番外編. 賑やかな披露宴
沈みゆく太陽は赤く、それを覆うように夜へと色を染めゆく藍色が混じり、空はなんとも言えない綺麗なグラデーションで彩られている。
東に浮かぶ白い満月を見て、久々にパンケーキが食べたいと思った。
今は秋だからマロンクリームにグラッセ散らせて、葡萄を乗せたらどうだろう。
そうすると紅茶はフレーバーじゃなくて、さっぱりな感じの物、いや渋め?どっちがいいかなぁ。
思いを馳せていたら、後ろから腕が伸びてきて肩をガシっと掴まれた。
「飲んでおるか花婿。祝いの席じゃ。しみったれた顔などせずに飲まぬか」
有無を言わさずに突きつけられたワイングラスを受け取るついでに、そっと肩に回っていた腕を外す。
相手は気にした様子もなく、手にしたワインをぐいっと一飲みして新しいワインを受け取っていた。
鮮やかな朱金の髪を緩く結い上げ、豪奢な金色のマーメイドラインのドレスで豊満な体を晒した肉感的な美女こそ、魔国の魔王陛下である。
豪放磊落を体現したような御仁で、恐れ多くも友人認定を頂いているのは嬉しいんだけど、人の迷惑をあまり考えないのはたまに困る。
今回も僕の結婚式だからと急遽駆けつけてくれたんだけど、急に来ないで。
嬉しいよ?嬉しいけどさ、魔国の魔王陛下が気軽に来ちゃダメでしょ。
うちでの披露宴にこっそり呼んでいたのに、魔国の宰相さん何やってんの!?引き止めて説得してよ。
って思ったけど「無理です〜」とヘラっと笑う顔が浮かんだ。
使えない。
「陛下が急に来るからみんな忙しいんですよ。場所とか色々変更になって大変なんですからね」
「そうか、すまぬな。お主の嫁を早う見たくてな」
全く全然悪いとは思ってないですよね。
そういう人だよね。
でも、気持ちはとても嬉しいので御礼は伝えておく。
陛下の襲来から王都の大聖堂に着くまでも大変だった。
友達のドラゴンと魔王陛下と親衛隊のドラゴン総勢で12頭のドラゴン。
これだけの数が頭上を飛べば道中を混乱させるので、隠蔽魔法を掛けることになったが、親衛隊でも使えるのは2人だけという残念な結果に仕方なく3人で掛けながら休みなく飛び続けることになった。
なんせ12頭のドラゴン。訓練してるから編成して飛んでも範囲が広いんだよ。先頭と右翼、左翼と別れてかけないとダメなんで、疲れた。もうめちゃくちゃ疲れた。
ちなみに繊細な魔法が苦手な魔王陛下は最初から数に入っていない。
まぁ、振り回された親衛隊もドラゴンも端っこで料理や酒を楽しんでくれているからいいかな。
僕を王都まで乗せてくれたキュイも混じってるから、後で行こう。マグノリアにもちゃんと紹介したいし。
キュイはチビドラゴンの時に保護したのがキッカケで友達になったんだよ。
親ドラゴンが人間のせいで死んじゃって、しばらく僕が育ててたんだよね。可愛かった。あ、今も可愛いよ。
結婚式の乱入どころか、披露宴まで強引に出席する事になったから、侯爵家じゃ賄えないという事で、王家の離宮を借りる事になりました。
魔王陛下はいいとしても12頭ものドラゴンは無理だからね。余裕で入る離宮があって良かった。ちょっと遠いけど、客室も多いからなんとかなりそう。
うん。もう、色々とごめん。
急遽、うちと侯爵家の料理人や使用人が離宮に移動して掃除だ飾り付けだの大騒ぎ。城から助っ人も来てくれて、なんとか開催できました。
うちの両親も侯爵家の義父母もみんな大慌て。しかも最初に丸投げした王太子までも駆り出された。
本当に申し訳ない。そしてありがとう。
この御礼はどこかでする予定。うん、忘れないから。
うちの両親は顔見知りって事で魔王陛下や親衛隊さんたちのホスト役をやってくれてるはずなんだけど、飲んでるだけじゃないだろうね、父上!働いて!
って言うか、この飲兵衛な陛下の相手をしてくれ!
「前々から婿に来いと言うておったのに、誠に残念じゃ」
冗談でも止めてください。
ここ披露宴会場で、僕は新郎だよ?変な波風立てないで。頼むから。
「興味深いお話ですこと。詳しくお聞きしてもよろしくて?」
いつの間にかお色直しを終えたマグノリアが横にいた。
鮮やかな緋色の大人っぽいドレスがとてもよく似合っている。
「マグノリア!すごく綺麗だ」
「ありがとうございます。アルフレッド様。ご紹介頂けますわよね?」
あれ?なんか、マグノリアさん怖いよ?
笑顔の圧が凄くない?
「もちろんデス。えっと、こちら魔国のヴィヴィオラルド・リカ・ギルディアンヌ陛下。陛下、私の妻のマグノリアです」
うわぁ。妻だよ、妻。
ヤバイ、照れる。照れる。
これから紹介する時は『妻』って言うんだよ?ヤバイなぁ、心臓保つかな。
「初にお目にかかります。アルフレッド様の『妻』のマグノリア・サジ・マークロウでございます」
にっこりと微笑んで、完璧な礼を取るマグノリアに、魔王は目を見張って一瞥しニヤリと笑い返す。
「ヴィヴィオラルドだ、辺境伯夫人。アルフには勿体ないほどの美人よのぅ」
「まぁ、愛称で呼ばれるほど仲が良いとは初めて知りましたわ」
圧が、圧がすごい。
なんだろう、2人とも笑顔なのに、怖いよ?
「ハハハハ。我とは長年の付き合いになるからな。前から婿に貰うてやろうと言うのに毎回断りおって。我を振って嫁にしたのがこの様な美人とはな。面食いめ」
「まぁ。もう私の『夫』ですので、今後はおやめ下さいませね。ねぇ、アルフレッド様?」
「あ、ハイ。ソウデスネ」
そっと腕に手を添えられた時に、さりげなく内側の肉をつねられた。
地味に痛いよ。
でも、これはアレかな?嫉妬ってやつ?
嬉しくてマグノリアを見たら不審そうに見上げられた。
「なんですの?」
「マグノリアが可愛い」
「っ!また、すぐ、そういう事をっ」
顔が赤く染まっていくのも可愛い。
あー、やばい。幸せ。
「くくっ。仲良しで結構じゃの。アルフ、いずれ共に遊びに来やれ。歓待してやろうぞ」
豪快に笑うと魔王陛下は親衛隊の元に去っていった。
視線だけで見送っていたら、マグノリアに上着をツンと引っ張られた。
なに、その可愛い仕草。
むっとした顔も可愛い。
「…浮気は、ダメですわよ」
「ヤバい。マグノリアが可愛すぎて、死にそう」
思わず心の声がダダ漏れた。
マグノリアは上目使いで睨んでくる。
「それで、婿ってどういう事ですの?」
「魔王陛下の冗談だよ。だって、もう四人も旦那さんがいるんだよ?」
「四人?」
「魔国って重婚が認められてるからね。良い人なんだけど、昔からそういう冗談が多いんだよね」
マグノリアは「それ、本当に冗談かしら?」と思いつつも、わざわざ言う事もないので、あえて黙っておいた。
二人で揃って招待客へ挨拶をしながら会場を回る。
魔王陛下があんな感じだから、国王陛下も今日は無礼講にしてくれたので、ちょっと気楽。
一応、魔王陛下との挨拶も終わったので、うちの国王陛下にも挨拶に行く。
国王陛下には魔王陛下の事とかドラゴンの事とかチマチマ嫌味を言われたけど、そんな文句は魔王陛下に言って欲しい。
僕だって困ったんだから。
それにドラゴンはちゃんと報告したからね。「あー、はいはい」って感じの返事がきたけど、こっちはちゃんと報告したからね。
王都に乗っていく許可も貰ってたんだよ。10年ぐらい前だから忘れたかな?
ボケるには早いよ、陛下?
なんだろう、王家の人って怒りっぽいのかな。正妃様以外によく怒られるんだけど、なんでだろうね。
正妃様は「ミレイナの子ですものね」とよく笑っていた。釈然としないものはあるけれど、突っ込む勇気もない。あの母上と僕が似てるの?
それにしても、今回は陛下以上に王太子が怒っていた。
「アルフレッド。あの後、どれだけ大変だったと思っている!?」
「あー、ごめん、ごめん。でも、ほら、王太子有能じゃん?大丈夫、大丈夫」
「…お前、口調が崩れてるぞ」
「え?ああ、申し訳ございません、殿下」
ごめん、ごめん。
こういう席で話すのは久々だから、気が抜けたんだよ。
マグノリアも王太子妃と話が弾んでいるみたいだ。元々顔見知りだもんね。
「しかし、かなり絞ったな。何kg落ちたんだ?」
「最終的に40kgぐらいかな。筋肉がついたから、その分重くなってるけどね」
「一体、何をどうやったらそうなるんだ」
「殿下もやる?アルバートさん考案の地獄メニュー」
「いや、遠慮しておくよ」
遠慮しなくていいのに、うちや侯爵家の護衛騎士なんて嬉々としてやってるよ。
何が楽しいんだろうね?
食事の改善は楽しいけどね。脂肪分少なめで筋肉が付きやすいものとかをどう美味しく料理するかって料理長とよく話すんだよ。
東方の国の調味料とか興味深いし、最近は魔国の料理も取り入れたりして交易も順調です。
魔国の料理も並んでるから、王太子たちも是非食べて欲しいな。辛みの中に旨味があってやみつきになるよ。
薦めてみたら案外気に入ったみたいで、輸入品の注文を受けた。
ありがとうございます!
あ、そうそう。忘れるところだった。
なんでか披露宴にも参加しているバカ王子に近づいて軽く挨拶をして、声を落とす。
「カルバン殿下。今後、マグノリアには接触不可でよろしくお願いします。もし何かあったらちょっと暴走しちゃう可能性が高いので、くれぐれもよろしくお願いしますね」
「ちょっとって、どれくらいだ?」
気になったのか王太子が口を挟む。
「そうですね。領地1つ分…は領民の方が大変なので、領主館とかご自宅を全壊ぐらいに抑えますよ。でも、言動によっては手を汚すのも辞さないので」
「カルバン。くれぐれも、やらかすなよ?」
ちなみに更地レベルで全壊にする気満々です。死人は出さないつもりだけど、怪我人は仕方ないよね。その時はごめん。
王太子の釘刺しにバカ王子は青い顔してこくこくと肯いてくれた。
なんだか脅したみたいで悪いけど、分かってくれて良かったよ。
それと、いつもぶら下がってふらふらしてる子爵令嬢にも伝えといてね。
「お話は終わりまして?」
話を終えたマグノリアが近づいてくる。
うん。終わりました。
これからまだ挨拶とか色々残ってるけど、まだ始まったばかりだからゆっくりでいいよね。
「可愛い奥さん。僕と一曲踊ってくれませんか?」
手を差し伸べて礼を取ると、そっと手を乗せて微笑んでくれた。
「もちろんですわ、可愛い旦那様」
明るい満月と宝石のような星空の下で、賑やかな音楽とドラゴンの陽気な声が時折聞こえる中、僕とマグノリアは楽しくダンスを踊った。
※終わり※
誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。
やっと魔王陛下の容姿が出せました。ダークエルフみたいな豪快美人です。魔人さんは長命なので、実はアルフレッドよりもかなり上ですが、見た目は30ぐらいです。