第13話
葬儀に参列しなかったことで兄たちは僕をひどく叱りつけたが、母は特に何も言わなかった。
代わりに祖母の遺品の中から彼女が愛用していた黒いかんざしを僕に手渡すと、そのままルーティンに没頭し始めた。
漆塗りの細い棒に、ゆらゆら揺れる銀色の装飾。幼少期の頃、祖母がそれをしているのを何度か見かけたことがあった。
葬儀を終えた翌日には現在の住まいへ即刻戻るつもりだったが、僕はもうしばらくここに留まることを決めた。それは恐らく、偶然に出会った友人の存在が大きかったのだと思う。
あの日から毎日のように藤沢から呼び出され、二人で酒を飲んだり、玉を突いたりと、僕は今まで経験することのなかった友人との退屈でありきたりな時間を過ごした。
今日も彼に誘われ、例のビアカフェでクラフトビールを浴びるほど飲んでいる。
それにしても、蒸し暑い日々がよく続くものだ。飲めば飲むほど帰り道にかく汗の量が増す一方で、家に着く頃には靴底から水が滲むのではと思われるほど身体がびしょ濡れになった。
ペースを落とした彼が突然酔い冷ましにと取り出して読み始めたのは、一冊の分厚い文庫本だった。細かな文字を目で追うと、却って酔いが回りそうなものだが。
「何読んでるの?」
ビールを飲みながら僕がそう尋ねると、「――ヴァン・ダイン」と言って彼は書店のカバーをちらりと外して見せた。
「あぁ、推理小説か」
ふらつく頭をどうにかしようと、僕はまたビールを煽る。逆効果だと分かっていても、それ以外にすべきことが浮かばない。
「やっぱり、正統派は良いよ」
「僕はどちらかと言うと、アガサ・クリスティーが好きかな」
「あんな後出しジャンケンみたいな話のどこが良いんだ?」
「そんな君は、いつまでも二十則に縛られていればいいのさ」
藤沢はしばらくの間、本を読み耽った。あれほど酒を飲んだ後でよく内容が入ってくるものだ。
僕は少しでも読書の妨げになればと店内に流れる音楽を聴きながらハミングしていたが、彼は全く動じずに本をじっと睨みつけ、時おり静かにページを捲った。
「はぁ……なかなかこれは……」
「何人死んだ?」
「そこは本質的な問題じゃない」と答えた彼は、飲みかけのビールを一気に飲み干し、「あ、この曲好きなんだよな」とリズムに合わせてカウンターを指で叩いた。
「藤沢は音楽に詳しいよね」と僕が言うと、彼はカウンターの向こうを眺めて思い出に浸るような表情を浮かべ、「まぁ、好きだからな」と答えた。
それから二人揃って店員におかわりを注文し、ついでに頼んだソーセージの盛り合わせもカウンターに並んですぐのことだった。
藤沢は落ち着きなく頭を掻き毟ったあと、「夏目さ、ライブって興味ある?」と尋ねながら、顔に皺を寄せて笑顔を浮かべた。




