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1.1_黒崎と紅谷のランチタイム

時間軸は壊滅作戦終了後、お披露目前くらいのタイミング、 「6.1_創業記念パーティー」直前くらいです。

軽いキータッチの音をさせながら、紅谷はメッセージを作成していた。


――この間の作戦お疲れ様。

――お前の護衛ローテ見た。

――来週の日曜日、約束通り妻を紹介する。

――この前は言ってなかったが、結婚と同時に娘もできたんだ。

――妻からは私より娘の好きなケーキでも持って来てもらいたい、だと。

――お前は車で来るだろうから、水谷や柴田さんにも声かけて一緒に来いよ。

――日曜日、待ってる。


(これで送信、と)


送信のショートカットを叩き、紅谷はメッセージアプリを最小化して、目線を上げた。

ここは、HRF日本支部のカフェテリア。

窓からはブラインド越しでも燦々と明るい日差しが差し込み、外には日を照り返して眩しいくらいの横浜港が眼下に広がっていた。

もうランチタイムに遅い時間帯で、席には大分余裕ができていた。

自分も昼食にしようと紅谷はノートPCを閉じて席を立ち、今日のメニューを眺めていた。

彼は大体食べながら仕事をするので、選択肢はいつもサンドイッチやマフィンなどが多い。

今日はクリームチーズとスモークサーモンのベーグルサンドとコーヒーにして、社員証で精算をした。


「お疲れ様。飯時でも仕事か?」

「黒崎部長、お疲れ様です。部長も今日はこちら(横浜)ですか?」


紅谷のトレイを覗き込み、声をかけてきた男。

紅谷より少し大きい、警護員の制服を着用した黒崎だ。

黒崎のトレイにはコーヒーと取り放題のサラダとチキンだけが乗っていた。

頭脳労働の紅谷は炭水化物や糖質を好むのだが、黒崎はタンパク質中心を選択しているあたり、水分や炭水化物を控えている事が長年の警護員としての習い性となっているのが見て取れた。


「ああ、例の後始末と報告書作成、あとお前達の昇進手続き。ココいいか?」


黒崎は紅谷の返答も聞かずに、紅谷の前に座り、「お前が監査持ちで助かったよ」と黒崎は言って、サラダを食べ始めた。


「昇進って、俺が4課長ですか?」


紅谷は少し思い悩んでいる様子で答えた。

同じように紅谷もパッケージを開け、ベーグルサンドを一口咀嚼して、コーヒーで流し込む。


「どうした? 嬉しくないのか?」

「いえ……嬉しくはありますが、案件統括も兼ねるとなると、現場に入る機会も減るのが悩みどころですね」


紅谷は一つ嘆息して答えた。

課長なんて統括がメインになるから現場から離れがちになって勘を鈍らせたくない。

情報技術など四半期もすれば新しい手法が出てくる。

まめにアンテナを張り巡らせて、勉強し続けていかないとあっという間に置いていかれる世界なのだから、なるべく現場から離れたくはなかった。

だが、結婚したばかりの身としてはプライベートも優先させたい。

娘の雪梅(シュエメイ)も可愛い盛りの3歳だから、なるべく一緒に居たい。そのために少しは業務をセーブしないととも考えていた。

そのため、案件統括の業務を増やし、現場から離れる課長職を彼はあまり歓迎してはいなかった。


「4課は今、課長が2人いて、お前が課長になれば案件統括は実質3分の1だ。担当する統括業務はそれほど増えない。現場も入ろうと思えば入れるだろ」


そう言うと黒崎は最後のチキンの一切れを口に入れた。

調査員と呼ばれる4課と5課は、警護員を有する1課や2課・3課とは案件の進め方も違う。

リーダーのみが指定され、チームを作って案件に当たるのは警護員と変わらないが、メンバーやリーダーがあちこちを兼任したりして正に一丸となって案件を処理している所が特徴的だった。


「それよりも現場実務は水谷に任せて、お前は統括に専念すれば勉強時間も取れるし、早く家に帰れるだろ?」


黒崎の視線は紅谷の結婚指輪を捉え、見透かしたようにすっと目を細めて笑い、姿勢を正した。


「俺はさっさと水谷を主任に引き上げて、お前とセットで本社に食い込みたい。今後もお前の活躍には期待している」


期待している、そう言われて嬉しくない訳ではないが、紅谷は額面通り受け取る事は出来なかった。


「“ 生え抜き”の藍野が本社行きの対象ではないのですか?」


“ 生え抜き”、インターンで入社し、更に選別を抜けた者がそう呼ばれるHRFの隠語で、本社幹部や役員に一番の近道。

生え抜きはそのほとんどが学生時代に選出され、現役の警護員や調査員がリクルーターとして個別に接触しインターンとして入社する。

本人に選別の事は伝えられず、長期休みを利用した訓練や実習を受けさせ、結果を元に選別がかかり、通った者にしかその事実を知らされない。

藍野(アイツ)は選別に通り、紅谷(自分)は落ちた。

紅谷は入社時研修で藍野のパートナーとなった際、その事実を藍野から知らされた。

その後、警護員に不適格とされ、調査員に転向した後も、そのコンプレックスが澱のようにうっすらと心に漂っていた。


「あれも対象だが、出世に興味はないし、将来を勝手に決めつける生え抜き制度は気にくわないそうだ」


諦めを混ぜた口調で黒崎は薄く笑った。

入社後の教育と本人の熱意次第でどうにかなるかもしれないのに、学生時代のほんの一部を見ただけでお前は警護員だ調査員だと決められてしまうのが嫌だ、パートナーなんて入社後に選んで後継教育を始めても遅くはないと教育担当らしく藍野は言った。


「藍野と『指名はするが、好きにしていい』と約束したからな。今更違える訳にはいかない」


藍野らしいと言えば、らしい。紅谷はそう思った。

でも、らしさが少し憎くもあった。

警護員職も、生え抜きになった事も、紅谷は望んでも得られなかったものだ。

自分なら簡単に捨てたりしないのに、と紅谷は思う。


「では、ご自身のパートナーはどうされるおつもりですか?」


先代の支部長は当時の2課長を連れて、本社に異動した。

確か2課長も生え抜きで、元々支部長のパートナーだった筈。

生え抜きとは、元々こういう時の為のシステムなのだから。


「俺も支部長に上がったばかりだし、あいつがその気になるまで気長に待つよ」


黒崎はかつんと、軽い音を立ててトレイにフォークを置いた。

トレイの上の皿は既に空っぽになっていた。


「あの調子では、一生来ないような気がしますが」


――仕事は好きだが、本社(アメリカ)に興味はない。


紅谷に今の藍野はそう見えた。

特に人を育てる2課の仕事は性に合っているようで、育てても中々2課に残らないと文句を言いながらも、異動後も何くれと面倒をみたり、相談に乗ったりとしているようだった。

そんな藍野が日本を離れる事を考える事はないような気がした。


「強制したところで反発するだけだし、あいつがここ(HRF)にいる事を選択してくれただけで今は充分だ。差し当たってはどうしたら2課長を引き受ける気になるか考えないとな。じゃお先」


黒崎はそう言うとトレイを持って席を立った。

2課長が不在では、確かに不都合が多いだろう。

課歴の長い藍野が引き受ければ課内の反発もないだろうし、自分の統括案件も減らせる。

そこは是非協力すべきだろうと、紅谷はくすりと笑った。

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