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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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六話⑬


 電話帳でタクシーの番号を調べ手配をしておく。冷蔵庫の氷をビニール袋に詰め込み、あとは救急箱をミーシーへと渡した。テーピングはこう貼るものだと身振り手振りで説明をひけらかした後、大人しくしてろとだけ注意を促した。


 ミーシーは言われた通りソファでテープとはさみを取り出し自分の足にぺたぺたと貼り付ける。


「手当てまでしてくれるような言いぶりだったでしょう。やっぱりアンミ交番にいるわ。私からあれこれ注文つけられる筋合いもないでしょうけど、ただ、さっとやらないと……、お説教が、長くなるわね。まあ、ゆっくり行ってもそこまで問題はないにしても、一応多分早めに行った方が良いわ」


「ジャージをついでに買ってきてやろうか」


 少し口ごもるような様子での注文ではあった。というのは、膝を曲げられない俺に遠慮してのことか。それは別として、ソファで片膝を立てたあぐら姿勢で足の具合を確かめるミーシーのポージングは、スカートというものの存在をあまりに蔑ろにし過ぎている。


 パンツが丸見えだと直接的には言えないものの、苦笑いついでの皮肉の一つも出る。恥じらいよりも治療優先は大いに結構なことだが、何もどちらかを排除する必要性はない。


 俺がもしも体力の回復を確信できたなら、二階まで連れていってベッドで休めと指示しただろうが、それもどうやら難しいようだ。


「結構よ。代わりにアンミを頂戴」


「分かった行ってくる……。予知復活したか?アンミは今更交番にいるんだよな」


「あんまり自信ないわ。あと、今更交番にいるどころかこれからあなたが交番に向かってその時まだ交番にいたと戻ってきたあなたが言うだけよ。今のところはアンミも戻ってきた時そう言うし、そんな嘘つく必要ないとこで適当なこと言わないでしょう。ただ実際私が見にいく予知ではないし、予知自体役に立たないかも知れないわ。いなかったらどっかから電話してちょうだい。その時は私も探すわ」


「ああ」と短く返事を済ませる。タクシーは坂まで出ないと見つけてくれないだろう。十分くらいで到着とのことだったから、外で車を待ち構えておくことにしよう。一応財布がちゃんとポケットに入っていることだけは確認した。


 タクシーはすぐに俺の姿を見つけてくれて愛想よく行き先を聞く。荷物の回収もしなくちゃならんし、行き先を交番との告げづらかった俺は「とりあえず商店街の入り口へ向かってください」と説明した。


 さすがに細かに道を指示する必要もなさそうで、気を利かせて「買い物ですか」と当たり障りのない会話を投げてくれたが、二秒くらい間を開けてそれを肯定することになる。


 買い物にタクシーを使う人間はかなり豪奢だなと思ったが、それ以上に、『お迎えのためのタクシーを呼ぶ客』というのが、かなり不自然だということには気づく。


 多分正直にお迎えのために呼びましたと言ったところでちょっと馬鹿な客だと思われるくらいのものだろうが、帰りも商店街で待っていてあげるなどと言われるとそれはそれで、すぐに一人と一匹と俺の荷物を見つけてタクシーに戻れるか確信がない。


 商店街にいるアンミがタクシーを呼べば良いのでは?なんてことを言い出されるとそれに対する上手い回答もすぐには出てこないだろう。


 話のついでに仮に猫をタクシーに乗せるとしたらどんな梱包をすれば良いかを聞いてみた。放し飼いでなければおそらくどこも大丈夫だろうとのことだから、一応帰りもタクシーを利用できそうだ。


 まあ、アンミとの合流をミーシーに一報できるなら、気にするのは昼飯時間くらいのもので、何も時間制限とかがあるわけでもない。向こうで、またタクシーを待つか、なんならバスを利用すれば良い。


 ただ、最短で……、全てが順調に進んだとして、十二時は少し回ることになるだろう。腹ぺこミーシーが文句言わないように頑張ることにはしよう。


 やはり車で進めば徒歩と比較にならないほど早く着く。礼を言って金を払って、また商店街の入り口へと降り立った。


 俺もアンミもすぐに飛び出したし、ミーシーは当然のように手ぶらで姿を現して俺の荷物については何一つ言及しなかった。まさか綿を盗む人間はいないと思うから後でも良いか。


 一応、ミーシーの予知が外れた時の保険も兼ねて商店街の入口辺りからきょろきょろしながら歩くことにする。交番までの道半ばでまずミーコを発見した。ミーコもこちらに気づいていたようで、首を振ってこちらへとアピールをする。俺が戻ってくることを見越して目印役をしてくれていたようだ。


「健介意外と早かったニャ。今アンミ交番にいるところだから、なんとか誤魔化してアンミ帰してあげて欲しいニャ」


「アンミはまだこっちの状況知らなくて、今交番にいるのか?というか、ずっと交番にいたのか?お前もアンミ探しに向かっただろう」


「ニャ……。まあ、そうニャけど。私も交番の場所とかよく知らないし、交番行った時にはアンミはいなかったし、ぐるぐる何回か行ったり来たりしたら、その……、アンミはその時に交番到着したと思うニャ」


「上手くかみ合わないこともあるもんだな。両方迷子で時間差の入れ違いだったのか……。失敗だったな。俺も交番の場所とか言わなかったし」


「いや何でかニャ。行ける気はしてたニャ」


「まあ仕方ない。俺も全然活躍はしてなかった。とりあえずここからは人前で喋っても大丈夫な俺に任せろ。ちなみにアンミがどういうこと話してたか分かるか?さっと済ませて立ち去った方が良いだろう。ミーシーがアンミのことを心配してるし、俺は荷物も心配しなくちゃならない」


「警察の人も、……ちょっと困ってるみたいだったニャ。多分あんまり事情とかは伝わってなくて、……買い物しててものを盗られたのがちょっと分かるかも知れないくらいの感じだと思うニャ」


「なるほど。なら商店街の警備強化だけ依頼して去るのが良さそうだ。身元は名乗ったか?」


「アンミは健介の家の住所とかは知らないニャけど、……健介も落ち着いて説明すれば大丈夫じゃないのかニャ?」


「いや……、どうだか。お前は見てないからパンチかキックでノックアウトしたと思ってるかも知れんが……、あれはちょっと、ダメージ量が想像しづらい、必殺系の、攻撃技だった」


 足を早めて交番に辿り着くと、仕切りの奥で椅子に座っているアンミの姿を見つけることができた。


 ……が、ちょっと様子がおかしい。アンミはまるで自供秒読みのように俯いて微動だにしないし警官二人は何故か立ったままでぐるぐる交番内を歩いている。話をしている様子には見えなかった。


「……ミーコ、ここで待っててくれ。もし知ってたら教えて欲しいんだがなんかやったのか?アンミは」


「いや別にやってないと思うニャ」


「じゃあ、あれか?もうバレてる可能性もあるな。家の方角とかは、……分かるか?道順がアレだった上に、お前は抱っこされて目瞑ってたろう、猫の帰巣本能というのは、正直かなり怪しいところだが……」


「全然問題なく帰れる距離ニャ。右曲がって左曲がってずーっとまっすぐ行って右の方ニャ。というか、こっちの方はよく散歩に来るし、田んぼの方に出たら迷いようがないニャ」


「頼もしい。変な道に入り込まなければ大丈夫そうだ。言っとくが……、仮に俺抜きで帰ることになった場合、アンミとお前で手分けして俺の家を探すなんて真似はしないでくれ。家の方角について意見が割れた場合であっても一緒に行動するか、ミーシーの予知待ちで待機しててくれ。良いか?」


「良いニャ。そもそも普通に帰れるニャ」


 俺が交番の中に入ると、警官二名はびくりと急にこちらに振り向き、落ち着きのない様子で一歩だけこちらに進み出た。


「すみません。その子と一緒に買い物をしてた者なんですが」


「あ、あぁ、困ってた、ん、だよ。その……、この子途中から黙っちゃって、ひ、へはは」


 途中で黙ったということは、なるほどアンミは黙秘中か。こちらに都合が悪い話題というと泥棒にダメージを与え過ぎたという点くらいには思うが、それにしたって警官もアンミを責めるのは気が咎めるものなんだろう。


 幸いにして、第一声にその件で俺に矛先が向けられることはなかった。であれば、後ろめたい気持ちになっているであろう今の内にアンミを連れてここを離れるべきだ。


「ああ、そうなんですか……。ただ、こっちはとりあえずもう大丈夫なので、帰っても、良いですよね?」


 アンミはうなだれていた状態から体を起こし、「あ」と小さく声を出した。警官と話しているのが俺だと気づいたようで困り果てた表情を浮かべて口をぱくぱく動かしている。捕まえられた側のような挙動だ。


「えぇと、君が、ああ、その連れで追い掛けた方の人?」


「ああ、そうです。まあ、一応、そうですね」


 警察官からの質問というのは確かに、少しばかり緊張を伴う。アンミの場合など、疚しいことなどなかっただろうに、この独特の空気と焦ったように早口な質問に気圧されてしゅんとうなだれていたんだろうか。


 それとも逆にアンミがうなだれて警官が焦って早口になっているのかも知れんが、どうにも、まず警官側に落ち着きがない。何か別件で慌ただしくしてるところだったのか、俺を見てアンミを見て時計を見て、椅子に腰掛ける素振りもない。


「もし、時間が掛かるならとりあえず話はしますけど、この子は、先に帰してやって良いですか?」


「そっかそっか、ふぅ……。いや、うん、そうしようか。えぇっと、女の子、……は帰って良いよ。あと、その、君はちょっと協力してくれると、た、すかるな。そんな、には時間掛からないから」


 アンミはその言葉を聞いてゆっくり立ち上がり俺の目の前まで歩いてくる。


「ミーシー大丈夫?」


「ちょっと足捻ったみたいだが、大人しくしてれば大丈夫だろう。あっちはあっちでお前のこと心配してた。俺も追いつけたら追いつくが、できるだけ早く帰ってやってくれ。ミーコに案内して貰うと良い」


「うん、……ありがとう。じゃあそうする」


 アンミが一体どこまでをどう説明しているかはまだ不確定だし、警官も俺がまだ善良な市民の可能性があるからなのか任意の事情聴取をオブラートに包んで協力と表現した。


 俺にとって不利な証拠や証言が出ていない可能性もある。女の子を問い質すよりも俺の方が気が楽というのもあるんだろう。


 俺も、できることなら、アンミとミーコを監督していたい気持ちはある。とはいえ、交番からいきなり走って逃げるというのも逆に追われる理由を作りそうだったし、アンミと事前の打ち合わせなどもできていない。


 一旦は、アンミ解放を優先して、ミーコにバトンを渡すのが良さそうだ。俺が多少遅れて帰る分にはそう心配されることもないだろう。


 アンミが外に出たことで仕切り直しとなったのか、警官二人はこれ見よがしに深いため息を何度か吐いて表情を作り直し、こちらへと向き直った。


「いやごめんね。被害届を作ろうということにはなったんだけど、あの女の子が……、ね?何言ってるのかが、こっちはよく分からなくて」


 奥の方で白髪混じりの警官がまだ深呼吸を繰り返していて、「ちょっとだけ話が聞きたいんだ」と言った。


 今まで話していた若い警官からは威圧感など感じなかったが、初老の警官はごつい体型と濃い色の制服とが相まって言葉が強く感じられる。わざわざ低く下げた声色で「どうぞ」と手のひらで椅子を指し示すのもどこか演技掛かっていて、俺がそれに従うのが当然だと思っているようだった。


 何故二人とも、交番の中で帽子を被ったままなのか分からない。リラックスムードなどまるで感じられない。笑顔での接客というのもない。普通に、何一つ疚しいことがなかったとして、奥に入るのはちょっとお断りしたい空気だった。カウンターの奥に閉じ込められたくない。


「多分、要約するとさっきの女の子が下着を買って、それを盗られたから、君が犯人を追い掛けたということだと思うんだけど、それで合ってる?」


「大体はその通りなんですが、ただ、被害届とかそこまでの大事ではないので、……キャンセルできたりしませんか?」


 アンミはここへ加勢を求めにきた、というのは心証を害する発言になるだろうな。被害者が訪ねてきたから書類作りをするというのは真っ当な手続きに違いない。


 アンミは大体の出来事はきちんと伝達できているようだった。ただそうなると、あの時あの場に駆けつけてくれるという期待は薄かったようだ。ああいう場合は百十番の方が正解なのかも分からん。


 というよりは、本来、追い掛けずに、届け出るのが正しい。わざわざ危険に向かって走っていく人間など保障対象から外れていて当たり前とはいえる。


「お手数掛けるのも悪いですし……」


「いや、手間かどうかは気にしなくても良いよ」


「そうですか。ただ、まあ、単にそういうことがあったという報告だけで良いかなと思ってます。この辺りを警備を、してくれると助かります。こっちはもう大丈夫ですから」


 ありがたいことに、若い警官が話し相手をしてくれている。このままいけば一件落着となりそうな雰囲気も少しずつ出来上がっている。


「じゃあ……?それはそれで良いんだけど、前からね、結構同じことあったりしてるんだよ。この辺りで変質者さんがね、出没するっていう……。三十歳から四十歳後半くらいで少し太り気味で、道端でパンツを売ってくれってしつこく要求する男、っていうのが今回君たちが相談してきたひったくり?泥棒にね、見た目的なことをいうと、多分よく似てるんだよね」


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