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幼馴染(ヒロイン)は動画クリエイター

それはただ1人だけに向けた、ただ1人だけの秘密のメッセージ

 けたましいアラームでやっと代々木鷹海は目を覚ました。起きるなり枕元にあるスマートフォンを手に取った鷹海はいつものように溜まっている通知を対処していた。ここ数日の間は山のようにやって来る通知に対処しきれずにいたがどうやらそれも比較的落ち着いたようだ。


 とは言っても全く無い訳では無い。今朝は3桁に届かないくらいの数まで減少したが最初の方は4桁はザラであり、深夜にも鳴り続ける通知音に通知を切ったくらいである。熱心な人がいるのだろう、先程対処した通知は数日間毎日5回は見かける人物からの通知であった。


 一日に何回も通知が来るなんて鷹海はさぞかし有名人なのだろうと思った人もいるだろう。しかし鷹海本人は人気者ではない。実は鷹海はとある人気の動画クリエイターを嫌う者たちに粘着されているのである。やって来る通知のそのほとんどは鷹海へ向けられた匿名での誹謗中傷である。


 鷹海は簡単に身支度を整えると学校へ行くために玄関から出発した。鷹海は近くの大学に通う大学生なのである。今日は1限がある日である。鷹海は真面目な大学生であり、1限だろうと授業を休む事はない。大学まで徒歩圏内なのは交通機関を使わなくても良く、誰にも会わないで済むので鷹海にとっては精神的に楽なのである。


 いつものように大学の講堂の比較的前の方の座席に鷹海は座り授業を聞くためにノートと教科書をカバンから取り出した。鷹海が講堂に現れた時それまで賑やかに会話を楽しんでいた人たちが一斉に静まりかえった。ヒソヒソと噂話のようなものが聞こえて来るのは気のせいでは無い事は数日の間で彼は確信を持っていた。どうして鷹海がこうなってしまったのだろうか、それは数日前に遡らなくてはいけない。


 この街にはとある動画クリエイターが住んでいる。その噂が立ったのは数日前の匿名の掲示板でのことである。矢面に立ったのは最近人気の動画クリエイターの仲間入りをしたバーチャルクリエイターのハロースマイルであった。彼女は2年ほど前から自身をバーチャル化したアバターで好きな曲を語る配信をしていたがある日投稿した動画がバズり一躍人気者になったのである。


 しかしそんなを妬む者も多かった。俺の方が私の方が面白いのになぜコイツはこんな配信で人気者になったんだ。そんな声が増えていったのである。それだけならまだ良いだろう。人気をどんどん上げて行く中で件の噂が立ったのだ。


 ハロースマイルの中の人はこの街に住んでいる。根拠が怪しい噂ではあったがどこか説得力のあるその噂は瞬く間に広がろうとしていた。鷹海はそれを見て彼女が身バレしてしまうのを防ごうと噂を食い止めるためにとある書き込みをしたのである。思えばこれが分岐点だったのかもしれない。


 匿名掲示板では誰でも簡単に投稿出来るのが特徴であり、名前欄に適当な名前を書く事で見ず知らずの人でも交流出来る。もちろんその名前欄に本名を書くような馬鹿はいない。…鷹海を除いて。


 勝手を知らぬまま名前欄に本名を書き「本人が困るだろうからあまり詮索しないようにしよう。」と書いて鷹海は投稿してしまったのだ。


 そこから先は思い出したくもない。鷹海が本名で投稿する必要が無いことを気づいてその投稿を消そうとした時には既に鷹海の個人情報は全て特定されており、その瞬間から鷹海のスマートフォンの通知が鳴り止まなくなったのである。そして噂を食い止めようとした鷹海は皮肉にも噂を断定してしまう結果となったのだ。


 大学の講堂が少し賑やかになったようだ。その理由を鷹海は知っている。講堂にやってきたその人物に心配する声がかなりの数聞こえて来ている。その声の中心にいる朝田笑子は周囲の心配する声に大丈夫と返していた。この朝田笑子こそが噂のバーチャルクリエイター、ハロースマイルの中の人である。


 ハロースマイルはこの街に住んでいる。その噂は真実であった。この騒動を受け個人情報をこれ以上特定されるのを防ぐために彼女は配信を開始し、朝田笑子として自己紹介をした後でファンに向けてお願いをしたのである。もちろんお願いの内容はこれ以上プライベートを詮索しないようにしてほしいというものだ。


 人気者となった彼女には守ってくれるファンも多い。その多くのファンによって個人情報の特定を止める声が増え特定しようとする者も特定を止めたのだ。今鷹海に粘着しているのは特定をファンに止められたことで中途半端になってしまったことに対するただの腹いせである。


 そして朝田笑子が配信上で自己紹介したことにより同じ大学に通う学生にもそのことが分かり、元々の友達であった者たちが大学でのトラブルが起きないよう笑子を守っているのである。そのため今のところ大学では表立ってトラブルは起きていない。


 講義が終わりすぐに鷹海は家に帰る事にした。今日は2限も3限も無い。4限はあるがそれまで自由な時間であり、大学でやる事も無い鷹海は大抵いつもこの時間は家に帰っているのだ。


 そんな彼を呼び止める声がした。振り返るとそこには笑子の近くにいつもいる女子学生が立っていた。 


「…ええと、何か用かな?」


「あなた笑子の幼馴染よね。どうしてあんなことをしたの!」


 あんなこと…、少し考えて鷹海はそれが掲示板への投稿のことだと気がついた。この手の詰問はその日から何度も受けていた。いつも答えるように鷹海はそれに答えた。


「…別に。ただ噂が立つのは迷惑だろうなと思っただけさ。」


「けど、あんたがそれを言ったから笑子は自分を明かす必要が出来たのよ?それが無ければ単なる噂で終わっていたかも知れないのに!」


 その女子学生はかなり怒っているようだ。それは結果論でしかなく、鷹海のあの投稿が無くとも遅かれ早かれ彼女はプライベートを特定されたのではと鷹海は思わないでもなかった。もっとも鷹海の投稿がそれを早めたのは確実なことではあるが。


 これ以上の会話には意味が無いと逃げるように鷹海は家へと帰ったのであった。誰もいない家は静まりかえっていた。セールスか無言電話しか来ない電話は既に電話線を引き抜いている故に音はもう鳴らない。必要な電話はスマートフォンに掛けてくれと周囲には伝えているため今のところ何の支障も出ていない。ベッドにダイブして鷹海は先程の会話を思い出していた。


 鷹海と笑子は親同士仲が良く昔からの幼馴染であった。幼稚園でも大抵2人で遊んでいたものだ。その時のことは今でもつい昨日のことのようにはっきりと思い出せる。幼稚園の砂場で立派な城を作りながら姫を自称した笑子に鷹海はこう宣言したのだ。


「笑子がお姫様なら俺は騎士になる。笑子をいつだって敵から守ってやるよ!」


「おぉ!頼りにしておるぞ我が騎士よ!」


 照れながらも鷹海を騎士だと言って笑子は笑った。その笑顔は鷹海にとって宝になっていた。いつからか鷹海は笑子に想いを寄せていた。この笑顔を守るためならなんだってする、そう誓ったものだ。今となっては伝えることは出来なくなったがその想いは今でも変わってはいない。


 それから小学校を卒業し中学生になった時に笑子は女子校に入学した。手紙やメールでのやり取りはしていたが次第に疎遠になっていったのだ。高校生になってからは一度も連絡を取ってはいなかったが両親伝いで笑子がどうやら配信をしているらしいと言うことが分かったのだ。そしてたどり着いたハロースマイルと言うバーチャルクリエイターを鷹海は陰ながら応援することにしたのだ。


 そして鷹海は大学生となり同じ学級に笑子がいる事に驚いたのだ。向こうもそれは同じである。それほど言葉は交わさなかったがそれだけでハロースマイルの中の人が朝田笑子であることと、それを笑子が隠していることが分かった。それから鷹海は笑子が人気者の仲間入りをするまでこっそりそして熱心にファンでい続けたのである。


 掲示板への投稿も彼女を応援したいという思い故であった。もっと上手いやり方があっただろうと反省はしているが今でも後悔はしていない。標的が自分に降りかかることで彼女を守れるのなら自分がいかに被害を受けようともどうだって良いのだ。


 ところで大学生となった鷹海はとある事に挑戦していた。ベッドに寝転びながら見上げた視線の先に立てかけてあるギターが見える。数日触っていなかったがもうそろそろ良いだろう。


 鷹海は大学に入ってギターの練習を始めたのだ。そしてそのギターを動画に撮ってウェブサイトに投稿し始めたのである。それは笑子の苦労を知るためか、同じ目線でいたいからか今では思い出せないがとにかく動画の投稿を始めたのである。


 誰も見てはいないその動画は最近になって様子が変わっていた。ろくに高評価もされないのに再生数だけが異様に伸びているのだ。理由は分かっている。そのウェブサイトでは低評価数が表示されないことが彼にとって救いであった。


 ギターを手に取りスマートフォンで顔を映さぬよう注意しながら好きなアニメソングをギターで演奏する様を撮影し、それを動画として投稿しているのだ。特にこれと言って編集もしない、ただ歌詞を字幕にして表示させるだけだ。


 帰りがけに寄ったコンビニで買った菓子パンを頬張りながら鷹海は編集を終わらせてウェブサイトに投稿した。表示はされないものの低評価が押された時には通知が入る。いつものようにスマートフォンの電源を切り鷹海は4限までの間好きなライトノベルを読み過ごすのであった。







 静まりかえった部屋に目覚まし時計のアラームが鳴り響いた。眠い目を擦りながらアラームを消し朝田笑子は起き上がった。枕元に置いてあるスマートフォンにはたくさんの通知が溜まっていた。そのほぼ全てが自分を心配するメッセージである。数日前は自身に粘着するファンとは到底呼べない人たちの通知が鳴り止まなかったがそれももう随分と減ったのである。


 身支度を整えて笑子は最寄りの駅まで歩いて行った。電車に揺られる事数分で大学へ着く。彼女の周りには大抵いつも数人の友達いる。中には1限の授業が無いのに彼女を守るためだと一緒に登校してくれる友達もいるのだ。彼女はその友達をとても大事に思っている。


 1限の無い友達と別れ講堂へ入ると先に講堂に来ていた友達が話しかけて来た。彼女は心配そうに笑子を見ながらこう言ったのである。


「今日は大丈夫だった?一緒にいてあげたいんだけどちょっと用事があって…。」


「良いよ良いよ大丈夫!それに他のみんなもいてくれるからね。」


 笑子はそう言って笑ったが心配そうに彼女はさらに小声になって続けた。


「…でも厄介な人もいるでしょう?あいつ今日も呑気に来ているわ。人が大変な目に遭ったって言うのに。」


 そう言うと彼女は講堂の前の方に視線を向けた。見ずとも誰のことを言っているのかは分かる。鷹海のことだろう。つい笑子はたしなめるように言ってしまった。


「そんな風に言っちゃダメだよ。彼も私を応援してくれてる人の1人なんだからさ。」


「…はぁ、笑子は優しいなぁ。…あんな奴にそんなことする必要無いのにね。」


 彼女は尚も不満そうであったがそろそろ講義が始まる。大学内では朝田笑子は真面目な学生なのだ。几帳面につけたノートとマーカーペンで彩られた教科書を広げ笑子は講義にしっかりと耳を傾けていた。


 講義の終わりを知らせるチャイムが鳴り教授は帰っていった。2限の授業へ向かおうと席を立つと講義前に話しかけて来た女子学生が鷹海に駆け寄って行くのが見えた。何を言っているのか知らないが多分文句を言っているのだろう。困惑した表情の鷹海が目に入った。止めてあげるべきか迷っていた笑子に近くの友達が話しかけた。


「笑子何してるの?早く次の講義室に行かなくちゃ後ろの座席埋まっちゃうよ?」


「あぁ…、うん。すぐ行くよ。」


 やや気にかかるが笑子は友達と共に次の講義室へ向かったのであった。今日の講義は2限までである。その後は大学での用事は何も無い。しかしやる事は山積みである。笑子は人気の動画クリエイターハロースマイルなのだから。


 2限の講義を終え笑子は友達と共にスタジオへと向かった。友達はあの一件があってからスタジオまでついてきてくれるのだ。それに関して笑子はとても感謝している。あの一件から特に大きなトラブルも無くハロースマイルとして活動出来ているのも彼女たちの存在が大きいのだ。


 スタジオに入ってから今日の撮影まで少し時間が空いていた。控え室に入って軽食を摂りながらとある動画クリエイターが先程投稿したらしい最新の動画を笑子は見ていた。イーグルと言う名のそのクリエイターは主にアニメソングをギターで弾いているのだ。今日の動画は最新のアニメのオープニングテーマであるようだ。笑子も知っているその曲をイヤホンで聞いていると近くにいたスタッフが声をかけて来た。


「あ、そのクリエイターさん好きなんですか?」


「ほえ⁈…あぁそうなんですよ。大抵見てますね。」


 唐突に好きか聞かれた笑子は大袈裟にリアクションを取ってしまった。それはきっと唐突に聞かれたせいだと笑子は自分に言い聞かせた。鼓動が早くなっているのはきっと気のせいだろう。やや不思議そうな顔をしながらスタッフはさらに続けた。


「このクリエイターさん謎なんですよね。高評価はほとんど無いのに再生数はやたら多いんですよね。…あ、でもハロースマイルの方がすごいですよ?最近また人気が増したんじゃないですか?」


「…いやぁ、そんな事ないですよ。」


 そう言いながら笑子は言葉に詰まった。このクリエイターがなぜこんな事態になっているのかを笑子は知っている。また準備が出来たら声をかけますね。とスタッフは立ち去って行った。1人控え室に残された笑子はふと昔のことを思い出していた。


 イーグルの正体は代々木鷹海である事を笑子は知っている。親切な友人が教えてくれたのだ。あいつは笑子の身バレを引き起こしておいて自分も動画を投稿してるらしいよ?そんな棘のある言い方を止めながら笑子はしっかりと記憶にその事を刻んでおいたのだ。そしてたどり着いたそのクリエイターを一目見てそれが鷹海であると確信したのだ。


 代々木鷹海という男はとても不器用なのである。かつて砂で作った城の前でお姫様を名乗った時には騎士になり守ると宣言されたものだ。別に王子になってくれれば良いのにとはとても言い出せなかった。


 彼は今でもそれを覚えているだろうか。私はそれをつい昨日のことのように思い出せるのだ。あの一件もきっと彼なりに私を守ろうとしてくれたに違いない。今でも彼が私の騎士であり続けてくれるならどんなに嬉しいだろうか。


 アカウントがハロースマイルのものでは無く自分のアカウントである事を確認して笑子は再びイーグルの今日の動画を再生した。ふといつもは閉鎖されているコメント欄が表示されていることに笑子は気がついた。設定を間違えたのだろうかと思いながらまだ誰もいないそのコメント欄に笑子は彼がこのコメントに気付くことを願ってこう書き込んだのである。


「頼りにしておるぞ我が騎士よ!」



読んでくださりありがとうございます。

最後のメッセージが鷹海に届くことを私は願っています。

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