2.結婚準備中の花嫁
真っ白なウエディングドレス、長いヴェール、刺繍を施した靴、頭を飾るティアラ、手に持つウエディングブーケ。
結婚式の準備はどれも楽しいけれど、やはり一番心浮き立つのは衣装ね。
お母様やお義母様と何度も話し合って試着をして決めたのは、プリンセスラインのドレス。ハイネックで首元と手首までが刺繍を施したレースとパールで作られた上品なもの。
お母様から頂いたティアラ。
チュールで作られた長いヴェール。
ブーケと同じ鈴蘭の形をしたイヤリング。
そう、鈴蘭なの。
アルフレッド様が、私に薔薇が似合うのは分かっているけれど、可愛くて清楚な鈴蘭が似合うと言ってくださったの。
そんな事、初めて言われましたわ。
もらう花束は薔薇を始めとして大きくて華麗な花が多かったもの。
挙式は鈴蘭ですが、披露宴は薔薇にしましたわ。その薔薇もフリルの花弁が多くて中心から淡くなるフェアリーローズという品種を中心に品よくまとめたものにしました。
実はアルフレッド様に最初に頂いたお花ですのよ。
覚えてるかしら?……もちろん、覚えてますわよね。
披露宴は我が家で行いますの。
その準備もあるので大忙しですわ。
けれど、お義父様やお義母様も手伝ってくださるので、とても助かっています。
お二人ともお忙しいのに、本当にありがたいですわ。
クラウド様たちも私たちに続いて結婚されるので、あちらでも準備に大忙しの様です。
お義父様やお義母様がけっこうな頻度でベイエット領と王都を行き来しているので、アルフレッド様の様子を聞けたり、お手紙が早く届いたりと嬉しいのですが、ご負担ではないかしら?
お聞きしてみれば、お二人だけで馬に騎乗して移動しているので、途中で馬を替えて3日で着くそうですわ。
お二人とも乗馬はかなりの腕前で、お義父様は十分お強いし、お義母様も簡単な攻撃魔法が使えるので、護衛は要らないのだとか。
………。
流石、アルフレッド様のご両親だわ。
「お嫁に来たら乗馬のコツを教えてあげるわね」と和かに言われましたが、できるかしら。
まさか、これが有名な嫁いびり!?……まさか、そんなわけありませんわよね。
義両親との仲は良好で、特にお義母様とはアルフレッド様の事で話が盛り上がりますの。
幼い時は病弱だったので、ベッドの上で魔法書を読み漁っていたとか、7才で魔法理論を論じて8才でお祖母様と新作魔法を編み出したとか。
驚く内容ばかりなのですが、アルフレッド様ですものね。
ええ、アルフレッド様ですものね。
お義母様から、アルフレッド様が鍛錬と減量に励んでいる事にとても感謝されましたわ。
先月お会いした時は首ができていて、私も驚いてしまいましたわ。あれからまた少し痩せられたそうですが、どんな感じかしら。想像がつきませんわ。
それにしても、嬉しそうなお義母様には言えませんわね。事の発端が八つ当たりだったなんて。
申し訳なかったかしら?と思ったのですが、アルバートから嬉々とした鍛錬結果が届くものですから、ここで止めるのも気が引けますでしょう?
健康にもよろしいですし、頑張って頂きましょう。
応援は惜しまなくってよ。
やる気を出す為にも手紙と何か贈り物をしようかしら。
着実に結婚式に向けて準備が進んでいるのですが、一つだけ解決していない事がありますの。
それは、元婚約者のカルバン殿下の事です。
カルバン殿下はあの夜会の後、私との婚約を勝手に破棄宣言をした事で陛下からお叱りを受けたそうです。
しかし、その中身が、3ヶ月の謹慎、慰謝料の増額だけなのです。
そして駄目令嬢との婚約、婚姻後は大公位を授爵し、王位継承権の返上が提案されました。
親バカ陛下、私共をバカにしてますの?
もちろん、わが侯爵家としては異議申立て中ですわ。
公の場で辱められたのですよ?侯爵家としても恥をかかされたのですよ?
カルバン殿下の不愉快なご学友たちは、廃嫡や辺境地の部隊に入隊されたり、もちろん各々の婚約者からは婚約破棄を突きつけられたそうです。
それに比べたらなんて軽い処分なのでしょう。処分の差に不満の声が出ているのをご存知ないのかしらね。
お父様が何度か進言していますが、のらりくらりと親バカ陛下は躱してるようです。
全く腹立たしい。
お父様、追求が甘いのではなくって?
そんな中、お義母様と街で買い物をしている時に偶然カルバン殿下にお会いしたのです。
それも、相変わらず舌足らずでクネクネと奇怪な動きをするソフィアをその腕にぶら下げて。
呆れた事に、なんの挨拶も許可もなく「あ〜。マグノリア様だぁ。こんにちはぁ」などと話しかけてきましたので、もちろん無視です。
「挨拶したらちゃんと返さないとダメなんですよぉ?聞こえてますかぁ?」
などと鬱陶しいので名前を呼ぶ許可は出してないと伝えましたが、少しも伝わらなかったようです。
挙句に、カルバン殿下に挨拶をしたお義母様に向かって「ブタさん辺境伯のお母さんなんだぁ。やだぁ、似てる〜」とキャラキャラと笑ったのです。
その口、永遠に閉ざしてなさいっ!
顔を張り飛ばしてやりたくて、一歩前に出るとお義母様に手を取られて止められました。
止めないで!と、振り返ると、いつもにこにこと笑顔のお義母様が真顔で殿下たちを見据えていました。
「殿下、いくらお気に入りでも連れて歩く花の方は選びませんと殿下の評判を下げましてよ?」
「ソフィアはバルトス子爵令嬢だ!」
「まぁ。ではデビュー前かしら?それにしてもお粗末ですこと」
花の方とは娼婦の事なのだが、おめでたいソフィアは「花のように可愛いなんてぇ〜」とクネクネと喜んでいる。どういう耳をしているのかしら。
意味が分かっている殿下は顔を怒りに染めて店を出て行こうと踵を返します。
その背中に向けて、お義母様が「殿下にはお礼を申し上げます」と話しかけました。
訝しげに振り返った殿下に、お義母様はにっこりと微笑んでます。
「私の息子とスタンリー侯爵令嬢の婚約に口添えされたのは殿下だとお聞きしました。こんな素晴らしいご令嬢を自ら身を引き、息子を推薦して頂きまして、本当に感謝してもしきれませんわ」
「あ、…ああ。…そ、うか」
「殿下もご婚約されたとか。おめでとうございます。婚約破棄までした熱愛の末のご婚約とお聞きしておりますわ。さぞかし立派なお嬢さんなのでしょうね。いずれご紹介頂けるのを楽しみにしていますわ」
私との婚約破棄までして手に入れた令嬢が、まさかその挨拶もろくに出来ない令嬢ではありませんわよね?と。
それに答える事なく、荒々しい足取りで去っていかれました。
なんて、子どものような態度。
心の中で笑ってしまったのは仕方ないですわよね?
そんな事に気を取られていたのでお義母様の「お仕置き、ね」という呟きを聞き逃してしまいました。
屋敷に戻った翌日にお母様とお義母様が二人並んで「例の件はお母様たちに任せてね」と言われましたので、迫力に押されてお任せしてしまいました。
その一週間後に正妃様主催のお茶会に出かけたお二人はとてもいい笑顔で、満足のいける結果を持ち帰ったのです。
カルバン殿下は王位継承権を返上する事、王族籍を離れてバルトス子爵家に婿入りする事、公的な場で私に謝罪する事、慰謝料の増額、それに非公式に陛下から謝罪を賜る事になったそうです。
お二人とも、何をなさったのでしょう。後学の為にも教えて頂きたいものですわ。
余談ですが、カルバン殿下の婚姻と同時にヴィオラ様は王宮を離れて郊外の離宮に住まう事になり、ソフィアは淑女教育を一からやり直す事になり、一定基準が満たされるまで夜会やお茶会への出席を禁止されたそうです。
しばらくは顔を見ずにすみますわね。
お母様激おこです。
お母様方のお茶会の様子は番外編で書く予定。
フェアリーローズは勝手に作った想像上の薔薇です。