08,
人が書く虐待や何やらの胸糞系の小説を読むとイライラして胸糞すぎて辛いけど、自分が書いてそれを読む分には何とも思わない不思議
馬車に揺られながら窓の外を眺めていた。
通り過ぎていく広い畑に、時々すれ違う荷馬車。
知らない町を通る度に自分は本当に知らない土地に行くのだと実感させられた。
この一ヶ月色々な事があり過ぎてどれが現実なのか夢なのか区別がつかなくなっている。
身内の汚らわしい関係やら、自分が嫁ぐことやら。
今着ているドレスも今までに着たことがないぐらい肌触りが良くて、陽の光が当たる度に透き通った湖の水面のように輝く。
こんなドレスは今までの私ならばお目にはかかれなかった。
ボロボロの寝間着のようなドレスと言えないワンピースを着古していた私が、今とっても綺麗なドレスを着ている。
もし、これで結婚相手がイケメンで頭が良くて誠実な人だったら御伽噺の題材にされていてもおかしくない程の人生。
けれど現実なんてそうは上手くいかない。
残念ながら結婚相手は六十を過ぎた愛人をたーくさん抱え込んだおじいちゃま。
本当に笑えてくる。
これが夢だったらどれほど良かったのだろうか。
私はただ、一人で静かに暮らしたい。
誰の目にも触れずに、ただただ静かにひっそりと。
侯爵家に行ったとしても誰の目にも留まらないといいな。
そんな願い叶うはずがないと分かっていても、切に願ってしまう。
◆◆◆
グリフィード侯爵家の本邸は私の実家がある場所より北方にある王都の一等地に建てられている。
馬車で休みなく走ればだいたい半日から一日で着く距離。
馬車を走らせて、かれこれもう半日以上は経つ。
太陽も完全に沈み、今は月が星とともに輝いている。
馬車もようやく王都に入ったようで、月だけでなく街灯も石畳を明るく照らしている。
王都は夜にも関わらず人で賑わい、豪華な馬車も沢山すれ違う。
本当に幼い頃少し来ただけであまり記憶には無かったので、そのどれもが新鮮な景色で見ていて飽きることは無かった。
お酒を飲む人達や、見回りの兵士に、見たこともないようなドレスを着ている人達。
王都の門から大通りを通って侯爵家までの道のりが今までで一番ワクワクした瞬間だったかもしれない。
侯爵家には王都に入ってからすぐに着いてしまった。
侯爵家の門の前で一旦止まり、もんが開いたら侯爵家の敷地へ馬車のまま入っていった。
最初、私は何故馬車のまま入っていくのだろうと思ったけれどその理由が直ぐに分かった。
窓から目に入ってくるのはそれはもう、とんでもなく大きい御屋敷。
いや、御屋敷なんてもんじゃない。絵本でみたお城と同じぐらい豪華で大きな御屋敷。
この御屋敷を見た後だと私の実家が馬小屋にしか見えなくなってしまう。
それに、庭だってとんでもなく広い。
もし外の門で降ろされていたら、一体何時間かけて御屋敷まで歩けばいいのか分からない。
馬車で少し走るとようやく御屋敷の入口まで着いた。
そして止まると馬車の扉が開き、私も馬車から降りた。
降りてみれば四人のメイド服を来た使用人らしき人達が待っていた。
「お待ちしておりましたシャーロット様。ようこそ、グリフィード侯爵家へ」
一人の女性がそう言うと一斉にお辞儀をし、笑顔を向けてくれた。
久しぶりに人に笑顔を向けられ、少し戸惑ってしまったけれど体制を立て直してこちらもお辞儀をした。
「さあ、こちらへ。侯爵様がお待ちです」
お辞儀をしてからすぐに手を引かれ屋敷の中へ連れ込まれた。
屋敷の中もとても豪華で赤いふかっふかのカーペットは勿論、天井には豪華なシャンデリア、壁には大きな絵が飾られている。そしてあちこちにある花瓶もどれもお高そう。
御屋敷はとても広く、長い廊下を歩き、何回も階段を登り、ようやく侯爵様がいるという部屋に着いた。
「旦那様、シャーロット様をお連れしました」
部屋の前に着くと女性の一人が扉をノックをし扉を開けた。
そして、私は背中を誰かに押され部屋の中へ入る形になった。
部屋の中にはバスローブを着た小太りの男性が一人だけ。
あれが恐らく侯爵様なのだろう。
他に人はいない。
後ろを振り向いて女性達を確認しようとしたけれど、遅かった。もう扉は閉められた後で部屋には私と侯爵様の二人っきりになってしまった。
侯爵様は私を見るやいなやお腹の肉を揺らしながら私の元へ小走りで近づいてきた。
ベールから透けて見える侯爵様の顔は口角がこれでもかと上がりきり、目は瞼の肉のせいなのか垂れ下がり、鼻の穴はオリーブの実がすっぽり入ってしまいそうなほど膨らんでいた。
気持ちが悪い。
想像していた人物の斜め上をいった。
もう少し清潔感のある人かと思っていたけれど、バスローブの隙間から見える胸毛や腕毛などが酷く、その上体臭まで酷い。
古い蝋燭と枯葉の臭いが混ざったような何とも言えない臭いと、ツンと鼻奥を刺激してくる酸っぱい匂い。その上香水の臭いまで。
ありとあらゆる臭いが混ざってこの世の物とは思えない臭いになっている。
「おお! どれほどこの日を待ち望んだことか! 待っていたぞ」
侯爵様は私の目の前まで来ると、私の腰と頭に手を回し、ベール越しに口付けをされた。おまけに唇をも舐め回された。
気持っち悪い。
何故ベール越しなのかは分からないが、ベール越しにも関わらず唇の生暖かさやぷにっとした何とも言えない感触がとても気持ちが悪い。
そして何より、ベールの上から唇を舐め回されたあの時のナメクジが唇を這っているかの様な何とも生々しい感触が唇を離れてもなをまだ残っている。
全身に鳥肌が立ち、酷い寒気や吐き気がする。
口付けを終えると侯爵様は私の腰周りをさすり、鼻息を粗くする。
唇を離されたと言ってもベールが侯爵様の唾液のせいで唇に張り付いたままなので、臭いや嫌な温度はまだ残ったまま。
侯爵様のニヤケながら舌なめずりする姿が気持ち悪くて仕方がない。その涎で覆われた舌で舐められたのかと思うと吐き気がする。
何故先程までの私は嫁いでしまった方がマシだと思っていたのだろう。
こんな中年の相手なんぞ私に務まる訳が無い。
この人を奪い合う愛人達の顔が見てみたい。
「そう怯えるでない。お前さんのことは大切に扱うつもりだ。レベッカの分まで愛してやるからな」
私が怯えていると勘違いしたのか頭を撫でられながら耳元で囁かれた。
今一番聞きたくない名前を。
主人公が悲劇のヒロインにならないように気をつけているけれど、もうなっちゃっているんじゃないかって不安