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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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六話⑰


 持ち物検査?ということは俺の寝ている間に財布の中身を見られている。だからこの女は俺の名前を知っている……。


「どうしたの、健介君。とりあえずは受け取って、これは自由に使ってくれて良いし、後で返せと言ったり請求書を送りつけたりなんてしないわ。私はただあなたからの連絡を待つだけだし、あなたがそうしてくれと言わない限りはこちらから電話をしたりもしない」


「俺はなんでここにいる?どういう、何がしたいんだ。お前はそもそも、……何なんだ」


「あなたがここにいるのは、私があなたとお話したいと思ったから。宗教じゃないと先に断っておいたけれど、現実的なことであなたとあなたのお友達が幸せでいるために、私とも仲良くしましょう、というお話をしたいの。私の立場は色々と順を追って話さないとならないけど、一応先に言っておきましょうか。私は、あなたたちの味方になってあげたい。あと、これも」


 この不気味な黒い女はと俺の質問に答えた後、バッグから黒い塊を取り出してゴトンと机の上に置いて、こちらの方へ少し滑らせた。仮にこれが本物だとすれば、俺が気づかない内にこの場に座っていたことにも一応説明がつく。


 だが、どういうことだろう。説明が……、ついたとして、俺はこの危険な状況から逃れることができるんだろうか。


「今はもう何も持っていないという方が、健介君も安心してお話できるでしょう。…………。ただ、もし仕返しをするるなら……、しっかりと支えてからにしてね?じゃないと、倒れた時に頭をぶつけるかも知れないから」


「スタンガン……、使って、強引に俺をここに引きずり込んで……、……は、はは。仕返し?何を言っている、これは犯罪だ。おそらく外に待ち伏せがいるし、この店の中にも伏兵が潜んでいる。俺はこの武器もどきを手にした途端に更に強力な武器で包囲されるか、そもそもこれはオモチャだ。そしてこの携帯電話もどきもオモチャに違いない。でなければ、警察に通報されて捕まることになるからだ。帰って良い?連絡を待つだけ?それで済むならわざわざスタンガンなど使わずに普通に話し掛ければ済むことだ。だから、お前は俺を逃がすつもりなど毛頭ないし、俺はもう……、もう?……もう逃げられない?」


「いいえ、連絡先さえ伝えておけたなら今日はそれだけでも十分よ。必要以上に警戒されたくはないし、今の時点でこちらから伝えるようなこともないと思うの。健介君は自然に振る舞って、なんなら今日のことはもう忘れてしまっても良い。でももし困ったことがあったら私に連絡をしてちょうだい」


「警戒されたくないという時点で失敗している。俺が気を失ってここに連れ込まれたわけだろう。お前が机に置いたこれはスタンガンだろう。俺が納得できるような説明ができるつもりでいるのか?」


「納得できるような説明?普通のスタンガンだと危ないでしょうから、しっかりと安全に配慮して改造して貰ったものを使ったわ」


「それで……、納得すると思うのか?一体俺に何が起きたのか簡単に説明をしてくれ」


「何がと言われると、困るわ。頸動脈洞の圧受容器が電気パルスに反応する、でしょう?」


「……?」


「?まあ、するの。それが舌咽神経から孤束核に届いて、心臓迷走神経に作用して、血管収縮神経の活動を抑制する、ことになる。簡単に説明をするとそういうことでは、あると思うけど」


「普通のスタンガンだと俺が気絶しなくて反撃されるかも知れんから改造したスタンガンを使ったということの説明をしてるのか?なんにせよ、そんなものを人に向けて良いはずがないんだが」


 加えて、この女の表情からはまるで加害者意識が見て取れない。俺にスタンガンを当て気絶させた、事情を、簡単に説明しろと要求しているのに、どうやら俺が気絶に至る仕組みの説明をしたようだった。


 俺を馬鹿にしてるんだろうか。


「そうじゃないわ。いいえ、でもそれもあるかも知れない。ただ……、普通のスタンガンで確実に失神させようと思うと、ね、下手をしたら後遺症が残ったり死んでしまう……、かも知れないでしょう?健介君の安全を考えてこれを使ったのよ?自分のことばかり考えて反撃に備えてのことなら、今こうしてあなたを何の拘束もせずに対面していたりしないでしょう?」


「ギャグで言ってるのか?何が死んでしまうかも知れないだ。あと、……あれか?そうなると、簡単に説明をするとというのもギャグか?お前の説明のどの辺りが簡単だったのか言ってみろ。俺なりに簡単にいうと、『俺は正体不明の女にいきなり背後から攻撃されて気絶していた』、そういうことだ」


「ああ、そうね。そちらの方が簡単だし分かりやすいと思うわ。健介君はまとめるのが上手ね」


「…………。まあな」


 額を両手で押さえながらまた机に突っ伏した。どういう状況なんだろう。とにかく俺は厄介事に巻き込まれて、今、軟禁状態にある。スタンガンと携帯電話が目の前に置かれている。


 本来なら携帯電話に手を伸ばしたいところだが、状況から逆算すると携帯電話型の爆弾である可能性さえある。俺を事故死に見せかけるために通話しようとするとバッテリーが吹き飛ぶような代物かも知れない。


「ねえ、健介君。この状況がどういうことかの説明は求めたりしないの?」


「したんだ俺は、さっき」


「そう?でも、まだ状況は分かっていないでしょう?」


「当たり前だろう、お前が説明してないからな」


「強引な方法だったことは謝るわ。あまり健介君から嫌われたくはないの。ただね、同時に、ある程度どうしてこうしなければならなかったかを考えてみても欲しいの。私が人通りのある場所であなたに話し掛けて、宗教勧誘だデート商法だと突っぱねられては困るのよ。何か切羽詰まった事情があることを微塵も感じ取れずにあなたは歩いていってしまう。そしてこちらはこちらで……、ミーシーちゃんに見つかるわけには行かないから……、食い下がってしつこくついていくような、可能性があってはならない。どう?あなたはこの先何か不都合が起きた時、少なくとも今、私と会ったことを思い出すはずよ。……その時に」


「待て……、待て。ミーシーちゃん?ミーシーの知り合いなのか?」


「あら。健介君は、ミーシーちゃんのことを、知ってるのね。まあ質問には答えましょう。『いいえ』。ミーシーちゃんは私が失敗していない限り私のことを知らないと思うし、私もミーシーちゃんとは会ったことはない」


「俺は……?どういうことだ。お前がミーシーの知り合いじゃなくて、俺がミーシーの知り合いかどうかも知らないで、何でミーシーの話が出てくる?」


「健介君はミーシーちゃんのことを隠すかと思っていただけよ」


「俺が隠そうとすると、思った理由はなんだ?」


「…………。どう、柔らかく伝えたら良いのか、いざ聞かれると返事に困るけれど、あなたの味方になりたいと先に言った。ちゃんとそれを分かった上で、話を聞いてくれる?」


「ああ」と返したものの、当然この状況で俺の味方だなどというのが通用するはずがない。この女はそんなことすら分かってないんだろうか。


「その様子だと多分、アンミちゃんのことも隠そうとしないんでしょうね。あなたがミーシーちゃんと知り合いであることを隠そうとするはずだと思っていた理由は、あなたが、知ってるかも知れないからよ。私が所属する組織がアンミちゃんを追い掛けていることを。アンミちゃんが追われているのを知っていたら、ミーシーちゃんのことを答えたりしないでしょう?」


「組織、……だと?」


「私の所属している組織が、アンミちゃんを追っている。あまりぼかした言い方をしたくはないけど、アンミちゃんと敵対する組織と言っておくのが一応適切かしら。トロイマンの研究室というと、そこに所属してない人が大半だし、かといって高田総合医科学研究所とすると、今度全員が全員今回の件に関わっているわけではないから……。まあ、アンミちゃんを、追い掛けている、探している、そういう組織がある。私はその組織の、裏切り者だと、考えてくれたら良い」


「敵対する組織の?裏切り者?アンミが追われてる?」


「もし、健介君が何も聞いていないのなら、すぐには事情を飲み込めないでしょう。私もこんなふうにお話する時間ができるとは思ってなかったわ。折角だから、落ち着いて話をしましょう。時間はあるでしょう?こんな場所にいるならミーシーちゃんにも言い訳できるでしょうから」


 俺が当初想定していたより遥かに、事態は混迷を極めている。敵対する組織の人間が、俺を襲撃してきたのか?辻褄が合っているのかも分からない。アンミを追っている組織があったとして、俺を攻撃する意味なども分からない


「……俺は」


「健介君、そんな強張った声を出さないで……。そうね、少し落ち着くように、関係のない面白い話でもしてあげましょうか。…………。あんまり、ほら、私もうまくリラックスして話せる自信がないから。お互い、ゆっくりと話して、落ち着いて話を組み立てたり、しっかりと理解した方が良いと思うのよ」


「余計な話はいらない。リラックスして話すような状況じゃない。さっさと本題に入ってくれ。どういうつもりだ?」


「いいえ。断らないで。お互い、よく考えて、ちゃんと理解するためには、必要なことよ」


 気分が悪くなる。この女の声がそうさせているようだった。まるで心が込められていない、抑揚のない本の読み上げのようで、俺と、この女が会話しているはずなのに、俺の言葉はするりとどこかすり抜けて何も届いていない。


 何もかもを知っているかのように振る舞いながら、全てを見透かしているかのように振る舞いながら、お互いのためだなどと口ずさんで俺の言葉を遮っている。


 俺は聞くべきことがあるはずだ。この女には話すべきことがあるはずだ。なのに俺がそれに取り掛かろうとする前に話を散らかして悠長に、面白い話を聞かせてあげるなどと言い出す。


「あんまり聞きたくはなさそうかしら。先日ね、私と一緒に仕事をしてくれている人が、朝からずっと探し物をしていて、でも疲れていたのか気づいたらいつの間にか眠ってしまっていたらしいのよ。夕方に目が覚めて慌ててこちらへ電話を掛けて、そう説明してくれた。朝から夕方までずっと眠っていて、眠っていただけならまだしも、いつの間にか知らない場所にいて、外にいたのに、誰も不審に思って声を掛けてくれたりはしなかったと、……本人はそう言っていたのだけど、健介君には何が起こったのか分かる?」


「俺のような被害者じゃないのか、それは。何者かに襲われて、その間に何があったか分からないということだろう。そんなことより……」


「あら。面白いことを言うのね。そんな皮肉が出てくることは思わなかった。本人は朝から夕方までずっと眠っていたと、言うのだけど、でもね、その日、その人は、昼頃までは私と一緒にいたし、夕方までにも私と何度も電話をしてる。本人だけが、朝からずっと眠っていただけだと思い込んでいる」


「夢遊病とか、そういう話か……?とにかく、そんな無駄話はいい」


「朝から夜まで夢遊病だったのかも知れないわね。少なくとも本人が寝ていたと言い張る時間のことを本人は何一つ思い出せない。不思議でしょう?見方を変えると、少し素敵なお話にもなるかも知れない。健介君これはね、無駄話と思うかも知れないけど、聞かせてあげたいから、聞かせているの。あなたの話はちゃんと後で聞くし、私も話したいことがあればあなたにしっかりと伝えるように努力はする」


 本来話すべきことが別にある、ということは分かっているようだが、それを正してくれるということはない。大丈夫なんだろうか、この女は。何か悪い事態に巻き込まれているような予感はあるにせよ、それを覆い隠すほどにまずこの女が異様な空気を放っている。


「じゃあその話は簡単に済ませてくれ。本題とは関係がないんだろう」


「ええ、関係ないわ。それでね、その人の説明を聞いて思ったのだけど、多分その人は自分で歩いてその場所に行ったと思うのよ。けど、目が覚めたら何も覚えていない。例えば健介君がいつか富士山に登る予定を立てていたとして、目が覚めたら富士山の山頂で朝日が昇るのを眺めていたなんていうふうに、いつの間にか気づいたら、『いつか』になっているという、そういう体験をした人がいるの」


「病院に行って検査をして貰うべきだな」


「もちろん簡単な検査だけは済ませた。さて、つまらないみたいだし、本題に戻りましょうか。健介君は多分、アンミちゃん、ミーシーちゃんに強く信頼されているわけではないのね。協力を求められているわけでもないでしょう?なら、あなたはどちらでも選ぶことはできる。アンミちゃん、ミーシーちゃん、二人がとても困っているとしたら、あなたは助けてあげたいと思う?それとも、二人があなたから離れてくれると助かるのかしら?厄介事には違いないでしょうし」


 この女の言う通り、アンミやミーシーを追っている組織があるとして、俺にちょっかいを出す理由はなんだろうか。わざわざ無駄話をするところなどから考えると、俺をここに引き止めるのが、この女の役割なのかも知れない。


「信頼されてない?お前が何を知っててそうなる?厄介事ってなんだ?俺にとっては今まさにお前が厄介に違いない」


「厄介事の内容を私に聞こうとする。あなたはまだ二人と一緒にいるにも拘らず、今私とこうして話している間に、特に二人のことを心配する素振りもなく、何の危機意識もなく、家に電話を掛けようとしない。それは私が何を知っているか並べるよりも決定的に、……信頼されていないということにならないかしら。アンミちゃんミーシーちゃんから二人の事情を聞かされていないでしょう?だから、あなたはまだ自分で選ぶことができる」


「俺に用があるわけじゃなくて、二人が?」


「私は、健介君に用があるのだけど。どうしましょう。一旦は、高田総合医科学研究所という呼び名で固定しましょうか。健介君も聞いたことはあるかも知れない。その組織がアンミちゃんを探しているし、アンミちゃんを見つけたら、病院に引き戻す計画を立てている。細かなことを今話し始めるとそれこそいつまでも本題に入れないから、健介君はとりあえず、アンミちゃんが追われているということだけ分かっていてくれたら良い。疑問に思うことがあったらその都度質問してくれると、私も説明がしやすいわ」


 俺が慌てて机に手を伸ばそうとすると、携帯電話の上にそっと、女の手のひらが載せられていた。手を重ねるすんでのところで、躊躇する。


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