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カムバック・ホーム  作者: 扇谷 純
カムバック・ホーム
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第41話

 けれど降りてみると、駅とは名ばかりで周辺には特に何も見当たらなかった。


 待合室、売店、自販機など必要なものは何も置かれておらず、出入り防止の柵すらなかった。潮風で錆びた駅の看板と三人掛けの簡素な木製ベンチだけが、このミニマムな駅を駅らしく彩る要素としてぽつんと佇んでいる。


 周囲を見渡すと、山々の深い緑と海の澄んだ青が線路を境にして二分割されている。僕はそれらの景色を何枚か撮影したのち、今度は駅名標を背景に列車を撮影した。


 うん。悪くないかも。


 立体感を帯びた構図を意識して撮影すると、不格好なこの列車もなかなかの見栄えになるものだ。


 煙草を吸いに行った藤沢を待ってると、彼はいつの間にか声の大きな中年女性の二人組に写真撮影の手伝いを申し出ており、終いには一緒に記念撮影までしていた。僕はその様子を何となくカメラに収め、そのまま先に車内へ戻った。


 席についてしばらくすると電子音のようなベルが鳴り響き、発車を知らせるアナウンスが流れ始めた。中年女性たち(それに藤沢を加えた)三人組はアナウンスを無視して写真を撮り続けていたが、駅員に急かされるとようやく車内に戻ってきた。


「ほかのお客に迷惑だろ」


 二人組に手を振りながら戻ってきた藤沢に向かって僕がそう言うと、彼はどすんと席に腰掛け、「悪い、ちょっと捕まってな」と言いながら海を眺めた。「さすがは海沿いの列車!」


「正直前半は疑ってたけどね」


「確かに。何だよ、壁沿いの列車じゃねーかって思った」


 やがて列車が出発してからも僕らは取るに足りない会話を繰り広げていたが、これまでの道のりに比べてどこか居心地がよく感じられるかと思えば、最前列に座る中年女性の声量が随分と抑えられていた。


「あの人達、急に静かになったね」と僕が言うと、「ん? あぁ、そうだな」と藤沢は気のない返事をしつつ、シートに頭を凭せかけた。


 その後も快適になった列車の旅は続き、どこかの中規模な街でサラリーマンが、とある田舎町で若い男が降りていった。


 中年女性たちはひそひそとお喋りを続けていたが、そのうち話し疲れて眠ったのか妙に静まり返っていた。やがて登山口の駅でアナウンスが流れると、二人は文字通り飛び起きて列車を降りていった。


 僕らが降りたのは終点にほど近い駅だった。居眠り男のみを残し、列車は去っていく。


 プラットフォームから周辺を眺めると、ぽつりぽつりと一軒家が立ち並んでいた。改札口では未だ駅員が手で切符をちぎっており、プレハブのような駅舎を出たすぐ前のバス停には巡回バスが(見た目はただのワゴン車だが)停車していた。


 ちょうど出発するところのようで、藤沢が運転手に行き先の病院名を告げると無骨なその男は無愛想に頷いてから親指を立て、座席を無言で指さした。


 僕は乗り込む際に時刻表をちらりと覗いたが、バスは一時間に一本のペースで来るようだった。都心ではおよそありえない本数だが、この辺りでは十分なのかもしれない。


 子沢山の家族ならそれだけで満席になってしまいそうなバスの車内に、乗客は僕らを含めて三人だけだった。途中で乗車する者もなく、目的の病院までは田舎の田園風景を眺めながら快適に過ごすことができた。


「えっ!? 百円ですか?」


 藤沢が驚いた声でそう尋ねると、岩石のような風格の運転手は静かに肯いた。


 相当の距離を走行したというのに、乗車料金はすこぶる安い。僕らはあいにく小銭の持ち合わせがなく、千円札を出すと運転手は乗車した際の無愛想な態度が嘘みたいに優しい笑みを浮かべながら、快く両替をしてくれた。


「あれかな?」


 バスを降りると、狭い道路を挟んだ向こう側に目的の病院らしき建物が見えた。


 ちょっとしたテーマパークを思わせる敷地には膨大な数の自動車を駐車させられそうだが、病院自体はさほど大きなものではなかった。少し大きめの歯医者か、町内会館といったところで、全体としては小綺麗な印象を受けた。


 入口の扉はガラス張りになっており、表から受付を眺めてみたがそこには誰も座っていなかった。


「よしっ。ちょっくら聞いてくるか」


 そう言って藤沢が先に歩き出したので、僕は咄嗟に彼を呼び止めていた。


「ん? どうした?」と振り向いた彼に問われて僕は思わず俯いたが、すぐに顔を上げ、「ここは、僕が先に行こうかな」と答えた。


 何でも友人に頼りっぱなしは、良くない。


「そっか」と一言だけ答えた藤沢は、こちらの意気込みを察してか、僕が入口の扉に手を掛けるのを黙って見守っていた。


 受付にはやはり誰の姿も見当たらなかったが、台の上にベルが置かれており、それを軽く押すとブザーのような音が館内に鳴り響いた。すると奥からスリッパを履いたナース服の若い女性が現れ、こちらに向かって歩いてきた。

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