。
ハルも、ランバルトの応援はしない─と言った。ミヤ様にとって、一番影響力を持つだろうハルが、ランバルトの為には動かない─と言う事は、結構な痛手だと思う。
ーある意味、自業自得だなー
こればっかりは、周りがとやかく言う事ではない。まぁ…これが本当にラストチャンスだ。ランバルト自身が頑張るしかない。
俺も人の事を気にしている暇はないしな。
「さぁ、そろそろ謁見の間に入ろう。」
ランバルトの掛け声に、その場の皆が頷き、俺は改めてハルの腰を引き寄せる。ハルは体をビクッとさせて
「エディオルさん!あのっ…引き寄せ過ぎてます!近過ぎます!」
と、顔を赤くして小声で抵抗して来る。
ーはぁ─何しても可愛くしか見えないからな、本当に困る。どうしてやろうかー
「はいはい。何しても無駄だから、諦めようか。」
「う゛っ──」
そうして俯いたハルも、やっぱり可愛くて…更に引き寄せてから謁見の間に入って行った。




