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1.3_藍野、クリニックに行く

不承不承。嫌々ながら。そんな言葉がぴったりな様子の藍野はのろのろと足をクリニックに向けていた。

クリニックは13階にあるのだが、いかんせん今日は休日。エレベーターはすぐに着いてしまう。

深呼吸して気合いを入れてから、ドアをノックして開けた。


「失礼しま……」


挨拶の全てを言い終わる前に、大きな雷が藍野に落ちた。


「ようやく来たわね、手間かけさせて……この問題児!」


白衣を着た女性医師、能條 綾音(のうじょう あやね)は仁王立ちの怒り心頭で藍野を出迎えた。


「の、能條(のうじょう)先生、ごめんなさい、申し訳ございません、もうしません!!」


大きな体を精一杯縮め、多分と聞こえないよう付け足して藍野は謝った。


「謝るくらいならさっさと来なさい! 何のためのアシスタントよ! あれだけ沢渡に伝えてるのに聞いてなかったとは言わせないわよ。こっちはアンタのせいで休日出勤なんだから、他人に迷惑かけてる事を自覚しなさい!」


「そのぉ……、お怒りはごもっともです。できればこれで一つご勘弁下さい!」


藍野はがばっとお辞儀しつつ謝罪に定番な貢物を能條に渡した。

中身はワインに合うと評判の能條用のチーズ味のマカロンと渚澤用の甘いマカロンの2種類。

どちらも高坂家経由で知った神戸限定品。アシスタントの沢渡にお取り寄せしておいてもらった。

チーズ味は高坂社長がワインと共に、詩織は甘い方をミルクティーと共に良く食べていると家政婦の桐山からの情報だった。

口の肥えた二人を満足させ、好みの食事を作る桐山からの一押しの品だ。


「フン、こんなもんで騙されないわよ! 一花(いちか)ちゃん、コイツの採血、思いっきり痛くしてやって!」


プリプリと怒りながらも受け取った能條は診察室に戻っていった。


「はーい、綾音先生! じゃあ藍野さん、そこ座って腕出して下さいね。コレでグリグリしますからねー」


渚澤は元気に返事をし、採血ホルダーと真空採血管を持って丸椅子を指し示した。


「グリグリ刺したら痛いじゃん……」


ぶつくさと文句を言いながら右腕を大人しく差し出して、横を向いた。

ちくりとした痛みで別にグリグリとされる事もなく血液を抜かれて呆気なく終わった。


「はい、おしまい! じゃあ先生のところで面談してきて下さいね。終わったら外しますから。あと差し入れありがとうございます!」


渚澤はにこりと笑って絆創膏を貼り、止血バンドを巻いて藍野を診察室に放り込んでドアを閉めた。


診察室は企業内クリニックとは思えないくらいに設備が整っており、ちょっとした診療所レベルに備品は揃っていた。

薬品棚には一通りの薬剤が並び、超音波エコーと簡易ベッドが置かれている。

それもそのはずで、銃創などはその辺の病院に診てもらえない。

そんな事情から別室にはレントゲン室や処置室、本格的な手術室や入院設備も備えてあった。

少し広めのデスクの上に電子カルテの表示されたモニターとレントゲン用のモニターがあり、その前に能條が座っている。

藍野は診察用の丸椅子に座った。


「作戦後、何か気になる症状は出た?」


夢に見てうなされたり、眠れなかったり、集中力が落ちたりなどと一通りの症状の質問を能條は聞いていき、電子カルテに記入していく。


「特にないです。神戸と掛け持ちで忙しいせいか、むしろ薬も使わず眠れて調子はいいです」


思い出しながら藍野は答えた。

作戦直前より、黒崎の代理で東京から総指揮を担当するので神戸と東京を往復することになり、忙しくはなった。

おかげで余計な事を考える暇もないくらいだ。


「作戦後、いつも安定剤使ってたあなたにしてはいい傾向じゃない。これはこのまま減らしましょう。でも勤務時間と訓練時間の減少は気になるわね。連続勤務が多すぎるから調整した方がいいわよ」


モニターに藍野の勤務時間をいくつか表示して、能條は渋い顔をした。

いくら不定休の休みしか取れないといっても3週間連続などは能條の気になる所であった。


「すみません、今はちょっと勤務を減らしたくありません」


藍野は自身と詩織の受験と天秤にかけ、詩織を取ったが、能條は無情な事を言った。


「あのね。あなた達は訓練も休養も仕事の一部よ。業務を見直して任せるべきは他に任せてでも、必要な訓練時間も休養時間も作りなさい。でないと依頼人だけでなく、部下も自分の命も守れなくなるわよ? それでいいの?」


守りたいものも守れなくなる、それでもいいのかと問われれば、藍野はNoと言わざるを得なかった。


「うう……ぜ、善処します。これ(高坂家)が終われば少し余裕が出来ると思いますので」


藍野は最近の警護状況を考えて答えた。

高坂家は本当にあと少しの所のはずだ。

公安が離れてくれさえすれば、警戒レベルを引き下げて別のチームが対応する手筈になっていた。

その公安が中々離れてくれないのが現状であったが、しつこいようなら黒崎が本社から手を回すだろうと読んでいた。


「OK。必ず減らしなさいよ。血液検査の結果はメッセージで入れるわ。次、さっさと来ない場合、私の権限で即ドクターストップにするわよ。覚えておきなさい!」


能條はペンタブで電子カルテにサインを入れて閉じた。


「本当に申し訳ございません。以後気をつけます!!」


警護員の性なのか、依頼人でもない能條に最敬礼の90度で謝罪の意を示し、藍野はようやく診察から解放された。

久しぶりの2連休もあと1日半、たまには自分で詩織用の差し入れを選びに行こうと日本支部のビルを後にした。

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