イヴァンの一人語り
「イヴァン。ありがとう」
私のお姫様は、ぎこちないながらも笑顔を見せてくれた。
ずっと自由にしてあげたかった。
七年前、隣国サンゲルで働く事になり、レイア様のお屋敷を離れた。他の使用人から手紙で様子を知らせてもらいながら、必死に生きた。
彼女の幸せを願い、どうにも出来ない自分が歯痒かった。自分が生きていくのが精一杯で、手紙でレイア様の様子を知り、ほぞを噛む毎日。
そういう暗澹した日々が終わったのは、第二王子ユアン殿下との出会いだった。
偶然に彼の命を助ける事になり、私は願った。提案された内容は直ぐに頷けるものではなかった。けれども妥協などして下さらず(当たり前だが)、提案に乗った。
本国に戻り、その日から、私は第二王子ユアン殿下の元で暗躍いや、女装の訓練を施された。
「イヴァン。もっと優雅に。にこりと。それでは兄上を誘惑出来ないぞ」
嫌、誘惑とかマジで勘弁して欲しい。
なんで男の私が女装して、男を誘惑しないといけないのか。
でも、これをやり遂げると、あのクソ女をざまあ出来るし、私の立場も保証され、レイア様の自由も勝ち取れる!
やってやる。
男の一人二人、見事に落として見せる。
「おお、いい感じ。やれば出来る子。流石」
どうも面白がってるのは、私の新しい主人のユアン殿下。
凡庸というより、劣悪と称するのが相応しい王太子を蹴落として、次期王に成ろうと試みている方だ。
作戦がおかしい気がするのだけど、従う以外に今の私には選択肢がない。レイア様はデビュー後はきっと、何処かのろくでもない奴と結婚させられる違いない。あの女と親ならそうする筈。実の姉の全てを奪おうとするクソッタレな妹、そしてあの親ども。
作戦を成功させて、レイア様を自由にさせてあげるんだ!
「イヴァン。足捌き。男になってる」
「男ですから」
「今はミラ嬢だろ。声も変えなくていいし、本当はまり役だな。俺って天才」
第二王子ユアン殿下は胸を反らして誇らしげだ。
そんな誇る事だろうか。
っていうか穴だらけだろう、この作戦。
疑問いっぱい、だが必死に令嬢役をマスターして、私はミラ・ウォーカーとしてデビューした……。
最大の難関は、王太子ではなくレイア様だった。
六年振りに会ったレイア様は、もう信じられないくらい可愛かった。私のお姫様〜。
イヴァンだと何度も名乗りたいと思った事か。それをどうにか堪えて、友達として仲良くしていただいた。蛇の生殺しですね。
王太子の様子を見ながら一年耐えて、あのクソ女のデビューを待った。予想していた通り、最悪だった。
バルコニーで泣きそうになっていたレイア様を思わずぎゅっと抱きしめたくなった。あ、唇には触っちゃったけどね。柔らかかった。
レイア様の傷を最小限に抑えたくて、予定より早く王太子を誘惑して婚約者になった。気持ち悪かった。本当。
んで、次はあのクソ女へアピール。人の物を欲しがり、権力大好きな奴はすぐに、王太子へアプローチし始めた。まあ、塩梅が難しかったけど、どうにか婚約破棄してもらって、あいつは王太子の新しい婚約者に。
私の出番はほぼそこで終わりで、後は悪どい、いえいえ聡明なユアン殿下の出番。上手く誘導して、王太子に自身の毒殺を目論みさせる。前科がモリモリで性悪な彼の方。王位継承権剥奪には十分だと思ったのだけど、ユアン様は止めを刺したかったらしい。まあ、あのクソ女達を巻き込むには丁度良かったんだけど。
作戦は成功、レイア様を不安にさせてしまったのは痛かったけど、これからは私が側にいる。
彼女を絶対に幸せにするつもりだ。
この裏工作をレイア様に話すか、今迷っているところだ。
ユアン殿下には止められてるけど。
私は迷っている。
話した方がいいのか。
話してしまって嫌われるのが怖い。
(おしまい)