番外編 そして続く幸せの日々2
*マグノリア*
魔国との境であるゼネット大森林を抜ける街道は、意外にもきちんと整備されていて揺れもそれほど酷くはありませんでした。
聞けば、商隊が行き来しやすいように、定期的に辺境師団と魔国の国境騎士団が見回りをしているので、何かあっても補修が早いのだとか。師団の皆様は土木工事も得意らしいですわ。
大森林は魔獣が発生しやすいので、師団や国境騎士団の方は商隊の護衛もなさるそうです。
師団の皆様の仕事って多いんですのね。
魔獣の生態は未だに分からない事が多くて、最近になって魔力溜まりという場所から生まれてるのではないかという説が有力視されているそうです。それがこの大森林には数多く発生するらしいです。
魔獣を寄せ付けない魔道具の開発にも取り組んでいるらしく、これはクラウド様が中心となってやっているようです。
開発できたら、今以上に行き来も楽になりますし、領民の生活が脅かされる事も少なくなりますね。
何よりアルフレッド様の負担が減りますわ。
クラウド様、頑張ってくださいませ。
森を抜けて見えてきたのは、石造りの壁と門。門の前には兵士が立っています。
あれが検問所かしら。
壁は不揃いの大小の石でパズルのように造られていて、あれでどうして崩れないのかとても不思議です。
簡単な審査を終えて、門を潜ると街が………ない?
見えるのは人の背丈の木柵がぐるりと取り囲んだ土地で、中には一面の畑が広がっています。そして綺麗に舗装された道の先に建物らしき物が見えました。
道の反対側では、呑気に草を食べる数十頭の牛がいて、時折ブモ〜と鳴いています。
「驚いた?魔国ってけっこうのどかなんだよ」
驚く私にアルフレッド様が色々と教えてくれました。
ベイエット領との国境近くは穀倉地帯で畑や果樹園が多く、この様な長閑な田園風景が続くそうです。
畑の中を数十羽の鶏がのんびりと歩いていました。あの鶏さんは雑草も食べてくれるし、栄養価の高い卵も産むので重宝されているそうです。
外で放し飼いをしているから身が締まって旨味があるのだとか。炭火焼きや焼き鳥が美味しいそうです。
どちらも、焼いてますが何が違うのかしら?
今日泊まる宿で炭火焼きや先程の牛のステーキが味わえると目を輝かせていました。
その様子はとてもお可愛らしいのですが、食べすぎに注意ですわよ?
田園地帯を抜ければ、町がありました。家々の壁は白くて、どこも黒い魚の鱗のような屋根をしています。
町並みも人も全てが違います。
異国なのだと実感し、ワクワクしてしますわ。
予定では、もう一つ先の町に泊まって、明日には魔王陛下に謁見する事になっています。
王城がある首都はまた違った風景なのだとか。
楽しみですわ。
宿泊先の宿に着いたので、馬車を降りた途端にふわりと香る匂いに思わず周囲を見回します。
この匂いは何か調理の匂いなのかしら。
「どうしたの?」
「いえ、これは何の匂いなのかと思いまして」
なんて伝えれば良いのでしょう。少し酸味と甘味が混じったような、初めての匂いですわ。
「魔国はスパイス料理が多いし、材料になる木や草もあちこちに植わっているんだよ。だから、国中がこんな感じで色んな匂いがするよ」
国が違えば空気も違うのですね。
でも、嫌な匂いではありませんわ。ちょっと刺激的というか、外国っぽくて面白いですわよね。
宿も玄関ホールで靴を脱いで、宿の中は室内履きで移動するそうです。
黒地に紅い花の刺繍のある柔らかな室内履きはとても気持ち良かったです。
お土産と自分用に購入しようかしら。
宿も調度品も見る物全てが物珍しくて、はしたなくも見回してしまいました。
一応知識として知ってはいましたけれど、実際に見るのとは違いますわね。
アルフレッド様と私の部屋も異国情緒満載です。
ベッドは低いし、飾ってある絵には額がないし、飾りの壺は極彩色で絵柄も綺麗、ローテーブルの天板は一部がガラスが嵌め込まれていて中に綺麗なお花が飾られています。このお花、よく見ると布で出来てるわ。
すごいわ。私、本当に魔国にいるのね。
「マグノリア。楽しい?」
「ええ!とても!」
思わず元気よく答えてしまい、アルフレッド様に笑われてしまいました。
そんなに笑わなくてもいいではありませんか。
悔しくて背後から抱きしめてくる腕からするりと抜け出して、ベランダに出ました。
夜風はほんの少し肌寒かったですが、眼下に広がる町の灯りに目を奪われたので気になりませんでした。
ほんのりと夜灯に照らされた町並みは、日光の下で見る物とまた違った味わいがあります。
ああ、異国なのだわ。
それでも、時折聞こえる人の声はどこも変わらないのだと少し安心する。
ふわりと慣れた香りがして、背中にアルフレッド様の温もりを感じます。
「そんなに楽しんでくれたのなら僕も嬉しいよ」
ベランダの手すりに添えた手に大きな手が重ねられ、戯れの様に指を一本一本丁寧に撫でられました。
首筋に吐息が触れるので、くすぐったいのにドキドキしてしまいます。
手遊びの様に逃げたり絡めたり、逆にアルフレッド様の指を撫で返したりしていたら、手すりから外れた手を裏返され、指と指を絡めてギュッと握られてしまいました。
その右手がそっと持ち上がると、アルフレッド様の唇が私の指にチュッと触れました。
驚いてアルフレッド様を見れば、空色の瞳が優しく細められていて、引き寄せられるように近づけば、柔らかな唇の感触がしました。
二度三度と啄まれ「部屋に戻ろう」と囁かれ、無言で肯くと腰を抱かれて部屋までの短い距離をエスコートされました。
ええ、まぁ、その後はご想像にお任せしますわ。
………………………。
………………………。
………………………。
雰囲気に流されましたわよ!何か文句でもありますの!?
◆◆◆◆◆
*アルフレッド*
初めての外国旅行を楽しんでいるうちの奥さんがとても可愛い。
そして、魔王城を見て驚いているマグノリアが本当に可愛い。口開いてるよ?
キスしたいけど、正門だしね。我慢我慢と心の中で唱えながら、右腕に添えられた手を軽く撫でて先を促す。
慌てて姿勢を整えたマグノリアと一緒に歩き始めた。
魔王城は簡単に言えば高さはあまりない代わりに広い。
馬車で門を3つ潜り、馬車を降りて更に門を2つ潜り抜けると正殿と呼ばれる政務をする宮殿がある。
その真正面は縦に長い池になっていて、人はその横を通る。正殿に行く人は左側、帰る人は右側と別れる。
池で泳ぐ魚たちは、ひらひらと揺らぐ尾びれや美しい模様を持ち、うちの国を含め他国でも高値で取引されている。
綺麗だとは思うけど、恐ろしい金額が泳いでる気がして純粋に楽しめないのが難点。
もう一つ残念な事に食用ではない。
マグノリアは目をキラキラさせて眺めていた。
可愛い。
何匹か買って帰ろうか。
正殿では背の高い偉丈夫が待っていた。
陛下の夫の1人でもある親衛隊のセイゲン隊長。顔は怖いけど世話焼きな感じの人です。
僕らの結婚式にも来てくれてたんだよね。
飛び出した魔王陛下をすぐに追えるのはこの人ぐらいだろう。
「ようこそ。お待ちしておりました」
「隊長にお出迎え頂くとは、恐悦至極です」
「他ならぬアルが奥方と来るのだからな。これぐらいしないとな」
「後が怖いな」
「ぬかせ」
最初こそちゃんとしていたのに、後半が崩れて気安くなってしまうのは何故だろうね。
付き合いが長いのと、セイゲン隊長の人柄のせいだと思うんだよ。
出会った時から陛下の親衛隊長だったから、もう10年かな。長いなぁ。
「俺がいくら言っても聞かなかったくせに、えらく鍛えたではないか」
「まぁ、色々あってね」
「どうだ。後で手合わせしないか?」
「死にたくないからやめておくよ」
「では陛下に奏上しておこう」
「それ悪化してるから」
確実に面白がって事が大きくなるパターンだよね?御前試合とか開催されたらたまらない。
「分かった。1回だけね」
「感謝する」
あー、めんどくさい。
でも他の奴らが出てくると更にめんどくさいから仕方ない。
なんで騎士とか親衛隊とか剣を使う人って戦いたがるかな。平穏にいこうよ、怪我しない方がいいと思うんだけどね。
でも、負けるのも悔しいし、奥さんの前で無様な真似は出来ないから、頑張るけどさ。
魔法を使っても勝てる気がしない人と手合わせする意味ってなんだろう。
せめて善戦できるように頑張ろう。
セイゲン隊長はどんどんと進み、正殿を抜けてしまう。この先は奥宮と呼ばれる王族の住まいなんだけど、え?そこ行くの?
てっきり正殿でお祝いを伝えるものだと思ったのに。
まぁ、魔王陛下だし、いいんだろうな。とは思ったけど、マグノリアが横で困惑してるので落ち着かせる為にも、右腕に添えられた手を左手でそっと撫でる。
緊張しながらも微笑んでくれたので安心した。
正殿と奥宮を繋ぐ扉を前に、緊張していないか隣を見れば凛と真っ直ぐに前を見つめている。
妙な気迫というか、気合いを感じるのはなぜだろう。
そのままセイゲン隊長に連れられて向かった先は一度だけ訪れたことのある奥宮の応接室だった。
美しいシダリナ織が全面に敷かれ、色彩鮮やかな長椅子にはゆったりと寛ぐ魔王陛下がいた。
側には赤ちゃん用の揺りかごがあり、初めて見るような穏やかで優しい顔で揺りかごを見ている。
「ヴィヴィ。アルたちを連れてきたぞ」
セイゲン隊長の声にこちらを向くと、いつもと同じちょっと皮肉屋のような顔になった。
さっきのは母の顔というものか。
多分、夫たちや御子にしか見せない表情なのかもしれない。
「よう来やった。突っ立っておらんとさっさっと来ぬか」
せっかちだな。
口上ぐらい言わせて欲しい。
魔王陛下を讃える言葉と、お祝いを告げようとしたら遮られた。
「決まり文句なんぞ聞いても面白うもない。その為にこちらに呼んだのじゃ。早う我の子を見るが良い」
手招きされて、断るワケにも行かないのでマグノリアを促して近寄る。
揺りかごの中には鮮やかな緋色の服を着た赤ちゃんが気持ちよさそうに寝ていた。
魔人特有の褐色の肌に薄っすらと生えている髪の色はセイゲン隊長と同じ濃紺。
ああ。なるほど。
だから彼が迎えに来たのかと視線をやればニヤリと笑われた。
名前はヴィシュガルナと決まったそうだ。ちなみに男の子。
それにしても小さい。
赤ちゃんなんて久々に見るせいかもしれないけど。最近だと、領民の赤ちゃんを通りすがりに見かけたぐらいだから、ちゃんと見たのは2〜3年振り?
もう少ししわくちゃなイメージだったけど、ちゃんと人間だ。すごいな。
寝息が聞こえなければ人形かと思うほどピクリともしない。2人の子だし、肝が座ってるんだろうなぁ。
「陛下、御子の誕生おめでとうございます。正直、貴女が母親とかなんの冗談かと思いましたよ」
「そうよの。我が一番驚いておる」
「アルの結婚式から帰ってから判明したんだ。それからは大変だった」
セイゲン隊長が陛下の後ろに立ち、深いため息をついた。
悪阻とかかな?って思ってたら違った。
あまりにも元気が良すぎて周りが大変だったらしい。
安定期に入って軽い運動をしても良いと言われれば、鍛錬場や狩りに行こうとする。気分転換にドラゴンに乗る、馬に乗る、船は流石に総出で止めたらしい。止めるの遅くない?
陣痛がくるまで仕事をしていたと聞いた時は流石に周りが気の毒に感じたよ。
お疲れ様でした。とセイゲン隊長を見れば、思い出したのか深い深いため息をついていた。
後で疲労回復に効く物でも差し入れしておこうかな。
そう言えばマグノリアが静かだなと思って見れば、両手で口元を押さえて御子に魅入っていた。
その目は薄く膜が張ってキラキラとしている。
よく見れば小さく震えていた。
「なんて、なんて、なんて可愛らしいんでしょう」
感動に打ち震える声に、魔王陛下は満足そうに何度も肯いていた。
「そうであろう。この様な愛らしい子は2人とおるまい」
「ええ。本当に。飽く事なく見続けられますわ」
「そうであろう、そうであろう。アル、其方の嫁はなかなかの審美眼じゃ」
我が子を褒められた魔王陛下は上機嫌で、マグノリアと我が子自慢や出産の話をしているので、僕はセイゲン隊長と王家からの祝いや僕らからの祝いの事や、今後のスケジュールなどを話し合っていた。
主な話は明日のお披露目なんだけど、夜に宴をするらしい。
まぁ、それは聞いていたんたけど、魔王陛下も参加するとか聞いてない。
「え?いいの?」
「仕方あるまい。言い出したら聞かない上に、昨日まで禁酒だったからな」
「いやいや、今日から飲んでいいの?」
「今は乳母がいるからな。御典医も許可を出してる」
それ、出させたの間違いじゃないだろうか。
本当にお酒好きなんだから。
お祝いにワインとウィスキー持ってきて良かったよ。
うちで出来たとっておきだからガブ飲みしないように言い聞かせてもらわないと。
その後、セイゲン隊長と約束の練習試合をする事になったんだけど、どこから聞きつけたのか魔王陛下が乱入し、夫の1人でもある軍務大臣までやってきて、本当に疲れた。
3試合やって全敗したよ!分かってたけどね!
剣術バカな隊長と体力お化けの大臣と怪物の魔王陛下相手に善戦しただけでも褒めて。
魔法師団長の参戦は本気で断った。
明日、筋肉痛で動けなくなったらどうしてくれんの!?もうすでに体痛いんだけど!?
戦闘好きって、本当にめんどくさい。
夜はたっぷりマグノリアに癒してもらったよ。
元気100倍。
まだ書き終わってませんが、たぶん次で終われるはずです。
新型コロナの影響で急遽休校になり、戸惑ってます。早めの春休みだと思えば………って、早過ぎるわ!
慌ただしい週末になると思いますがなんとか乗り切りましょう!