番外編 そして続く幸せの日々3
※マグノリア*
迎えたお披露目の日は、雲があるせいか青空が際立つほど良いお天気でした。
昨日と同じく門を潜り、正殿へと案内されます。昨日と違うのは、正殿から右側の建物へ案内された事でしょうか。
確か右側が催事を行う建物で、左側が祭事を行う建物だったかしら。
案内された場所はそんなに広くもないお部屋に椅子が並んでいました。
案内の侍従が案内してくれた席は右側の前から2列目。
他国の王族の方と並びますが、一応アルフレッド様も王族に連なりますものね。
椅子に座るとアルフレッド様が上を指差すので見上げれば天井に花の絵が描かれていました。天井を四角い枠で区切った中にそれぞれ違う種類の花が色鮮やかに描かれています。壁にも花の絵が描かれているのは我が国でも見ない装飾です。
室内を見て楽しんでいたら、低い鐘の音が鳴り魔王陛下が御子を抱いて入場してきました。
ヴィシュガルナ様は起きている様で、お包みから可愛いお手が動いていました。
小さな手がなんて愛らしいのでしょう。
魔王陛下の口上があり、進行役の方のお祝いの言葉の後に皆で一斉に決まった文句で寿ぎます。
次に薄く作られた小さな陶器が配られました。中には金箔が散ったお酒が入っています。
進行役の方が魔国や魔王陛下へのお祝いを口にした後に皆が一斉飲み干し、杯を落として割ります。
「どうして杯を割るんですの?」
「呪いのようなものだよ。杯が割れる音で悪い物を寄せ付けなくするんだって」
「そんな風習があるんですの……きゃあ!」
感心していたらアルフレッド様に横抱きにされてしまいました。
咄嗟に首に縋り付いてしまいましたが、こんな場所で何をなさるんですの!
「杯が割れてるから危ないでしょ。マグノリアの綺麗な足が傷付いたら嫌だし」
「下ろしてくださいませ。歩けますわ」
「だーめ。ほら、少しだけだから我慢して」
宥めるように額に口付けられて、周囲から忍び笑いが聞こえました。
恥ずかしい…。
こんな恥ずかしい思いをしているのに、アルフレッド様は周りの方からのからかいの言葉に「大事な奥さんなんだから当然でしょ」なんて言わないでください。
恥ずかしくて顔が上げられせんわ。
結局、次の会場まで抱き上げられたまま運ばれてしまいました。
最初に退室した魔王陛下に見られなかった事だけは幸いでしたが、後でお説教でしてよ!
私がどれだけ恥ずかしい思いをしたのか分かるまで寝かせてあげませんからね!
次は、建物の前庭で御前試合があります。
私たち招待客の中央にヴィシュガルナ様を抱いた魔王陛下が座り、全部で5組の猛者が御前試合をするそうです。
強い子に育って欲しいという願いから、男の子が生まれると開催されるとお聞きました。それが御前試合という形になるのは魔国らしいですわよね。
昨日もアルフレッド様が試合を挑まれてましたし、魔国の方々って血の気が多いのかしら。
試合は長剣、戦斧、メイス、素手、魔法の5種目です。
素手というのは初めて見ますわ。どう闘うのかしら。ドキドキしますわ。
最初の長剣にセイゲン隊長は出ませんのね。魔王陛下の後ろから観戦するようです。
でも長剣のお二人は親衛隊の方々のようです。
お二人とも流石にお強いですが、昨日のアルフレッド様とセイゲン隊長の試合の方が凄かったですわ。
負けてしまいましたが、真剣な視線や顔つきがいつもと違い精悍さを醸し出していて、格好良かったですわ。
思い出してほぅとため息が漏れます。
ふと横を見上げると、アルフレッド様は心配そうに私を見ていました。
どうしたのかしら?
「何か?」と聞けば「いや、なんでもないよ」と答えてくれましたが、ちょっと挙動不審です。どうしたのかしら?
独り言なのでしょうけど「まさか」とか「帰ったら鍛えよう」とか漏れ聞こえます。
試合を見て、トレーニングしたくなったのかしら?
どの試合も見応えがありました。
素手の試合は少し怖くてアルフレッド様に縋ってしまいましたわ。防具があるとはいえ、お顔を殴るのは見ていられませんわね。
最後の試合に魔法使いが出てきたのですが、お一人だけです。しかも、あの方は昨日いらしてた魔法師団長ではありませんか?
「うわぁ…」
隣のアルフレッド様がガックリと俯いたのと同時に、魔法師団長が魔王陛下にアルフレッド様との試合を懇願されたのです。
もちろん魔王陛下は二つ返事で快諾されました。
ですわよね。
私も魔王陛下の性格がほんの少しだけ分かってきたようです。
「面倒だ。やりたくない」と溢すアルフレッド様の左手を両手で包み込みにっこりと笑いかけます。
「私、旦那様の勇姿が見とうございますわ」
ギュッと握るとアルフレッド様の頬に赤みが指しました。
いけますわ。
もう一押し。とばかりに左の頬に「ご武運を」とキスをしました。
「マグノリア。サクッと勝ってくるから見ていてね」
満面の笑みで試合へと向かうアルフレッド様ににこやかに手を振ります。
結果はアルフレッド様の圧勝でした。
ふふふ。予想通りというか、予想以上でしたわ。
魔法師団長が出現させた火の鳥を凍らせ、師団長を氷の囲いに閉じ込めてしまいました。
………火の鳥って凍りますの?
火の鳥は上級魔法だったと記憶してますけど、あまりの呆気なさに驚いて瞬きする事しか出来ませんでしたわ。
「勝ったよ。マグノリアのおかげだよ」
笑顔で帰ってきたアルフレッド様を労いつつ、ふと魔王陛下と目が合いました。
すごいでしょう?私の旦那様は。
という想いを込めて笑顔を返しておきました。後ろに立っているセイゲン隊長にも微笑んでおきましたわ。
昨日は負けましたけれど、本職の魔法ならアルフレッド様は誰よりもお強いのですよ。
私の自慢の旦那様ですもの。
残るは軍務大臣ですが、ちゃんとご覧になっていたかしら。次は魔法で挑んでいらっしゃませ。
アルフレッド様の圧倒的勝利で終わった御前試合の後は、それぞれの控え室に戻って休憩の後に夜会となります。
魔王陛下は身内での神事がまだあるそうですわ。やはり主役はお忙しいのね。
本当はアルフレッド様と一緒に居たいところですが、着替えたり化粧直しをしたりと、私の方は準備が大変ですので一時離れます。
夜会の衣装は、黒を基調にしたシンプルなドレスです。
デコルテの露出は控えめにする替わりに左胸の下から裾にかけて繊細なレースの隙間があり、アルフレッド様と同じ空色が覗いて見えるのがポイントです。黒地の部分には国花のフェザー・ローズを図案化した刺繍がしてあります。シンプルに見えて意外と豪華なんですのよ。
身を飾る宝石は魔国から産出されたサファイアとパールで使っています。
全身を鏡に映して最終確認。
前、横、後ろ、最後にもう一度前。
「とてもお美しいですわ、奥様」
シャーリーが黒のレースで出来た扇子を渡してくれます。
それを受け取り深呼吸をして気合を入れます。
先程の御前試合でアルフレッド様に見惚れた方がいてもおかしくありませんわ。男女問わず返り討ちにしてやりましてよ。
アルフレッド様は私の旦那様なのですから!
瞼を閉じて、お義母様の言葉を思い出します。
『笑顔は武器。好意も持たす事も、本心を包み隠す事も、油断を誘う事もできる。そして、狩る時は遠慮してはダメよ?』
少女の様に可愛らしく微笑むお義母様に笑顔で返答したのはつい最近のこと。
ええ。お義母様。
やってみせますわ。
夜会は立食形式でした。
会場の一角にテーブルと椅子が置かれて、のんびりと食事や談笑を楽しめるようになっています。
昔はテーブル席に座るものが主流だったそうですが、近年は簡単な夜会ならば立食形式の方が多くなったそうです。自由に歩き回れて色んな方とお話しできる方が魔王陛下や魔国の方たちの気質に合っているのでしょうね。
むしろ最近まで違った事に驚きました。聞けば、先先代が厳格な方だったとか。
ちょっと意外ですわ。
危惧した通り、アルフレッド様はおモテになりました。
主に魔法師団の魔法使いの皆様に。
誰構わず嫉妬なんて致しませんわよ?どうぞご存分にアルフレッド様の凄さを味わってくださいませ。
共に寄ってきたご夫人やご令嬢は私がお相手してさしあげますわ。
ですが、引き抜きはもちろんの事、明日以降の練習試合やお手合わせ等は許可しませんわ。私との予定が詰まっておりますもの。
アルフレッド様もちゃんと断ってくださいました。
当然ですわね。
少し食事をしようかと、促されてテーブルに座ると、アルフレッド様が甲斐甲斐しく色んな料理を持ってきてくださいました。
なぜか宰相様も奥方を連れてご一緒する事になりました。
アルフレッド様はやはり宰相様とも顔見知りらしく、話が弾んでいます。
私も奥方様から魔国の流行などお聞きできました。お話し上手の方ですわ。
それにしても、昨日の宿でも思いましたが魔国の料理は全体的に辛味がありますのね。
コクもあって、たまにピリリとした辛味が刺激的でとても美味しいです。
アルフレッド様がおっしゃっていた地鶏も弾力があり、噛むほどに味が出てきます。
美味しい料理を堪能していると、アルフレッド様から呼ばれたので振り向けばこちらにスプーンを差し出してます。
「はい。あーん」
「っ!」
え?
にこにこと差し出されたスプーンにはプリンのような卵料理が乗せられていて、それは私の口元近くまで迫っています。
「え?あ、あの、アルフレッド、さま?」
「これ美味しいから食べてみて。はい、あーん」
「いえ、1人で食べられますわ」
「ほら、落ちちゃうから、ね?」
これは引かないおつもりなのね。
睨んでみましたが、気付いてないのか分かっているのか、にこにこと微笑んでいて、スプーンを引っ込める様子はありません。
逡巡した後、観念して軽く口を開くとスプーンが唇に触れ、つるりと柔らかな料理が口に入ってきました。
「ね?美味しいでしょう?」
コクと肯きましたが、恥ずかしくて味なんて分かりませんわ!
何が楽しいのかアルフレッド様はその後も私にご自分の料理を差し出してきました。
宰相様が「いやぁ仲がよろしいですなぁ」と笑ってご自分の奥様にも同じ事をしていらっしゃいました。
なんですの?魔国の流行ですの?
しませんわよ。お返しなんてしませんからね。
「なんじゃ楽しそうよのぅ。アルフ、我にもそれをくれ」
突如現れた魔王陛下がアルフレッド様に口を開けてみせます。
「とても美味しゅうございましたわ。さぁ、どうぞ魔王陛下」
すかさず私が同じ料理をスプーンすくって、そのお口に入れて差し上げました。
にっこりと微笑むと、魔王陛下は面白そうに口端を上げて咀嚼すると、背後のセイゲン隊長が用意した椅子に座ってしまいました。
きちんと結い上げたお髪に珊瑚や瑪瑙の簪をつけ、織物の華やかな衣装を見に纏った魔王陛下は威厳と並ならぬ華やかさがおありです。
本当に、悔しいぐらい迫力のある美人ですわね。
「奥方も楽しんでおる様で、何よりじゃ」
「勿体ないお言葉ですわ」
「アルフも、先ほどの試合は見事であった」
「ありがとうございます」
「ふむ。やはり惜しいな。婿は無理そうだが、一夜だけでも相手をせぬか?其方との子ならば強き子になろう」
にこりと笑う魔王陛下の言葉に驚いてしまいました。
まさかの直球。
しかも、アルフレッド様をよりにもよって男娼紛いの事をしろとおっしゃってるの!?
握り締めたスプーンをそっと置き、魔王陛下に向き合います。
視界の端で宰相様がわたわたと慌てておらますが、これは私に売られた喧嘩ですもの。
ちゃんと買ってさしあげてよ?
「魔王陛下、そういう冗談は」
「生憎と、アルフレッド様の髪の毛から爪先まで全て私の物ですので、魔王陛下にお貸しする部分など一欠片もございませんわ」
アルフレッド様の言葉を遮ってしまいましたけれど、許してくださいませね。
「子どもの様な駄々など捏ねず、ご自分の分だけで満足してくださいませ」
セイゲン隊長も夫ならば手綱ぐらい握っておいてくださいませ。親衛隊長という肩書は飾りですの?
アルフレッド様に余計なちょっかいをかけさせないでくださいませ。
唯々諾々と犬の様に従うだけならペットにでも成り下がっておしまいなさい。
色々と気持ちを込めてにっこりと笑う。
魔王陛下は目をパチリと瞬くと、豪快に口を開けて笑い出しました。
淑女としては品がないかもしれませんが、魔王陛下がすれば格好良く見えてしまいます。
「くくく。アルフ、随分と惚れられたものよの」
「羨ましいでしょう?でも私の方が彼女に夢中なんですよ。ですので、魔王陛下が入る隙間はありません」
アルフレッド様が私の手を取り、手の甲に口付けて微笑みかけてくれました。
「あっはははは。我が当てられるとはな。良いな。二人とも気に入ったぞ。どうじゃ、こちらに越して来ぬか?」
「生憎とあの土地が好きなので、遠慮しておきます」
「つれないのぅ。我の頼みを何度も袖にするのは其方ぐらいじゃ」
「あまりしつこいと、ワインの取引完全撤廃しますよ?」
「それは困る。仕方ない諦めてやろう」
カタリと立ち上がり、魔王陛下は艶然と微笑み軽く手を振ってセイゲン隊長を従えて去っていった。
「代わりに早う子を作れ。いずれ我の子らと会わせたいものじゃ」
という言葉を置き土産にして。
それこそ、余計なお世話ですわ!