番外編 そして続く幸せの日々1
*アルフレッド*
マグノリアと結婚して半年が過ぎた。
実りの秋も、寒い冬も、穏やかな春も、僕は毎日幸せです。
だって、朝起きてから夜寝るまでマグノリアがいるんだよ。
すごくない?
しかも同じ寝室で。同じベッドで。
すごくない?
おはようで一日が始まって、おやすみで一日が終わるんだよ。
すごくない?
もう朝から幸せすぎて怖い。
クラウドから「気持ちは分かりますけど、仕事してください」ってお小言をくらうけど、そういうクラウドだって新婚の幸せオーラだだ漏れだからね。人の事は言えないと思うんだよ。
あえて指摘しないけどね。お兄さんですから。
幸せ幸せって思ってるけど、いつも幸せなのかと言われたら、そういう訳でもない。
嫌な事もあるし、ちょっとしたケンカもしたりする。それでも幸せの比率が高いんだよね。
今日届いたコレは不幸というか、不穏というか、嫌なものに分類されると思うんだよ。
白地に金の王家の印章が施された封書は、カルバンバカ王子の結婚式の招待状。
開けたくない。
心の底から開けたくない。
燃やしたい。
燃やしちゃダメかな。
……………ダメかな。ダメだろうなぁ。
はぁ。
本当に、なんで送ってくるかな。
僕らが結婚式に呼んだからだろうけど、お返しに呼ばなくていいから。
こんなところで気を遣うなら他に使って欲しい。
面倒だし、焼き捨ててしまいたいけど、とりあえずマグノリアに相談しないとなぁ。
事故で届いてません。って………ダメだよねぇ。
その日の夕方。
孤児院の慰問から帰ってきたマグノリアに招待状を渡すと一読して執事に「捨てておいて」と手渡した。
いいの?と聞けばあっさりと「行きませんわよ」と答えてくれた。
「どうして親戚でも友人でもない私たちが出席しなければなりませんの?あの方たちの晴れの姿を見たいとも思いませんし、祝福したい気持ちもありませんわ」
その言い分に内心拍手を贈る。
だよね。そうだよね。
良かった。
行くとか言われたらどうしようかと思った。
「でも、王族の招待状を欠席する言い訳も必要だよね」
行きたくない。祝いたくない。ってワケにはいかない。正式な招待だからね。
断る大義名分が必要なんだけど、何かあったかな。
解決策は翌日やってきた。
「新婚伯さんどうですの?美人な奥さんと仲良うやっとりますか?」
僕は辺境伯であって、新婚伯ではない。まぁ、新婚ですけど?かなり幸せですけど?
間違いではないから、訂正もしづらい。
軽〜い感じで執務室にやってきたのは、魔国の外交担当のリィカツェレ・ケルミン大使。
魔国の独特な方言の彼の言動はとにかく軽い。
ついでに見た目も軽い。緑の髪に毛先がピンクに染まっていて、いつもカラフルなヘアピンで留めている。琥珀の瞳はいつも楽しそうに笑っていて、人当たりもいい。
そんな外見どけど、仕事面では有能だし、処理も早い。
フットワークも軽いのでふらっとやってきて、関税だとか輸入品の話をしてふらっと温泉に入って帰っていく。
温泉好きなんだってさ。
うちの乳白色の温泉は珍しくてお気に入りらしい。
僕からしたら魔国の赤や青の温泉のほうが珍しいけどね。
温泉かぁ。いいよね。うん。
マグノリアと一緒に入りたい。
露天風呂とかいいな。
湯上りの色っぽいマグノリアとかいいよね。うん。凄くいい。
―――――よし、行こう。
「ケルミン大使。ちょっとお願いがあるんだけど…」
僕の要望を聞いた大使は「なんやそんな事かいな。なんぼでも受けたるで。任せとき」と軽く引き受けてくれた。
いいの?そんな簡単に引き受けて。
「かまへん、かまへん。新婚伯にはお世話になっとるし、温泉饅頭もごっつう美味かったしな。これぐらいなんてこたぁないで」
温泉饅頭って、もう入ってきたの?
え?外交より先に温泉行ってきたの?
驚いたけど、ケルミン大使だしなぁ。と納得した。
それにしても、新婚伯っていつまで使う気なんだろうね。
2日後には大使にお願いしていた手紙が届いた。
白地に金と赤の蔦模様が描かれた封書は魔王陛下からの親書だった。
本当に仕事が早い。
こんなに早く届くってこっちが驚きだよ。
「魔王陛下から?」
眉間にシワを寄せたマグノリアが親書を見つめる。
どしたの?
どこか汚れてる?
封書を確認するが特に変わったところはない。それをひらひらと揺らす。
「そう。バカ王子の結婚式を断る口実」
大使に頼んだのは魔国への招待状。
出来れば魔王陛下のものであれば嬉しいと伝えておいた。優先順位はこちらが上だからね。
バカ王子の結婚式にも出なくていいし、愛しの奥さんと長期間一緒にいられるなんて楽しみ以外ないよね。
だから、ね。
「マグノリア。魔国に旅行に行こう」
◆◆◆◆◆
*マグノリア*
アルフレッド様の提案で魔国に行くことになりました。
カルバン殿下の結婚式を断る口実らしいのですが、そんなに簡単に行けますの?
魔王陛下から頂いた書状には、陛下の子どものお披露目をする旨が書かれておりました。
日にちもカルバン殿下の結婚式の前日です。
出来過ぎのようですけれど、いい口実にはなりますわね。
2ヶ月後ですが、そろそろ準備を始めましょう。
「大体、ご出産なされたのならそのお祝いの方が先ではなくって!?」
ベビー服に、帽子に、靴、おくるみ、ゆりかごなどなど。
商会の人に沢山のベビー用品を持ってきてもらって、お祝いの品を吟味中なのです。
つい先週、魔王陛下がご出産されたそうですの。
お披露目の時のお祝いもありますが、真っ先にご出産のお祝いを贈るべきですわ。
それもあって、今は部屋中がベビー用品だらけですの。
あの方、私たちの結婚式の時にはもう懐妊されていた事になりますわね。
それなのにアルフレッド様を口説くとか、どうなんですの!どういうおつもりなんですの!
アルフレッド様が仰るように冗談だったのかしら。
分かりませんわ。
というか、あの時妊娠初期だったのではなくて?
ドラゴンに乗って長距離移動したり、披露宴でもお酒を召し上がっていたけど、大丈夫だったのかしら。
いえ、無事にご出産されたのだし、ご不調ともお聞きしませんし、大丈夫ですわよね。
ああ、それにしても…
「なんて、可愛らしいのかしら」
小さなベビー用品がどれも可愛すぎてたまりません。
なんですの。片手に乗ってしまう靴に、柔らかい布で作られたベビー服の可愛らしさは。
もう、どれもこれも可愛いすぎますわ。
「迷ってしまうわね」
「ええ。本当にどれも素敵ですね」
「今の流行はどんな物ですか?」
あまりの可愛さにため息をつけば、侍女のシャーリーを筆頭に他の侍女たちも目を輝かせて商品を見ています。
次々と問いかけられる商人が笑顔で流行の物や、性能や機能を答えてくれるので、みな真剣に聞き入ってしまっています。
「奥様の時の良い予行練習ですね」
シャーリーがくすくすと笑いながら、ベビードレスを手にする。
私の時………。
いやだ。何を言うのよ。
まだ結婚して半年ですのに、アルフレッド様との赤ちゃんなんて、赤ちゃんなんて、赤ちゃんなんて!!
でも、妊娠してもおかしくない、ですわよね。
だって結婚してるんですもの。
赤ちゃん。
きゃーーーー!!!
どうしましょう!そんなの、絶対に、絶対に可愛いに決まってますわ!
「奥様、お顔が真っ赤ですわよ」
シャーリーや侍女たちにからかわれてしまいましたわ。
だって、仕方ないじゃない。ベビー用品が可愛すぎるのがいけないんだわ。
今回の魔国への訪問は、国の名代として行く事が決まりました。
ですので、王家からのお祝いの品等も持っていかなくてはなりません。
荷物や侍従や侍女に護衛の騎士たちなど、かなりの大所帯となってしまい、準備もそれなりに大変です。
編成などは、だ…だん…旦那、さまの、そう、旦那様のお仕事なので、私は細々した物の準備をしております。
「楽しそうですわね、お義姉様」
「ええ。他国に行くなんて初めてなんですもの。エルナさんは行った事がありますの?」
「残念ながら私もありません。ですから、お話を楽しみにしてますので、たくさん楽しんできてくださいね」
私たちが留守の間、クラウド様ご夫婦が領主代理をして頂ける事になりました。
出発を3日後に控えて、お二人ともこちらの屋敷に泊まって準備を手伝って頂いております。
エルナさんは、婚約者時代からよくこちらのお屋敷に来ていたので使用人たちや領民たちとも仲が良いのでちょっとだけ羨ましいです。
私ももっと打ち解けたいですわ。
様付けは寂しいというのでエルナさんと呼んでますけど、私の事はお義姉様呼びなのです。
それは不公平ですわよね。私も寂しいですわ。
そう伝えたら、たまに名前で呼んで頂けるようになりました。
ちょっと前進です。
「それにしても、ベビー用品ってどうしてあんなにも可愛いのかしら」
エルナさんがプレゼントの箱を見てうっとりとため息をついてます。
そのお気持ちはとても良く分かりますわ。
魔王陛下のお祝いを選んでいる途中で、どうしても欲しくなって、ベビーシューズを1足買ってしまいましたの。
それをエルナさんに見つかってから、しばらく私も彼女も赤ちゃんブームでしたわ。
侍女たちも同じなので、屋敷全体がなんとなくそんな雰囲気ですわね。
「ええ。本当に。実際に陛下の赤ちゃんにお会いするのが楽しみですわ」
あんなに美しい陛下の赤ちゃんならば、どれほど可愛いのかしら。
楽しみですが、アルフレッド様に変な気を起こさないように気をつけておかねばなりません。
「私はお義姉様の赤ちゃんに早くお会いしたいですわ」
「っ!な、な、な、そ、そんな、赤ちゃんなんて!そんな…」
「お会いしたいですわ」
「〜〜〜〜。それは、わ、たしも、ですわ」
ああ、もう、恥ずかしい。
分かってますわよ、顔が赤い事ぐらい。
頬が熱いんですもの。
エルナさんのくすくすとした笑いに、私も次第に笑ってしまいました。
赤ちゃん。
本当にここに授かったなら、どれほど嬉しいかしら。
膨らみもないお腹にそっと手を当てる。
でも、アルフレッド様はどう思ってらっしゃるのかしら。
ふと過った不安を後押しするように風が窓を揺らした。
サブタイトルは『そうだ魔国へ行こう』です。
某鉄道会社のキャッチコピーっぽくお読みください。