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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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六話⑭


「ああ、多分。下着売ってる店でもトラブル起こしてたし、多分それです。見た目というか、行動的にもそっくりでそんな奴そうそういないとは思うんで、ほぼ確実にそれだと思います」


「実は相談は多くて、知らない間に盗られたって人もいたんだけど、小太りの男を逮捕してくれって言われても、ちょっとこっちとしてはどうしようもなくってね。被害に遭った人に届けを出してくれとはなかなか強制もできないし、……ね、ほら、多分警察とかに職業とか名前とか書類で残したくないのかな。それに、この交番、ほら男しかいないからどういうものを盗られたとかね、多分書きたくない気持ちは分かるんだけど……。ああ、これは言わない方が良かったですか?」


 後ろの警官は「いや、いいよ」とだけ渋い声で返した。役割分担なのか若い警官がずっと話を続けている。確かに、なんとなしには察するが、被害者の相談相手として、向き不向きもあるだろう。


 おそらくだが、若い警官は被害者の相談相手、そして、年長の渋い警官は犯人の自供を迫る役割を担っている。完全に見た目での判断ではあるが。


「君がさっき言ったその下着売ってる店というと……、もしかしてブリリアントピープルだったりしない?」


「ええ、そこです。女性店員と揉めてるみたいだったんで、俺も店にだけは入ったんですけど」


「へえ、やるなあ。勇敢だね。結構がっしりしてるけど何かやってた?」


「…………いや、何も」


 後ろの警官も顔を持ち上げて俺の顔から足先までを覗き込むように見ていた。俺の返事は割と、嘘よりの言葉の濁し方になってしまった。


『何かやってるの?』と聞いてくれたら俺は返答を躊躇うこともなかったが、『何かやってたか?』という過去形の聞き方では本来『やってた』と答えるのが正しいかも知れん。


 正直に答えなかったのは、ミーシーのあの立ち回りを見た後、足を引きずるほどへばっていた、俺の自信の失われ具合が反映された、……というのもあるし、犯人がケガした状態で発見された場合の嫌疑回避のためでもある。


「その男がね、盗んでるんだよ、何回もね。そのブリリアントピープルって店がお気に入りみたいで、ただそのお店には防犯カメラとかもなくってさ。オーナーさんも取り付けるつもりはなさそうで。まあ、よく考えたら確かに、カメラあると嫌だなってお店もあるでしょ?男でもそういうのはあるし、仕方ないんだけど、結局そういうことで捜査もちゃんとできてないし、その男がっていう証拠も残ってないんだよね」


「はあ……」と力なく返した後で、男でもカメラがあると嫌な店というのが、若い警官なりの、多分ジョークのつもりだったんだろうなと思い至った。エロ本コーナーの真っ正面に防犯カメラが取り付けられていたら、それは、防犯カメラというより営業妨害カメラではある。


 俺が笑顔を見せなかったからかすぐに捜査の話に切り替えられたが、ともあれ若い警官は俺を話に引き込もうと頑張っているようだ。治安維持に熱心に取り組もうとする、良い警官なんだろうとは思う。


 ただ当の俺は、できることならさっさと家に帰りたい。それを言い出すタイミングを潰されているように感じるし、一歩奥へ移動してさりげなく誘導を試みたり、俺の後ろへ回り込み扉側をディフェンスしたりなどと、器用に、情報源を逃がさないように立ち回っている。


 こうして話し続けるのも俺が口を挟むことを警戒してなのかも知れない。現状の説明をして警察も困っていることを分かって貰おう、質問をして情報を引き出そう、たまに無駄話をして共感して貰えるよう努めよう。……良い、警官なんだろうとは思う。


 だが今だけは、不真面目で面倒くさがりな警官であってくれたらどれほど良かったかと思わずにいられない。


「それで、追い掛けたということなんで、本当だったら追い掛けちゃダメだよというところなんだけど、今回その犯人どっち行ったかとか、何時くらいにどこでいなくなったとか……、そういうことは分かる?」


 ミーシーは確か……、さっさとしないとお説教長くなると、言ったな。さっさとって……、どの程度さっさとしたら良かったのか、どの程度長くなるのか。


 おそらくこの場に来られないミーシーにも正確なことは分かってなかっただろう。俺は、多分だが、ミーシーの予知の中で、『さっさとしなかったからお説教時間が長くなって困った』と伝えただけだ。


 今がまさに切り上げ時かも知れない。件の犯人はまだあの場で寝てるかも知れないし、起き上がってて捕まった場合でも、ケガがどうこうという話になる可能性は十分にある。


「えぇ、と。どこだったかな……。夢中で走って、しかも見失っちゃったから、ほとんど分から、ない、し……」


「でも、どこの辺りで盗られて、どっちに逃げたかっていうくらいは見てるでしょ?」


 食い下がってくるか。当然といえば当然だ。分かるかという質問は分かっているはずだと確信を伴ってこちらへ投げられている。分からないはずがないことをまずは飛び越えさせるつもりで用意した算数の例題みたいなものだ。


「いや、ホントに夢中で何一つ覚えてとかないし、むしろ、今考えると俺がいうその泥棒がそれと同じ奴とは限らない、ですね?あと、これから用事があって昼飯もまだ食べてないし」


「そっか、でもさなんとか。ほら、思い出せたりしない?どこの辺りっていう」


「す、すみません。俺、実はとても大切な約束があるんで、すみませんが、失礼させて」


「ああ、ごめん、ちょっと待ってちょっと待って。ここの連絡先教えておくからもし思い出したことあったら連絡くれない?ああ、どこだったっけ?机、机だよな、確か。あれ、机じゃあない気がしてたのにな。机?いや、机ではないよ。机……、じゃないから……、えっと、どこ探そうとしてたっけ。机じゃないのは確かなんだけど、ああ、目の前にあった、これこれ。これとついでに……、ついでに?」


 俺はそれを受け取ってすぐにこの場をあとにする予定だった。相手が連絡先を渡すだけと妥協しているのに、それすら拒むのはいかにも怪しいし失礼なことだと、甘いことを考えた。


 気づくと後ろにいた警官は携帯電話を片手に何やら話していて、じっと俺の目を見ている……。そして、ゴホンゴホンと大きな声で咳払いをして、若い方の警官の注意を引き、俺ですら見抜けるあからさまな首振り合図をした。


 ぷるぷるぷるぷると震えて俺の方に向けて顎を引き上げくいっと横に振る。不自然な動きはもう明らかに俺を引き止めろ、いや、引きずり込めと合図している。素人の俺でも分かる露骨なやり取りだった。


「あぁー、そのぉ、ちょっと待っててね。西さんもちょっと話聞きたいみたいだから……。ごめんね」


 ……犯人とかに悟られないための警官同士のジェスチャーじゃないのか。なら、電話ちょっと中断して口頭で言えば良いだろうに。


 しかしながらそれは置いとくとして、俺の状況はどうやらかなり、……マズイようだ。悪い予感が隠れる素振りもなく浮かび上がっている。今逃げると余計に立場を悪くするであろうことが分かる。


 下手をすると俺が追われることになる。


「悪いね……、待って貰って……。君が言ってたその泥棒と、それと……、こっちで見つけた泥棒は……、多分同じ奴で……、で、君が犯人を追い掛けてたなら、犯人のことを最後に見たのは君ということになると、思うんだけどね……」


 まだ、希望の目はある。『捕まったからもう安心して良いよ』とか、『ご協力ありがとう』とか、『盗られた荷物は見つからなかったそうだよ』とか、そういうことを話すつもりである……、可能性はゼロじゃない。それならば『良かったあ』と微笑んで帰れば良い。


「なんか倒れてて……、一応、命には別状はなさそうということなんだけど……、なんか状況知ってるかな……?」


「…………い、言い掛かりだ。俺は、無実だ」


 ゆっくりとした喋り方だった。穏やかな声色を作ってはいるが、俺を見据えて、俺がボロを出すのを待ってる。


 もう全部分かってて聞いてるんじゃないのか、何故、俺が取り調べみたいなことをされるのか、まるで俺が犯人みたいに……刑事から、取り調べを?ドラマみたいだ。


 俺は……、やってないぞ。やってないのに、まっすぐに凝視されて、足元が少しふらついた。ただこれは、……決して罪悪感が俺をよろめかせたわけじゃない。単にちょっと重いものを運んだ後だからだ。それを口に出して説明すべきか迷って、俺は結局目をきょろきょろと泳がせていた。


「え?いやいや、見つかったんですか、犯人が。倒れて?あれ……?君が追い掛けて、いって」


 ミーシーが、その、手を滑らせた。無理があるか?引っ張り合いになって犯人が転げた……。これくらいが妥当か?


 あの浮き上がり具合から考えるともう投げ技だとしか言いようがないが、投げられた側の主観が多少誇張されているのだと主張することもできなくはない。通行人もいなかったし、転げたという……、ことで、なんとかならんかな。


「私は……、知りたくて聞いてるだけなんだけど……、その犯人が……、というか君は……、その場にいたわけだよね……。違う……?」


「…………。下着泥棒の犯人がそう言ったんですか?」


 まっすぐに捉えられた中で『違う』と言い出せばその後ろ暗さを見透かされるに決まっている。というよりもこの段階に至っては俺が全く無関係の第三者であるという主張は厳しい。


 その場には、いた。状況の組み立ては慎重にならざるを得ない。俺がミーシーを庇うにしても、証言の食い違いが余計な疑念を作り上げてしまう。下着を奪い合いになって揉みくちゃの最中に犯人が転げた。


 下着を取り戻した俺は、念のため犯人が呼吸をしていることだけ確認をして現場から立ち去ったと、……主語をぼかして説明すれば指摘を受けるまではミーシーの存在を隠すことは可能だろう。


 であれば、とりあえず相手側の主張というのも聞き出しておきたい。


「君が……、かめはめ波みたいなのを放ってきたって……、犯人が言ってる。嘘だとはまあ思うけど……、実際ケガしてるし、犯人が言う男ってもう服とか身長とか全部君だし……、君は君でなんか犯人の行き先聞いた途端……、その……、焦ってるし。ちょっと悪いんだけど、約束っていうのをキャンセルして、警察署で事情話してきてくれないかな……。君側の言い分もしっかり聞いて貰っとかないと、面倒くさくなっちゃうかも知れないしさ……」


「かめはめ波……、撃てると思いますか?……俺」


「いやあ、撃てないと思うよ。撃たないと思うし……。まあ、あくまで、……かめはめ波みたいなもの、ということだから……」


「みたいなの、も撃てないと思いますよね……?」


「多分ねえ……。だけど、あっちの言うことでケガさせられたっての……、通されたら、こっちは疚しいことあって出てこれない……、みたいになるし。見てた人とか探してえ……、しょうがなかったって言って貰えれば別だけど……、実際そういうのはなかなか、ほとんど……、出てこないし。相手の言い分だけだと君が悪者にされちゃうこともあるわけだからさあ」


「だ、だが、例えば、例えば仮に、そのかめはめ波?撃ったとして、こっちが加害者ということにはなったりしない、と思うんですが……」


「それがあ……、ううん……、大体は言ったもん勝ちみたいなとこあるからなあ……。多分君も行ってくれた方が良いとは思うなあ……。こっちは君が何したとか関係なしに協力して話聞かせて貰えたってまあ……、嫌な言い方するけど印象良いし……、相手が勝手に被害届出すって主張し始めるとこっちとしても厄介だし、普通に考えてさあ、下着泥棒の犯人と、別にヤンチャそうでもない青年とだったらさあ、両方の話聞いても……、どっちが正しいこと言ってるかはすぐ分かるから。それがいないとか逃げたとかなると……、どうなのかなっていうだけでさ。あらかじめ……、事情とか話通ってたら……、この件でこういう事情だったので被害届は出しませんって……、そういう相手に念書っていうか、調書にも書かせといたら……、後でそういうのでややこしくならんし……」


「……なるほど、じゃあ、せめて、俺がかめはめ波を撃たないと信じてくれる常識的な刑事さんに今あらましを伝えて、それでなんとかスムーズに一件落着させることはできませんか?俺はかめはめ波を撃ってくるなんて馬鹿げた主張を本気で信じている相手に弁明などしたくない。その気持ちは分かってくれますよね?」


「こういうのはなあ、……いつも苦労するんだよ。被害者も加害者も色々混乱してるというか、ちょっと冷静に出来事だけを並べるってというのが難しいというか。私はそりゃあ、今回の件で、犯人を追い掛けて、……それはそれで、……それこそ、そうするのが普通だとは思うんだけど、で、私もこっちから君に都合悪いようなことをわざわざ告げ口したりはしないけども、向こうで説明して、……質問に答えて貰った方が良いとは思ってるよ。担当する奴も目を見ないと納得できないってこともあるからさあ」


「…………」


 で、この警官は俺の目を見てどう思っているんだろう。俺はお世辞にも堂々とした態度を保っていなかっただろうし、なんなら、目を見ないとと聞いた瞬間に反射的に目を逸らそうとしてしまった。


「ああ。目を見ないとっていうのはさ……、目を見れば犯人が分かるとかそういう、その、悪いイメージの刑事の決めつけのことじゃなくて……。単に伝聞よりは信用できるでしょって話だからね……。相手はとりあえず、記憶が混乱してるのか、君を悪者にしたいのか、今は目茶苦茶なこと言ってるわけだから……、君も別に難しい説明をしなくちゃならんわけじゃなくて、単純にさあ、わけ分からんこと言ってたら、そんなはずないでしょって、そう言うだけだから。向こうでも別に君と下着泥棒会わせるわけじゃないから、危険もないし。まあ、相手、ケガしてるっていったって自分で歩けてるみたいだからさ、多分そんな大事でもないし」


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