番外編. 淑女たちのお茶会
お母様のターンです。
少し長くなってしまいました。
青空を照らす陽光はガラス越しに温かな光となって赤の応接室へと降り注いでいた。
正妃が好んで茶会などに使うこの応接室は、魔国から取り寄せたシダリナ織の赤い絨毯が全面に敷かれていることから「赤の応接室」と呼ばれている。
シダリナ織は魔法付与が可能な為に、絨毯としての価値も合わさって高級品となっている。上級貴族のステータスと言えるシダリナ織が狭いとは言えない部屋の全面分ともなればもはや国宝に近いと言えよう。
赤の応接室に敷かれたシダリナ織には防音と簡易の防御結界と簡易の清浄魔法が付与されているので、お茶会はもとより密談などにもよく使用されていた。
「正妃様、この度はお招きに預かり光栄にございます」
臆することなく入室したアルフレッドの母ミレイナはおっとりとした笑顔で迎えてくれた正妃クローディアに挨拶をした。
「ようこそミレイナ。会えて嬉しいわ。さぁ、他の人が来るまで堅苦しいのはやめてね」
「あらあら。困った人ね」
「貴女ほどじゃないわ」
2人は顔を見合わせて少女の様に笑うとソファに並んで座った。
クローディアはワクワクした顔を隠しもしない。普段の澄ました顔とのギャップにミレイナは思わず吹き出した。
「酷いわ、笑うなんて」
「だってディア、普段と違いすぎよ?」
「貴女と2人でいるのに肩が凝る様なことはしたくないわ」
2人は従姉妹であり、幼少時からとても仲が良かった。
隣国の第3王女であったクローディアと、ディクセン公爵の長女ミレイナは年も近く、よく王城や公爵家で遊んでいたのは良い思い出でもある。
偶然にも同じ国に嫁ぐ事になったものの正妃と臣下の妻として、公では立場を尊重し合っているが、プライベートとなればいつでも昔の様に気安くなる。
「私もカルバンの処罰は甘いと思っていたの。あの子、本当に反省してないのね。私が口を出すわけにはいかないから黙っていたけど、もう無理ね」
「反省してたら謹慎明けてすぐに遊びに出ないでしょう。これは、もうヴィオラ様もお仕置きしないとだめだと思うのよ」
「それと陛下もね」
「それは、もちろん」
不敬な会話だが、正妃付きの侍女たちはごもっともですとばかりに肯いていた。
クローディアとミレイナは昔に戻ったように笑い合った。
「さあ、楽しいお茶会にいたしましょう」
◆◆◆◆◆
侍女からヴィオラ側妃の先触れが来たと告げられる。程なく待てば、昼のお茶会だというのに礼節に欠かないギリギリの豪華なドレスを着たヴィオラが入室した。
相変わらずの派手な装いに派手なメイクに、気品と下品の合間を攻めるのが上手いと妙に感心してしまう。
「正妃様、ご招待ありがとうございます」
取り済ました顔で軽く挨拶をする。眉をしかめる程度の無礼さではあるが、注意するか迷うような態度であった。
しかし、いつもの事なのでクローディアも特に咎めることはなかった。
ミレイナが挨拶するも簡素に返すのみで、こちらは無礼ではあるが立場的に咎める事は難しい。
続いてバルトス子爵夫人、カスティーナ伯爵夫人、ラクセル伯爵夫人と数人の貴婦人が続き、最後にスタンリー侯爵夫人フェルミナが入室した。
フェルミナは正妃、側妃に挨拶した後ミレイナに声をかける。
「マークロウ公爵夫人。先日は娘がお世話になりました」
「いいえ。若い人とのお買い物は楽しかったわ。それにもうすぐ私の娘にもなるんですもの。今度はフェルミナ様もご一緒致しましょう」
「それは素敵ですわね」
「前にも申しましたが、どうぞミレイナと名前で呼んでくださいな」
「よろしいのかしら。なんだか恐れ多くて」
「構いませんわ。もうすぐ親戚になるのですもの」
2人の会話に側妃や子爵など一部のご婦人が騒ついたが、正妃が扇子をパチリと閉じた音でハッと我に返る。
一瞬の緊張が走ったのを確かめて、正妃はにっこりと微笑みお茶会の開始となる挨拶を告げた。
それぞれ侍女たちに勧められたテーブルに座り、お茶会が始まる。
正妃のテーブルにはヴィオラ、ミレイナ、フェルミナそしてバルトス子爵夫人ダリアが座る事になった。
ヴィオラは時折、正妃の隣に座るミレイナに視線を送る。座席が腑に落ちないのであろう。
主席となるクローディアの右隣は二席のヴィオラが座るのは当然だが、三席となる左隣にミレイナが座っているのが不思議だった。本来ならそこはスタンリー侯爵夫人であるフェルミナが座るべきなのだから。
それを分かった上でクローディアは口を閉ざして当たり障りのない会話を振る。
一方で子爵夫人ダリアは真っ青な顔で座っていた。緊張の為か手が震えているのでお茶にも手をつけていない。
それを見てクローディアが声をかける。
「バルトス子爵夫人、お顔の色が悪いわ。気分でも悪いの?」
「……え、あの……ええ」
「まあ!正妃様がいらっしゃるから緊張されているのね。でも大丈夫よ、とてもお優しい方ですのよ」
「ええ。そんなに萎縮しては逆に失礼ですよ。ほら、安心してお茶を楽しみましょう?」
これ幸いと辞去しようとしたが、フェルミナとミレイナが笑顔でその出口を閉ざした。
これで出ていけば正妃を恐れてなどと噂されかねない。
ダリアは口を閉ざして、必死に震えを止めてカップに手を伸ばしたところでミレイナが話しかけた言葉にガチャとカップが嫌な音を響かせた。
「バルトス子爵夫人は大人しい方ですのね。ご息女とは正反対ですわ」
おっとりと微笑むミレイナの真意が分からず、ダリアは反射的に「私の娘、ですか」と答えた。
ミレイナは春の陽だまりのように、にこやかに微笑む。
「ええ。先日、息子の婚約者とお出かけした時にお会いしましたの。あんなに失礼で礼儀のなってないお嬢さんにお会いしたのは初めてだったのでよく覚えてますの」
お菓子の感想でも言う様に、楽しそうに語られた内容にダリアは卒倒したくなった。
「あ、あの、娘はどんな失礼を…」
「そうね。いきなり話しかけてきて、挨拶を返しなさいと言われたり、人目もはばからずカルバン殿下の腕にしな垂れかかったり、それに、私の息子を『豚さん辺境伯』と仰って品のない笑い方をしたぐらいかしら」
「まぁ!娘から聞いておりましたけれど、本当でしたのね。まさか子爵令嬢がそのような見苦しい事をするとは信じ難かったのですが」
ダリアの顔は青を通り越して真っ白だった。気絶ができるものならしてしまいたかった。
だが、思ってもいない横槍が入ってきた。
「豚さん辺境伯っ。言い得てるのではなくて?あの体型ですもの」
ヴィオラが高い声で笑う。
ほんの一瞬、部屋の中にピリっとした空気が走った。皆がぞわりと立った鳥肌に無意識に腕や首を撫でた。
「ヴィオラ様。謹みなさい」
「あら、正妃様はそう思った事が一度もございませんの?」
「ありませんわ。貴女と違って、ただの一度も」
「まぁ、お優しいこと」
嘲る言葉を聞いてもミレイナは先ほどと変わらずおっとりと微笑んでいる。
その手が優雅にカップを持ち、香り高い紅茶を口に運ぶ。
一息ついたミレイナは、すっと表情を消してヴィオラを見据えた。
微笑んでいない。それだけなのに、ミレイナから放たれる気にヴィオラは思わず息を飲んだ。
「私の息子を馬鹿にする事は許しませんよ」
声が大きいわけではない。
それなのに、やけにハッキリと部屋に響いた。
他のテーブルの者も、お喋りをやめて正妃のテーブルに注目をしている。
一瞬でも飲まれたのが悔しかったのか、ヴィオラがキッとミレイナを睨みつけた。
「何を偉そうに。辺境伯夫人風情がっ」
「ヴィオラ様っ!」
クローディアの制止も虚しく放たれたヴィオラの罵る言葉に、ミレイナは目を細めてヴィオラを睥睨する。
「では、私も返しましょう。伯爵出の側妃風情が。と」
「なんですって!」
「それと訂正しておきます。辺境伯夫人ではなく、私の肩書は公爵夫人です」
「何、を言って…」
「事実ですわ。辺境伯とはベイエット領を治める者の称号であり爵位です。それを息子に譲った私の夫の爵位はマークロウ公爵になります」
辺境伯と侯爵はほぼ同列だが、王族の流れを汲む公爵はその上になる。
公爵であれば王族に近く、側妃とはいえ実家が伯爵であれば余程の家でもない限り公爵には礼節を持たねばならない。
知らなかった者も多かったのかあちこちで騒めきが生まれる。
ヴィオラは思わずクローディアに視線を向けると、視線だけでそれを肯定した。
「マークロウ公爵が長く辺境伯を名乗っていたので、知らぬ者も多いのかしら。先代もあまり王都に来る事は無かったとお聞きしてますもの」
「ええ。ベイエット領は魔獣被害が多いのであまり離れる事は無いのですわ。それにしても、側妃ともあろう方がご存知ないとは、お勉強が足りないのではなくて?」
辛辣な言葉にヴィオラの顔が羞恥に赤く染まった。
ギリっと睨みつけるも、ミレイナは受け流すように微笑む。その微笑みに底知れぬものを感じたのはほんの数人だけだった。
「カルバン殿下もご存知ないようでしたわ。クローディア様、その件につきましても問題だと思いますの」
「何が問題なのよっ!」
怒鳴るヴィオラにミレイナはふぅとため息をつく。
「問題だらけですわ。先日の婚約破棄の件につきましても、教養に加えてマナーや法律に関しても知識が足りていないご様子。このままでは我が国が笑われてしまいますわよ?」
王族であれば外交も公務である。
他国との外交で何かしらの問題を起こせば国の損失となる。
「加えて、婚約者があの子爵令嬢では問題しかございませんわ」
これにはダリアが更に顔色を悪くした。
歳を取ってから出来た娘を夫の子爵は溺愛している。それはダリアが時としてヤキモチを焼くほどに。
もちろん、可愛いソフィアをダリアも愛しているが、同時に娘の奔放な性格を危惧してもいた。
結局は、夫の前で嗜めるワケにもいかずそのままにしてしまったのだが。
「子爵令嬢については、確かに今のままでは外交の席には出せませんわね」
「そんなっ」
「1人の証言だけで決めるのは良くないのではなくて?」
クローディアに意見するヴィオラの発言にミレイナとフェルミナは微かに口端を上げて笑みを深めた。
「確かにそうね。1人の発言、それに親しい者たちの発言だけで決めるのは良くない事だわ」
暗に婚約破棄でのカルバンの振る舞いを示唆するクローディアの言葉をヴィオラはあえて素知らぬ振りをする事しかできなかった。
「では、ここにいる皆様にお聞きしますわ。バルトス子爵令嬢の素行についてお話し出来る方はいて?」
クローディアの呼びかけにダリアもヴィオラも目を見開く。まさか、今ここで呼びかけるとは思ってもいなかったらしい。
「私が話しても娘可愛さと取られるかもしれませんが…」と前置きをしてフェルミナが話し始めればおずおずと「私も」と声が上がる。
この段階になって初めてヴィオラは招待客が正妃派と中立派だけである事に気がついた。
中立とは言ってもヴィオラにも好意的な者もいた為に気がつくのが遅れた。
ほぼ全ての客が子爵令嬢としては目に余る言動を見聞きしていた。カルバン王子やその友人たちと大ぴらにベタベタしていたのだから当たり前とも言えよう。
「ヴィオラ様。これだけの声があれば放っては置けませんわ。何よりソフィア嬢はカルバン王子の婚約者なのよ?」
ヴィオラがクローディアやミレイナを呪いそうな目で睨むが、2人は涼しい顔で受け流した。
クローディアはソフィアに自身が派遣する家庭教師の許可がない限り全ての社交界への出入りを禁じた。
ヴィオラには陛下との協議後に通達すると伝え、その日のお茶会は幕を閉じた。
今日の顛末は早々に社交界に広まる事になるだろう。
退室の際にヴィオラは憎々しげにミレイナだけに「覚えていなさいっ」と毒を吐いたがミレイナは春の陽だまりのような笑顔で言い返した。
「マークロウ公爵家、スタンリー侯爵家、タレス公国アングリッド公爵家、それに連なる一族を敵に回すお覚悟でおいでなさいませ」
ミレイナの物騒な発言を耳にしたクローディアが軽やかに笑う。
「タレス公国魔法師団を忘れていてよ?」
「あら、お力添えいただけるかしら?」
「元同僚の為ならば惜しみなく。誘わねば、団長に怒られてしまうわよ」
「ではその時は遠慮なく」
更に物騒になった発言に顔を青くしたヴィオラがそそくさと退室する。
その様をクローディアとミレイナとフェルミナは笑顔で見送り、クローディアはふっとため息をこぼした。
「さぁ、後は陛下ね」
「クローディア様。よろしければご一緒しても?」
「あら助かるわ。あの方言い訳が多くて少し面倒くさいのよ」
「では私は主人へ報告するついでに焚きつけて参りますわ」
3人は互いに満足な笑みを浮かべて、それぞれ情けない男たちに喝を入れに行く事になった。
ミレイナはタレス公国の魔法師団に所属してバンバン魔法を使ってましたが、野性の勘のような感じで魔法を使う為に教師には向きません。
「ぐるっと練って、グルグルバーンって感じで放つのよ」
「母上、さっぱり分かりません」