名前
「ハル殿、分かってないかもしれないから、ハッキリ言っておくが…今日の今からは、俺とハル殿は“彼氏”と“彼女”の関係で、付き合うって事だから。」
「そ…それ位は分かってます!」
ー少しだけ…本当かどうか疑っただけですー
「ちょっと怪しいけど…まぁ、分かってるなら良い。それと、その、エディオル様と言うのも他人行儀だろう?」
と、エディオル様はニヤッと笑う。
「えっと…じゃあ、エディオルさんとか?」
「それ、変わらないよな?」
ーう゛っ…笑顔で圧を掛けるのは止めて下さい!ー
そう言えば、前にもこんな話をした事があったっけ?あの時は確か─“ディ”って、私が呼んだとか呼んでないとか…って…まさか…
そう思い至って、恐る恐るエディオル様の方に視線を向けると
めちゃくちゃ綺麗な微笑みを向けられました。
それはそれは、「それ、正解」と言わんばかりの微笑みです。
「え…無理ですよ?」
ーそれ、ハードルが高いですからね?ー
「本当に…無理なのか?」
「くうっ─本当に…ズルくないですか!?その顔と仕草…卑怯ですよ!?」
「ん?慣れる為にも、呼んでみようか?」
ー“みようか?”じゃないよね!?無理だって言ったよね!?ー
泣きそうになりながら、頑張って?エディオル様を睨むように見上げると、エディオル様は眉間にググッと皺を寄せて
「くっそ─堪えろ!ここは譲れないから─。」
ー意味は分からないけど、堪えなくて良いです!譲って下さい!ー
「それじゃあ─人前では“エディオルさん”でも良いから、2人きりの時は“デイ”と呼ぶのはどうだ?あ─違うな…」
何が違うのか?と思っていると
「“デイ”と…呼んで欲しい。ハル殿だけの呼び方だから。特別なんだって…実感できるから。呼んで欲しい。ハル…呼んで?」
“ハル”
ーうわぁ─!!“殿”がないだけで…全く違う響きになるんだー
そうか…特別感…なんだ…
「あ…」
ふと気付く。
ーすっかり忘れてたー
ネージュの話をした時、真名で名を交わしたと話したから、“ハル”が私の真名じゃないって事は…多分知ってるんだよね?
「あの…私…名前……」
やっぱり、本当の名前を伝えるべきなんだよね?
「あぁ、“ハル”が本当の名前じゃない事は知っている。ハルが…元の世界に還ってしまった後に、レフコース殿から聞いたんだ。俺は…ハルの本当の名前すら知らなかったのか─と、結構ショックだった。」
「す…すみません!」
「謝る事はない。それに、真名を名乗らなかったのは、ミヤ様達の機転だろうし、ましてや、ここはハルにとっては異世界だ。安易に名乗るものでもないから、正しい選択をしただけだ。」
言葉は優しいけど、なんとなく寂しそうな目をしている。
「あの…別に、エディオル様や皆を信用してないとか、そう言う事じゃないんですよ?ただ─真名?は、あくまで元の世界での私であって、この世界での私は“ハル”なんです。だから、この世界においては、私の中では“ハル”も真名みたいなものだと…思ってたから…。えっと…意味、分かりますか?」
「成る程…ハルは、ハルなりに区別をしていたんだな?」
「そうです。それで、私の名前は─」
と言い掛けると、エディオル様が私の口にそっと人差し指を当てて来た。
「別に、言わなくていい。どんな名前だったとしても、俺がハルを好きな事には変わらないし…教えてくれないからって、嫌いになんてならない。ハルが、本当に何の迷いもなく俺に真名を伝えたい─と思った時に教えてくれたら、それで良い。」
「……」
ーあぁ…この人は、本当に私の事をよく見てくれているんだなぁー
そう。自分でもよく分からないけど、真名を口にするのは、少し躊躇いがある。そんな私の感情を、エディオル様は汲み取ってくれている。
ギュッとエディオル様の服を握って、物凄く距離が近いけど…恥ずかしいけど…頑張ってエディオル様と視線を合わせて
「ありがとうございます。あの…私…ちゃんと好き…ですから…………ディ……の事、好きですから。」
ー言ったよ私!頑張ったよ!?ー
「……」
ーえ?何で?頑張って呼んだのに、まさかの無反応ー
「え?ちょっと…私、頑張ったのに─ふぐぅっ─」
ー無反応からの──まさかの抱き枕状態突入です!ー
「うぇ─」
すみません。全く女の子らしい可愛い声が出せません。どうやったら出せるのか─じゃなくて!!
「はぁ───。破壊力がヤバイな……」
「破壊力っ!?」
ーえ?私、このまま圧死させられるの!?ー
ペシペシと、エディオル様の背中を叩く。
「ん?あー…すまない!」
と、エディオル様は慌てて腕の力を緩めてくれた。
ーもう駄目だ…HPとやらが、ゴリゴリに削られました。もう…ギブですー