4.怒る花嫁
打ち合わせも兼ねて、義父母とベイエット領に行く事になりました。
途中でお義父様が先に戻る事になったので、お義母様とゆっくり馬車の旅を楽しんでいます。
いつもよりゆっくりと朝食を摂り、支度を終えて階下に降りると私の名前を呼んで男の人が駆け寄ってきました。
姿形から騎士の様ですが、どなたかしら?
私の目の前に立ち、ふにゃりとした優しい笑顔に既視感が…。
「アル、フレッド、さま?」
「うん。おはよう、マグノリア。相変わらず可愛いね。会えて嬉しいよ」
あ、声はアルフレッド様だわ。
あのたぷんとした頬の肉が無くなってますわ。前にお会いした時に、首はできてましたけど更にお肉が減っている気がします。
サイズがあまりにも違いすぎますわよ?
無くなった部分が多すぎて、頭が混乱しています。
後ろでお義母様が「ね?凄いでしょう?」と笑ってる声が聞こえました。
ええ、お義母様。凄すぎて、言葉が出ませんわ。
「前に会った時から一気に脂肪が落ちたんだよ。筋肉も付いたから、けっこう変わったみたいだけど、マグノリアは……その、こういう僕は、嫌い、かな…?」
「そんな事ありませんわ!」
思わず被せ気味に返答してしまいましたわ。
なんですの!?そのシュンと落ち込んだ雰囲気からの、こちらを伺う不安と期待が混ざったような瞳は!?
大型犬ですの!?大型犬ですわね!
私のパピーちゃんは小型犬ですが、ええ、大型犬も可愛らしくて好きでしてよ!
前の雪だるまのようなアルフレッド様も、熊さんのようなアルフレッド様もとても可愛らしかったですが、大型犬のアルフレッド様は更に素敵で、頭を撫でて差し上げたいわ。
アルフレッド様の魅力を考え込んでいたら、出発の時間になってしまいました。
馬車の中で散々お義母様に揶揄われましたわ。
お義母様、朝からアルフレッド様が来てると知っていらしたのね!
陽が落ちた頃に着いたお屋敷でマークロウ家の使用人たちが私にも「お帰りなさいませ」と挨拶してくれるの。
くすぐったい気持ちで「ただいま」と返しましたわ。
夕食を終えて、お話があるとアルフレッド様の私室にお邪魔しています。
婚約者ですし、結婚も目前ですから、部屋に二人っきりでも何の問題もございません。
陽のある時にお伺いした事はありますが、夜に訪れるのは初めてなので、ドキドキしますわね。
そんな事にはならないと思いますけれど、でも、入浴後が良かったかしら?
べ、別に期待してる訳じゃありませんわよ!?
「マグノリア」
「ひゃ……は、はい」
声が裏返りかけましたわ。大丈夫ですわよね、気づかれてないですわよね。
ダメね。笑われてしまいましたわ。
「マグノリアが嫌な事はしないよ」
手を取られて一緒にソファーに座る。
そのまま黙って私の手の甲を何度も撫でるのですが、これ、無意識かしら。そろそろ恥ずかしいのだけれど。
羞恥に堪えていると、ようやく手が止まりアルフレッド様が真剣な面持ちで見つめられてドキリとしました。
優しい笑顔も好きですが、このキリッとしたお顔も好きだわ。
「聞きたい事が、あるんだ。その、リストに第二王子の名前が、あったのだけれど……招待するの?」
「お嫌、ですか?」
視線を合わせたまま問いかけると、眉間にシワが寄る。困った顔。
貴方の困り顔は好きだけれど、その悲しそうな困り顔は好きじゃないわ。
させているのは私なのだけれど。
「正直に言えば、嫌だな。招待する理由も義務もないよ」
そうね。私も最後まで迷ったもの。
少し前までは二度と顔も見たくないし、全ての毛根が絶えてしまえばいいのに!と願ったぐらい腹立たしかったのですが、それを上回るほどの怒りと言うものがありますのね。
私自身も驚きですわ。
「………なの?」
腹立たしい事を思い出して、アルフレッド様の言葉を聞き逃してしまいました。
「申し訳ありません。もう一度おっしゃって頂けます?」
「マグノリアは、まだ、王子に未練があるの?」
「え?」
今度はちゃんと聞こえましたが、言っている言葉が分かりません。
未練?誰が、誰に?
「マグノリアは王子が、その…まだ、好き…だから、招待したいの?」
「あり得ませんわ!」
「じゃあ、なんで招待なんてするんですか」
「…怒りません?」
「努力します」
それって怒るかもしれないって事ではないの?
問い詰める表情が聞かないと先に進まないと言っている様なので、覚悟を決めて口を開く。
「見返してやりたかっただけですわ」
「逃した魚の大きさを見せたかったんですか?あのバカ王子に効くとは思いませんが」
「違います。貴方を、アルフレッド様を見て後悔して欲しかったの」
「僕が痩せたのをバカ王子に見せてどうするの?僕はそんな事の為に痩せたわけじゃないよ」
アルフレッド様から今まで聞いた事のない苛立った声を聞いて視線が下がる。
なんだか、お顔を見るのが気まずくて。
「分かってますわよ」
「分かってないよ。デブで醜かった僕が婚約者で恥ずかしかった?痩せてある程度見れるようになったから、豚と結婚するわけじゃないと証明でもしたかった!?」
思わぬ怒声に体がビクッと震えた。
今までこんな大きな声で話しかけられた事は一度もありませんでした。
見上げると、アルフレッド様はどこか辛そうな顔をしていました。
「違いますわ!」
思わず両手を差し出して悲しそうな顔を包み込む。
「私は、今のアルフレッド様も、昔のアルフレッド様も大好きです!いくら貴方でも、私の大好きな方を侮辱するのは許しませんわよっ!」
ぐっと目に力を込めて睨めば、お顔が赤く染まって小さい声で謝罪してくれました。
分かったならよろしいわ。
「じゃあ、なぜ?」と大型犬のように見返してきました。
ああ、もう!そのお顔は反則でしてよ。
「だって!悔しいじゃありませんかっ!あんな、能力的にも性格的にも貴方に劣っている人たちが、貴方よりも痩せているという一点のみに優越を感じて、貴方を貶めるんですのよ!」
こちらに来る前の夜会で、殿下と偶然にも会ってしまった時に嫌味たらしく言われたんですの。
『あんな醜い豚に嫁ぐとは哀れだな。精々田舎暮らしを楽しむといい』
怒りで一瞬言葉が出ませんでしたわ。
すぐに五倍にして返してやりましたけれどね。女性に口で勝とうなど千年早くってよ!生まれ直していらっしゃいっ!
「私の大好きな貴方を、あんな人が下に見るなんて耐えられませんわ!私が大好きな貴方はこんなにも素敵で優しくて世界一の旦那様なのだと自慢したっていいじゃありませんかっ!」
悔しかった。腹が立った。
世間一般に痩せている方が良いような風潮のせいもあるけれど、ただ少し太っているだけで醜いと侮蔑する人達が。
でも、アルフレッド様に痩せて欲しいと願った時点で私も同じなのかしら。
ああ、ダメだわ。
我慢していたのに涙がホロリと落ちる。
濡れた頬を包み込む温かい手にホッと息が漏れ出た。
「マグノリア。ごめん」
「謝らないでください。私の我がままですわ」
顔が近づいて額と額がくっつく。
「うん。ごめん。泣かないで」
「泣いて、ませんわ」
親指で目尻の涙を優しく拭われる。
ハンカチが出てこないなんて、スマートじゃありませんわ。でも、アルフレッド様らしくて少し笑ってしまいました。
「うん。抱きしめていい?」
「そこは、聞かずにするのがスマートでしてよ」
いつの間にかソファーの背もたれに手を付いたアルフレッド様に囲われるような体勢になっていました。
「うん。キスしていい?」
「私の言葉が聞こえてまして?」
「うん。大好きだよ」
「っ。…知ってますわ!」
優しい目がいつもよりも甘くて、ゆっくりと近づいてくるその目を見つめていたら、温かい唇が重なりました。
啄むように、何度も触れるだけのキスをされて、震える手で目の前にいるアルフレッド様の服を掴む。
「かわいい」と耳に囁かれくすぐったくて肩を竦めると、震える私の手をアルフレッド様の肩へと導かれる。
より密着したことで、体温の温かさとアルフレッド様の匂いに力が抜けていく。
角度を変えて上唇と下唇を交互に食まれて、その隙間から温かくて湿った物が口の中に入り込んでくる。
「……んっ……ふっ」
耳に届く音が恥ずかしくて肩を掴む手に力が入る。
とてつもなく恥ずかしい。
恥ずかしくて仕方ないのに、
気持ち良くて、
もっとして欲しくて、
離したくなくて、
離れたくなくて、
もっと、
奥まで、
貴方を感じたい。
私を欲している視線が熱くて、ぞくりと何かが体を駆け抜ける。
このまま奪われたいと、本気で思ったの。
全年齢ですが、大丈夫でしょうか。
マグノリアも色々と気になるお年頃。
2人の言い合いが書きたかったのでかなり満足