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その一

 行燈(あんどん)の柔らかな光りに照らされた座敷。


 俺は自宅に招いた二人の友人と花札遊びに熱中していた。夜更けにもかかわらず大の大人が子どもみたいに騒いでいるが、ここはだだっ広い庭に囲まれた武家屋敷のため、多少やかましくしても近所迷惑になることはない。


「きたきたきたぁ! どうだ、〈猪鹿蝶〉だぜ」


 俺はしたり顔で二人に成立した役を見せつけてやった。


「うああああ! そりゃねえべー、助六(すけろく)


 大五郎が大げさに体を反らせて嘆く。恰幅(かっぷく)がよく、いかつい顔つきに似合わず子どもっぽい奴だ。


「ああ、また旦那の勝ちか……」


 銀次は心底落胆した様子でがっくりとうなだれた。大五郎とは対照的に線が細くて可愛らしい顔つきだ。声が少し高いこともあって、初めて会ったときは女の子と間違えたほどだ。


「へっへっへ。悪いなお前ら。どうだ? 気を取り直して次はサイコロで勝負するか?」


 俺は二人の掛け金をかっさらうと、お椀と三つのサイコロを取り出した。


「あっしはもう帰らせてもらいます。どうも今日は調子が悪いんで……」


 銀次はそそくさと市松模様の財布をしまって立ち上がった。


「おいおい、まだお開きには早いぜ。もうちょっとだけ付き合えよ」


「いや、本当に今日は勘弁してください」


 銀次は俺を振り切るように足早に戸口の方へ行こうとする。


 負け続きで不機嫌になってしまったんだろうか。少しばかり気まずい雰囲気が流れる。


「そうか。気をつけて帰れよ」


 銀次が出ていった後、俺は大五郎に視線を向ける。


「二人だけで賭けってのもつまんねえし、今から一杯やるか?」


「いいねえー! 呑むべ呑むべ」


 俺も大五郎も無類の酒好きだ。俺たちは盃になみなみと注いだ酒を一気に呑み干すと、まだ酔っているわけでもないのに愉快な気持ちになって笑った。


「ゲンナイも呑まねえか?」


 俺は、部屋の隅っこで黙々と書物を読んでいる女の子に声をかけた。


 彼女は俺とどういう関係なのか説明すると長くなるんだが、簡単に言うと俺の体調管理を受け持ってくれている同居人だ。


 あまりにも静かすぎるからその存在を忘れかけていたとは口が裂けても言えない。


「結構です。助六のように酔って醜態を晒したくありませんから」


 ゲンナイはこっちも向かずにぶっきらぼうに答えた。輪郭が整っていて目鼻立ちもいい超美少女なんだが、愛想が悪いのが玉にキズだ。


「まったくお堅いねえ、ゲンナイちゃんは」


 俺はそれ以上何も言わずに大五郎に向き直った。


 呑みたくないと言っている奴に無理に勧めるのはモラルに反する。野郎二人で楽しむことにしよう。

 

 ひとしきり酒を飲み、新しい酒を取りに蔵まで行こうとしたとき、戸口で誰かが叫んでいるのが聞こえてきた。


蛇之目(じゃのめ)の旦那ァ、てえへんだ!」


 慌てて戸口まで走って格子戸を開けてみると、そこには顔見知りの町人が立っていた。かなり取り乱した様子で、顔を真っ赤にして激しく息を乱している。 


 ちなみに蛇之目というのは俺の姓だ。


「そんなに慌ててどうしたんだ?」


 俺が恐る恐る尋ねると、町人は三回ほど深呼吸して息を整え、


「妖魔だ! 妖魔が出やがったんでい。同心(どうしん)たちだけじゃ歯が立たねえんで、蛇之目の旦那に応援を頼みに来たんでさ」


「え……今ちょっと取り込み中でな。悪いが他をあたってくれ」


 今日は存分に吞み明かすつもりでいたんだ。化け物退治なんて冗談じゃない。


 適当に断って(きびす)を返すと、いつの間にか俺の真後ろにゲンナイが立っていた。


「うわっ、びっくりした!」


「ただ吞んだくれているだけのくせに、何が取り込み中なのですか? まさかあなたの仕事を忘れたわけではないですよね、助六」


 ゲンナイの放つ静かな怒気に、俺は見事に気圧(けお)された。目の前にいるのは可愛い女の子のはずなのに、立ちふさがる巨人の幻が見えてきそうだ。


「も、も、もちろんですよゲンナイさーん。忘れるわけないじゃないですか。アハハ」


 俺はどうもこの女の子に頭が上がらない。逃げるように部屋まで愛刀〈エレキテル・ムラマサ〉を取りに行き、大急ぎで土間まで戻ってきた。


「助六、気をつけるべよ。留守番は請け負った」


 大五郎に見送られながら俺とゲンナイは外へと飛び出した。屋敷の庭には池があり、水面に映った丸い月がその身を揺らめかせている。


「旦那、(かご)の用意はできてやす」


「それより俺が自分で走った方が早い。現場はどこだ?」


「猫柳町の佐久屋の辺りでございやす。え、ちょっと旦那?」


 俺はゲンナイを担ぎ上げるや、猫柳町に向かって駆け出した。


「急ぐぞ。脚力特化モードに移行する」


 俺の脳から発せられた命令が脚部に伝わり、内部の機巧が唸りを上げる。感情の高ぶりを表現したような力強いエネルギーが、足の付け根から爪先にかけて流れるのをひしひしと感じた。

 

 瞬間、俺は陸上金メダリストも真っ青の加速力を発揮した。早回しの映像みたいに景色がビュンビュン後ろに流れていく。走っているというより滑っているかのような感覚だ。


 これこそ、正義のからくり超人として“生まれ変わった”俺の力の一部。


 かつての俺の堕落っぷりといえば、思い出すだけで反吐が出そうになるほど酷いものだった。


 遊ぶ欲しさに借金を繰り返し、気づけば何重にも債務を抱える状況に陥っていた。日々借金取りに追われ、ついには家族にも友人にも縁を切られて浮浪者に身を堕とすという始末。


 俺は心の底から後悔した。


 正気と狂気の間を行き来する毎日。自殺しようと思ったことも何度かあるが結局、未遂に終わった。


 そんな俺はある日、車に轢かれそうになった子どもを庇って重症を負う。


 生死の狭間をさまよっていた俺の前になんと、神と名乗る者が現れた。


 さすがに胡散臭(うさんくさ)いとは思ったが、その人智を超えた力を目の当たりにしては信じないわけにいかなかった。子どもを救った俺の勇気に感銘を受けたという神様は、俺に機械の体を与えて復活させ、かつての江戸にそっくりなこの異世界に連れてきた。俺は人生をやり直すチャンスを得ると引き換えに、平和を脅かす妖魔と戦う使命を課せられたというわけだ。


 ゲンナイは神様の部下にあたる女神であり、俺の体のメンテナンスを主な任務としている。その傍らで人間たちと触れ合うことで女神としての格を高めることに務めているらしい。


 こんなことを他人に説明したところで、事故のショックで頭のおかしくなった奴の妄言だと思われるのがオチだろう。はじめは俺自身だってこれは癖の強い夢なんだと自分に言い聞かせていた。だが今やすっかり現実を受け入れ、『遊び人ときどきヒーロー』な生活を存分に楽しんでいる。まったく、自分の順応力が恐ろしい。


 物思いにふけているうちに俺たちは猫柳町の大通りに差し掛かっていた。

 

 そのとき俺はふと、対岸の橋のたもとに誰かがいることに気がつく。そいつはすぐに走り去ってしまったからはっきりとはわからなかったが、なにやら般若のお面をかぶっていたようだ。


 なんて薄気味の悪い奴だ。俺は背中を冷たいもので撫でられるような思いがした。


「助六、あそこを見てください。(くだん)の妖魔と思われます」


 俺はゲンナイに呼びかけられてハッと我に返る。ゲンナイが指し示す方を見やると、俺もその威容を視認した。


「うわっ、グロっ!」


 巨大な顔面から手足の生えた、脂肪の塊のような生々しい妖魔がそこにいた。


 それと対峙する町奉行所の役人とその部下たち。連中の中には負傷者が何人かいて、かなり押されている様子だった。


「蛇之目助六、ただいま参上。後は任せろ」


 俺はゲンナイを肩から下ろすとエレキテル・ムラマサの柄に手をかけ、一足飛びに妖魔に肉薄していく。構えも足運びも度外視したド素人の動きだがそんなことは関係ない。戦闘技術の低さなんか、改造強化されたこの肉体と気迫でカバーしてやる。


「紫電一閃・叢雲(むらくも)払い!」


 俺は間境に踏み込んだ瞬間、刀を抜いて妖魔に斬りかかった。斬撃を浴びせた箇所から迸る電流と破魔の光が妖魔の肉体を容赦なく破壊していく。エレキテル・ムラマサは帯放電機巧と退魔の力を併せ持つ。いわば、科学と神秘の力が融合した刀である。


「ギャアアアアアア……」


 妖魔は甲高い断末魔とともにドス黒い粒子になってあっけなく消滅した。


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