その三
桑原総一郎と別れた後、俺とゲンナイは二手に分かれて銀次の行方を追った。俺は銀次の住む長屋へ向かい、ゲンナイには付近の小料理屋などを調べてもらうことにした。夜更けではあるがまだ営業している店はいくつかある。俺との賭けに負けて機嫌を損ねた銀次が気晴らしにそこらへ立ち寄っている可能性が考えられたのだ。
さっき首狩り武者を見かけた地点を通り過ぎ、隣の桃富町へ入ると、銀次の長屋――巻衛門店にはすぐ着いた。
灯りはついていないな。
銀次が入居している部屋は完全なる真っ暗闇だ。寝ているのだろうか。そうであってほしいと願いつつ、俺は腰高障子に耳を近づけてみた。
「……」
俺の卓越した聴覚をもってしても長屋の中からは物音ひとつ聞こえない。俺は恐る恐る引き戸に手をかけてみた。
「開いてやがる」
勝手に入るのは気が引けたが、今は銀次の安否確認が最優先だ。隣人を起こして騒ぎにならないよう、俺は静かに中に入った。俺の期待は外れ、中はもぬけの殻だった。銀次が俺の屋敷を出てから優に一時間は経っているから、まっすぐ帰っていればとっくに帰宅しているはずだが……。
俺は今しばらくここで待つことにした。
その間にも俺の脳内にはいろいろな思いが渦巻いていた。銀次は無事なんだろうか? 首狩り武者は今どこに身を潜めているのか?
「くそ、落ち着かねえな」
ただぼーっと物思いに耽るだけの時間っていうのは途方もなく長く感じるものだ。もしかするとこのまま永遠に何も進展しないんじゃないか、などと弱気になりかけたとき、
「助六」
振り返るとゲンナイがいつもの感情に乏しい顔で立っていた。からくり超人となった俺は夜闇の中でも目がきくので彼女の表情がはっきりと見てとれる。
「屋敷からここまでの道中で銀次が立ち寄りそうな酒屋、小料理屋などすべてに聞き込みを実施しましたが、誰も銀次の姿を見ていないそうです」
「そうか……」
一度は引っ込んでいた憂いが再び頭をもたげてきた。眉をひそめる俺の顔をゲンナイが心配そうに覗き込んでくる。
「助六、今日のところはもう屋敷へ帰りませんか?」
しばらく逡巡したあと、俺は黙って頷いた。
■
朝を迎え、俺は重々しい気持ちを引きずったまま目を覚ました。隣の布団では大五郎がいびきをかいている。自ら宣言したとおり、俺たちが屋敷に戻るまで留守番を全うしてくれていたのだ。もう少しゆっくり寝かせておいてやることにしよう。
朝飯を食い終わってしばらくすると、俺とゲンナイは調査のため町に繰り出した。妖魔が姿を現すのは日没後が多いが、昼間絶対に出てこないともかぎらないから警戒は必要だ。そもそも首狩り武者の正体が妖魔であると決まったわけでもないし。
「うーん、まったく手がかりが掴めねえな」
二人で昼過ぎまでパトロールを兼ねた聞き込み調査を続けたが、何の成果も得られなかった。
「簡単にいかないからこそ、定廻り同心もわざわざ私たちに協力させているんです。とりあえず、そこの蕎麦屋で一休みしませんか?」
「そうだな、そろそろ腹が減ってきた」
蕎麦屋ののれんをくぐると、「いらっしゃいませ……」と覇気のない声が俺たちを迎えた。昼時だというのに店内に客の姿はまばらだ。
隅の席がいいと言うゲンナイに従って俺たちは奥の席に着いた。
「この店、大丈夫なのか?」
俺は不安になって声をひそめてゲンナイに聞いてみた。何か訳ありなんじゃないだろうか。
「美味しいと評判のお店ですよ。私、こう見えて流行りには敏感ですから」
ゲンナイの言うとおり、蕎麦はめちゃくちゃ美味かったから俺たちはあっという間に平らげてしまった。勘定を頼むと、店の女が何か言いたそうに俺の目を見つめてきた。せっかく若くてきれいなのに、抜け殻のように生気が感じられないのがもったいない。
「あ、あの。あなたはもしや助六の旦那じゃありませんか?」
女が出し抜けにそう聞いてきた。俺は一応有名人だ。こうして声をかけられるのも珍しいことではない。
「そうだけど?」
その瞬間、ぱっと女の顔が明るくなった。不思議に思った俺がゲンナイと顔を見合わせていると、女は語り始めた。
女の話によると、以前はこの店も多くの客で賑わっていたが、あの首狩り武者が出没するようになってからすっかり客足が遠のいてしまったらしい。この店にかぎった話ではなく、他の料理屋や酒屋なども影響を受けているという。
なるほど、そう言えばここに来る途中も人が少なかった気がする。事態は俺が思っているよりも深刻みたいだ。
「お願いです。どうか犯人を捕まえて町に賑わいを取り戻してください」
俺に抱きつきそうな勢いで女が身を乗り出した。潤みを帯びたその目はすがるように俺を見据えている。
「心配するな、俺たちが必ず事件を解決する。だからそんな顔するなって。美人が台無しだぜ」
女の手にさりげなく少し多めの代金を握らせ、俺たちは店を後にした。
■
それから数日、昼も夜も俺とゲンナイは町の調査を続けていたが、芳しい成果は得られなかった。その間にも首狩り武者の犠牲者は増え続け、俺は焦りを募らせていた。
「よう、桑原じゃねえか」
ある日、俺たちは桑原総一郎とばったり出くわした。二人の部下を引き連れ、首狩り武者退治に余念がないといった感じで難しい顔をして歩いていた。
「蛇之目どの、お力添えにあらためて感謝いたしまする」
俺たちに気づいた桑原が小走りで寄ってきて声をひそめて言った。
「もらうもんもらっちまったからな。なんたって二十――いってえ! 何するんだ、ゲンナイ!」
ゲンナイのやつが出し抜けに俺の後頭部を小突いてきやがった。俺はからくり改造された身ではあるが、頭部は生身のままだから殴られたら普通に痛いのだ。
ゲンナイが顎で指す先には後ろに控える桑原の部下。そこで俺はようやく察した。桑原が俺に大金を渡してこっそり依頼した首狩り武者退治だ。部下の前でおおっぴらにしてしまうと桑原の面目が丸つぶれになってしまう。
「ごっほん! 何でもない。じゃ、俺たちは俺たちで捜査を進めるからお前たちも頑張れよ」
失言をごまかすように俺が足早に立ち去ろうとしたそのときだった。小さな子どもが二人、何やら『チーン、チーン』と高い音を立てながら俺たちのほうへ近づいてきた。どうやらサイコロ博打に使うお椀と賽をいたずらで持ち出したらしい。
とんだ悪ガキどもだな、と苦笑いしていると、突然桑原が頭を抱えて苦しみだした。
「助六、あれを見てください」
ゲンナイが指差したのは地面に伸びる桑原の影。それは桑原本人とは大きくかけ離れた異形の姿を形作っていた。
「般若の角!? 桑原、まさかお前が――」
「ぐっ……くそが。その音をやめぬかぁーッ!」
桑原は叫ぶと、十手を抜いて子どもたちに襲いかかった。その飢えた獣のような振る舞いは、さっきまでの桑原とはまるで別人だ。
「くっ――!」
間一髪、俺は刀で奴の十手を受け止めた。信じられないくらい重い衝撃が俺の両腕を駆ける。この馬鹿力、やっぱり人間じゃない。
「思わぬ場面で正体を知られちまったな。そうさ、わしが首狩り武者だよ」
まるでセミの羽化のように桑原の背中から黒い影が這い出てきた。こいつが桑原の体を乗っ取っていたというわけか。
「もはや隠す必要もない。今ここで葬ってくれるわ、からくり男よ」
白装束に身を包んだ大柄な般若が、大鎌をギラりと光らせて俺の前に立ちはだかる。
「ゲンナイ、子どもたちを安全なところに逃がしてくれ」
「もう避難させましたよ」
「まじかよ、さすがだな」
俺が奴と睨み合っている間にゲンナイはするべきことをしてくれていたようだ。これなら全力でやれる。
「貴様ーっ!」
「よくも桑原の親分をーっ!」
俺が仕掛けるよりも早く、桑原の部下たちが首狩り武者に突撃をかけた。無理だ、生身の人間がたった二人でどうにかできるレベルの妖魔じゃない。
「戻れ、お前らっ!」
俺の制止を振り切って二人は突っ込んでいく。だが――
「うわあああっ!」
首狩り武者が大鎌を軽く一振りしただけで落ち葉のように吹っ飛ばされ、気を失ってしまう。
「くそ、俺が相手だ。【紫電一閃・叢雲払い】!」
俺は稲妻を伴った居合斬りで一気に首狩り武者の懐へと迫る。奴の急所はがら空きだ。このまま首を落としてやる。
俺が勝利を確信したそのとき、俺の刃はけたたましい金属音とともに大鎌に阻まれ、そのまま弾き返されてしまった。
「助六の抜刀術を防ぐなんて……今までの妖魔とは明らかに格が違う」
驚嘆を隠せないゲンナイ。確かに俺は今まで妖魔どもを一撃のもとに葬り去ってきた。二撃目を繰り出すのは初めてだ。
「せいやああっ!」「とうっ!」「おりゃああっ!」
裂帛の気合とともに連続攻撃を加える俺だが、どれもことごとく防がれてしまい、首狩り武者の反撃によってじわじわと傷を負わされていく。やがて蓄積したダメージは俺に膝をつかせるほどに大きくなった。
「ぐはははは! どうやら人間を喰らい続けて強くなったわしの力は貴様を上回っているようだぞ。こんなことなら操り人形を使って貴様を暗殺しようなど回りくどいことを考える必要もなかったな」
「暗殺? 操り人形? いったい何の話です?」
「気づいていなかったのか、小娘。蛇之目助六の友人、銀次はわしの片割れを憑依させたわしの忠実な下僕だよ。先日、屋敷に招かれたときに暗殺の機をうかがっていたが、意外にもこいつは用心深く、計画は失敗に終わった」
「なるほど、合点がいきました。助六がサイコロ博打を始めようとしたとき、銀次がそそくさと帰ろうとしたのは憑依したあなたが賽をお椀に転がしたときの音に弱いからですね」
「そんなことはどうでもいい。銀次は無事なんだろうな?」
俺は痛む体に鞭を入れて奴に向き直る。まだまだこの程度でくたばるわけにはいかない。
「さあな。わしを倒せたら教えてやるよ」
首狩り武者は大鎌を頭上で振り回すと、死の宣告をするように俺たちに刃を向けた。