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その四

俺は青眼の構えで首狩り武者と対峙する。と言ってもアニメの侍キャラの猿真似をしただけのなんちゃって青眼にすぎないんだが。


 敵の大鎌は依然、俺の喉元に向けられたままだ。リーチは向こうの方が長く、おまけに瞬発力もある。下手に近づけば俺の首は胴体から切り離されてしまうだろう。


 こんなふうに膠着状態にもつれこむのは初めてだ。今まではこのデタラメな身体能力と刀の力だけでやってこられたが、今回はそうもいかないらしい。じわじわ近づいてくる首狩り武者に対し、俺はすり足で後退しつつ距離を保つ。


「どうした。怖気づいたか、からくり男。ならばこちらからゆくぞ!」


 先に動いたのは首狩り武者だった。白い巨体が滑るように俺へと肉薄したかと思うと、すかさず大鎌を横に()いだ。今からじゃ後ろに跳んでも横に跳んでも大鎌の攻撃範囲から脱することはできない。


「助六!」


 ゲンナイが声を震わせる。そんなに心配しなくてもわかっているさ。左右も後方も駄目なら上に逃げればいい。


「半重力草履、起動!」


 俺が叫ぶや否や、俺の体はロケットのように垂直に飛び上がり、間一髪で難を逃れた。ゲンナイが発明した、超局所的な斥力フィールドを生み出す草履のおかげだ。


「甘いわ!」


 俺を追って跳んだ首狩り武者と俺の視線がぶつかる。奴は不敵な笑みを浮かべると再び大鎌を振り上げた。

 

「甘いのはそっちだよ」俺は空中で身を(ひね)るとそのまま右足で蹴りを繰り出した。「喰らいやがれッ!」


 草履の底から放出された強力な斥力が突風のように首狩り武者を襲う。宙に浮くだけが能じゃない。この草履にはこういう使い方もあるのだ。


「小賢し――」


 言い終わる前に奴は土蔵に頭から突っ込んで派手に土煙を撒き散らした。常識的に考えたら致命傷だ。しかし相手はあの首狩り武者。決して油断はできない。俺は地上に降り立ち、身をこわばらせて様子をうかがっていた。

  

 やがて土煙が晴れた。そこにいたのは満身創痍の首狩り武者。白装束のところどころが破け、青い血がしたたり落ちている。


「我がここまで傷めつけられるとはな。仕方がない。少し早いが友に会わせてやろう」


 首狩り武者が鋭い爪の伸びた指で空中をなぞると、経文めいた無数の文字が浮かび上がった。それらが魔法陣のような円形を形作ると、その円の中央から人影が姿を覗かせた。


「銀次ッ!」

 

 魔法陣から息も絶え絶えに這い出て来た人間を見て俺は思わず声を上げた。女みたいに華奢な体つきに白い肌。紛れもなく俺の友だち、銀次である。やっぱり生きていたのか。


「よかった……本当によかった」


「助六、喜ぶには早いですよ」


 ゲンナイの言うとおりまだ浮かれているときではない。銀次は苦しみだしたかと思うと、おもむろにドス黒い影を吐き出した。

 

「我が身に戻れ、我が片割れよ」


 影は龍のようにうねりながら、首狩り武者の掲げた左手に吸い込まれていく。影を取り込んだ首狩り武者の体が膨張し、より禍々しい姿へと変貌を始める。


「はああああ!」


 白装束は完全に弾け飛び、その体躯はおよそ三倍にも巨大化。頭部がちょうど中央から縦に割れ、それぞれが独立した頭となる。四本に増えた太い腕をぶんぶんと回し、有り余るパワーを以て俺を粉砕せんと感情を高ぶらせている。


憤怒(フンヌ)ウゥッ!」


 隕石のような鉄拳が俺へと飛んでくる。もはや小細工はなしで純粋なパワーのみで俺を潰しにかかる気らしい。


「こんちくしょうめ!」


 俺は瞬時に後ろに跳んだ。からくり化によって常人の域を遥かに超えた動体視力を持つ俺だが、それでも回避は紙一重だった。


 否、回避は失敗だ。敵の拳自体はぎりぎり俺には届かない。しかし、その拳が巻き起こす余波だけでも俺の右腕を砕くにはじゅうぶんだった。


「助六!」


「なあに、大したことはないさ。でもこれじゃ刀は握れそうもねえ」


「私が首狩り武者に対抗できる武器を創ります。奴はチンチロの音に弱い。あの音の振幅を増大させ指向性を持たせた上でビームのように撃ち出せるものがあれば!」


 ゲンナイは発明の女神。時間はかかるが神通力を使ってあらゆる機械を生み出すことができる。


「そりゃ名案だけど武器ができるまでどうやって時間を稼ぐ? 俺はまともに戦える状態じゃねえぞ」


「心配することはねえべ。おらも一緒に戦うだ」


 突如背中に投げかけられた第三者の声。その主は竹の棒を構えた大五郎だった。


「大五郎! お前、なんでここに?」


「なんでって、友だちが皆のために頑張ってるときにのんびりしてられねえべよ」


「お前、ほんといい奴だな。いくぜ、死ぬんじゃねえぞ」


「私はここから避難して武器を創ります。それまでどうか持ちこたえてください」


 ゲンナイはそう言い残すと倒れた銀次を引きずってその場を離脱した。


■■■


 駄目だ……強すぎる。


 刀が握れなくなった俺は必死の思いで首狩り武者と素手での戦闘を繰り広げていた。大五郎も荒事に不慣れななりに健闘していたが、既に竹の棒は折れ、自身も傷だらけになっていた。騒ぎを聞きつけて飛んできた同心や岡っ引きたちも既に力尽き、動ける状態ではない。


「さあ、そろそろ引導を渡してやろう」


 にじり寄ってくる首狩り武者に、俺は土塀の際まで追い詰められてしまった。


「一つ聞かせろよ。なんのために町の人たちを襲って回った?」


「時間稼ぎのつもりか? まあいい、答えてやる。町人どもに恐怖心を植え付け、我が支配の下地を整えるためだ。いずれこの江戸の町は我ら妖魔軍団のものとなるのだ」


「けっ、そんなことさせるかよ馬鹿が」


「大口を叩きおって。己の置かれた状況がわかっていないようだな」


 くそ、ここまでか。俺が覚悟を決めたその瞬間、倒れていた大五郎が立ち上がり、首狩り武者の足にしがみついた。


「こ、このくたばり損ないが!」


 首狩り武者が泥を払うように力強く足を振ると、大五郎はいとも簡単に吹っ飛ばされてしまった。首狩り武者が俺に向き直る。


「――待ってたぜ」


「何!?」


 首狩り武者の振り返った先には俺の相棒――ゲンナイが誇らしげに立っていた。その手にはライフルに似た武器が握られている。


「よく持ちこたえてくれましたね。助六にしては上出来じゃないですか?」


「こんなときでも憎まれ口は忘れねえのな。まあいいさ。ゲンナイ大先生の新兵器の力、存分に振るってくれ!」


 ゲンナイが銃口を持ち上げて引き金を引くと、奔流となった音波が首狩り武者へと殺到する。指向性を持った音は首狩り武者の耳朶だけを集中的に震わせ、その精神を狂わせていった。


「やめろ、やめぬかあぁぁ!」


 苦手としているチンチロの音で脳に極度の刺激を与えられた首狩り武者は、のたうち回るばかりでもはや無力だ。


「さあ、今のうちに。この銃も長くは出力を維持できません」


「ああ、けど俺はもう満足に刀を振れねえ」


「助六、一人で駄目ならおらと一緒に戦うだ」


 俺が使える左手でエレキテル・ムラマサの柄を取り、大五郎が右手で補助をする。


「「紫電一閃【地走りつむじ風】!!」」


 二人の声が重なるや、超高速で放たれた刺突が首狩り武者の頭部を捉え、跡形もなく消し飛ばした。これまで罪のない人たちの首を狩ってきた奴の末路としてはこれが相応しい。


「大丈夫か、大五郎」


「慣れねえことして腰が抜けそうになったが……とりあえず大丈夫だ」


「今回は私のお手柄ですね、ふふふっ」


 日頃あんまり感情を表に出さないゲンナイが珍しく笑ってやがる。それにつられて俺と大五郎も笑いだしてしまった。


「さ、銀次を連れてうちに帰ろうぜ。事後処理とか面倒なことはお上に任せてさ」


 おっと、その前にやることがあったな。俺は懐から袱紗包(ふくさづつ)みを取り出すと道の脇にそっと置いた。二十両は町の復興にでも使ってくれ。


 俺はゲンナイと大五郎の肩をばんばんと叩いて歩き出した。また明日からこの四人で楽しく馬鹿やる毎日が始まることだろう。

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