03,
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すごく助かります!
「ねぇ、貴方セルジュを知らない?」
兄が家を出て二日がたった頃、母が珍しく普通のトーンで話しかけて来た。
いつもは甘ったるいいかにも声を作ったような声をしていたけれど、久しぶりに聞いた母の声に懐かしさを覚えた。
兄をあれ以来見ていなければ、どこへ行ったかさえ知らない。
首を横に振れば母はふらふらと覚束無い足元でどこかへ行ってしまった。
母からかなりのお酒の匂いがしたことから、かなりのお酒を飲んでいたのだろう。声も心做しか枯れていたように思えたし、お酒を零したのか襟元に赤い染みが出来ていた。
普段からお酒を嗜んでいたのは知っていたけれど、それは常識の範囲内での量だったので、服を汚しお酒の匂いを漂わせる程に飲むのはとても珍しい。
それ程までに兄がいないと駄目になるのか何なのか。
私的にはこのままあの頭のイカれた兄がいなくなってくれれば良いと思っているが、母は父よりも兄を溺愛しているので一日でも兄に触れないと可笑しくなってしまうのかもしれない。
兄がいなくなってさらに三日がたった。
あの頭のイカれた兄がいなくなって家には平和が
訪れはしなかった。
頭のイカれた兄がいなくなっても、頭のイカれた兄を産んだ母親が居れば家が平和になるはずも無い。
全く帰らない兄に苛つく母が私だけでなく父や使用人まで当たり散らし、喚き散らし、物は投げるわ、壊すわ。
荒れる母をなだめようとした父が弾き飛ばされその拍子に机の角に頭をぶつけ大出血し阿鼻叫喚。
本当に地獄絵図だった。
一応兄の捜索にかなりの人手を当てているらしいけれど、それでもまだ何処にいるかさえ分かっていない。
ただ、一つ分かっていることは兄はとある侯爵夫人の愛人であり今回の外出はその侯爵夫人と何処かで密会、または駆け落ちしたのでは無いのかと。
侯爵夫人も兄同様行方意不明になってしまっているらしく、その説が大変濃厚になっている。
母が荒れ始めたのもその説を父から聞かされた時だった。
兄がいなくなって四日目にその侯爵家からの使いの人がやって来て父と話をした。
その晩の夕食の席で聞かされたその話に、母は叫びテーブルに乗っていたお皿やグラスを手で払い落とし、泣き叫んだ。
父は必死になって母をなだめたけれど、母は泣き止まずそれどころか、父に八つ当たりし始め、最終的には父の頬を持っていた扇で力の限り叩いた。その拍子に父は机の角に頭をぶつけ、大量出血を起こすほどの怪我を負った。
父の呻き声と、母の泣き叫び兄の名前を呼ぶ声、それと使用人達の悲鳴をよそに私は静かに部屋を出た。
もとより、夕飯の席と言っても私の席に料理はなく、ただの話し合いの為だけに呼ばれたので、話し合いが破綻したこの状態でいる意味が無かった。
その日から母の叫び声が家中に響き渡るようになった。
泣き叫んだかと思えば、怒鳴ったりととても慌ただしかった。
その母に比べ私はというと、耳さえ塞げば静かだったので母の声が聞こえないように耳を固く塞ぎ何日間か自室に閉じこもった。
私が自室を出たのは兄がいなくなって一週間ほどだった頃だった。
兄を発見したと侯爵家から連絡が入り、兄は一週間ぶりに家に帰ってきた。
久しぶりに帰ってきた兄は、狭い長方形の箱の中に入り、顔に白い布を被せていた。
母は今までの比ではない程に泣き叫んだ。
父も母程では無いけれど泣き叫び、使用人達も涙を流していた。
泣いていないのは私と、兄を運んできた人達だけだった。
兄を運んできた人達は泣き叫ぶ父や母ではなく、私に四枚の紙を渡してとっとと帰ってしまった。
渡された紙を見てみれば、兄の死因や慰謝料などの難しい言葉が書かれていた。
その言葉は子供の私には理解出来なかった。いや、したくもなかった。
一枚目には兄の死因などについて書かれていた。
兄の死因は愛人である侯爵夫人との駆け落ちの末の馬車での転落事故。
兄が侯爵夫人と駆け落ちした日は丁度土砂降りの雨で、たまたま通っていた崖が崩れ、崖下に馬車ごと落ちてしまったらしい。
二人は駆け落ちの為護衛も使用人も付けずに出て行き、その上誰にも何も言わずに出て行ってしまったため発見などが遅れてしまったそう。
二枚目には口止めの事について書かれている。
兄と侯爵夫人の駆け落ちについて、侯爵夫人の旦那様である侯爵様は大変に怒っているらしい。
本当はこの事を公にして裁きたいとの事だけれど、もしもこんな醜聞が社交界に広まってしまってはこの家は終わったも同然。
ただし、そちらも長男を失って辛いだろうから今回だけはお金で解決してもいいとの事。
が、侯爵様はこの額が我が家には払えないと想定してこの金額にしたのだと思う。
三枚目に、もし全額払えないのであればお金ではなくこの家の令嬢である私を嫁に差し出せと書かれていた。
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