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愛さないで  作者: 胡桃
2/16

01,

「お前はまたそうやって兄様を悪者扱いして!! 」



 兄を胸に大切そうに抱きしめ頭を撫でながら、私を罵倒する母の甲高い声が耳に響く。

 つり上がった目に光はなく、冷たい真っ黒な目で私を見下ろす。その目がいつも苦手だった。

 まるで猛獣に捕食される小動物のように、母に張り倒され倒れ込んだその場から身動き一つ取れなくなる。

 指一本動かそうにも凍りついているかのように固い。



「お母様、あまりシャーロットを責めないであげて下さい、シャーロットが本を読んでいた時に遊びに誘った僕が悪いんです。だから……お願いだから怒らないで」

「優しい“セルジュ”貴方は本当に妹想いの兄様ね。でもね、この()は必要なことなの。貴方は旦那様のところにでも行ってらっしゃい」



 兄が母を見上げ嘘の涙を流しながら嘆願した。

 兄が私の名前を呼ぶその猫なで声も、

 母が兄の名前を呼ぶその甘ったるい声も聞くだけで虫唾が走る。


 兄は母と視線を合わせる時だけは眉を下げ、目に涙を貯めて『可哀想な妹を許してあげて』とでも言いた気な顔をするけれど、私を見る時だけは母に似た光の灯っていない真っ黒な目に口角を釣り上げ嘲笑うかのような顔をする。


 今だって母に言われ部屋から出ていくその時に見せた、あのほくそ笑む顔が目に焼き付いている。



 兄が出て行き母と二人だけになったこの部屋は、えらく冷たく、母のヒールの音だけがコツコツと響き、その音が小さくなっていったと思ったら大きくなり、ドアの方に向けていた視線を音がする方に向ければ鞭を手にもつ母が立っていた。



「もう今月で何度目かしらね。貴方も懲りないのね。ほらいつものように立ってご覧なさい」



 逆らいたい。もし命令通り立ったら鞭で打たれる。

 ソレを理解しているというのに体が母の言葉に従ってしまう。


 さっきまで固くなり動かなかった体が嘘のように動き、いつもの台の上に立ち、服を脱いだら天井からぶら下がっている鎖にしがみつく。

 震える足に強ばる腕。

 唇が冷えていくのも分かる。

 その冷えた唇を熱くなるまで噛み、鞭が止むまで待った。


 私の準備が整ったら直ぐに母が長い鞭を振りかざす。

 母の気が済むまで何度も何度も。

 まだ治っていない傷の上でも、服を着ていても見えてしまう部位でもお構いなく何度も何度も鋭い音を鳴らし打っていく。


 揺れる視界に映る母の笑う顔。

 その顔を見る度に唇からだけでなく頭からも血が引いていくのがわかる。


 鎖を掴む手にだんだんと力が入らなくなっていった時、ようやく鞭を打つ手が止まった。

 母は肩で息をし、肌に飛び散った赤い物をハンカチで拭き、そのハンカチを私投げつけた。



「今日はこのぐらいでいいわ。ちゃんと部屋を綺麗にしてから出ていくのよ」

「はい……」



 蚊の鳴くような声で返事をし、母が出ていくのを待った。


 母が出て行ってからようやく台から降りた。

 震えていた足にさらに力が入らなくなり、ほぼ崩れ落ちるようにして降りた。

 唇を噛んでいたせいで口の中に貯まってしまっていた血を吐き出し、呼吸を落ち着かせた。


 少し落ち着いてから服を着て部屋の住みにある雑巾を取り、床にたれてしまった血などを拭いていく。

 勿論今日使われた鞭も拭き、綺麗に巻き元あった場所に仕舞う。


 雑巾は血が染み込み、至る所の糸がほつれボロボロになっている。

 母に鞭で叩かれるようになってもう四年ほどが経つ。

 雑巾もボロボロになれば体もボロボロになる。

 ろくに治療も応急処置もしないで風に晒している傷口は至る所が醜く変色し、鋭い痛みが止む暇もなく刺してくる。


 虐待され始めた十歳の頃は、母や父に『痛い、痛い』といつも訴えかけていたけれど、その声は二人には一切届かなかった。

 けれど、兄が怪我をしたら医者を態々呼び治療してもらっていた。

 そんな兄と両親の姿をいつも部屋の外から眺めていた。

 羨ましいやら、悲しいやら、悔しいやら、憎たらしやら。

 色々な醜い感情が自分の中を埋めつくして、それらの感情が内から湧いて出てくる自分に酷く嫌悪していった。


『誰にも何も期待しないように』


 いつしかそう自分に言い聞かせていた。

 何かを期待してしまうともう戻れないほどに醜い感情に飲み込まれるような、そんな気がして。


『何も考えないように。』


 何も考えなければとても幸せだった。

 何故叩かれているのかも、何故家族が私を嫌っているのかも、何も考えないようにしていた。


 すると何故か笑顔を作れるようになっていた。

 叩かれた後も、ご飯が無かった時も、叱られた時も。


 そんな私を両親はとても不気味がった。

 私が二人に近寄ると直ぐに避け、私に触れることをえらく拒んだ。当然鞭で打たれることも、叱られることも無くなった。


 両親に叱られることが無くなったのは確か半年ほどだった。

 その半年はとても平和で『誰にも何も期待しないように』と言い聞かせなくとも醜い感情に飲み込まれることは無くなっていた。


 が、そんな平和な時間も直ぐに終わってしまった。


 兄はその半年間、両親の私に対する態度や私の態度に不満があったらしい。


 兄はいわゆるサディスティックと言うやつで、私の泣き叫ぶ声や、痛みに顔を歪める姿、私とは違い両親に愛される自分()が大好きだったらしい。


 そんな異常な兄からしてみればこの半年間はつまらなかっただろう。

 両親が私を虐げる姿をただ眺めているだけではなく、今度は自分の手で私を虐げる様になった。


 両親が不在の時、私を見つけては殴りつけては蹴りつけて。

 私を殴って喜ぶ兄の顔が嫌で嫌で仕方が無かった。

 だからまた自分に言い聞かせて、気を平常に保ち、感情を出さないようにした。


 が、私が無表情になればなるほど、暴行は酷くなり自分に言い聞かせる事は意味をなさなくっていった。


 ただただ、兄に恐怖心を抱くようになっていった。


高校の課題やら何やらあるので更新頻度は遅めです┏○┓

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