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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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六話⑨


「結構長いこと話し込んでたみたいニャ」


「話し込んでた……。いや、話す間もなく話されていたんだがな。これは本来俺の買い物というわけではないが、何か触れると熱いものに触れてしまった。商店街の人というのは中々に、何かしらの情熱を持ってるものらしい。本気で好きな人がやってるであろうから、もう身の上話が始まった段階で逃げ出たかったが、見ろ?これだ……。おかしい、親切にされ過ぎている。俺はもっと店主の話を最初から真剣に聞くべきだったし、この材料が粗末に扱われることを許せなくなってしまった」


「まあ、向こうも満足そうにしてるし、結果的には良かったニャ、きっと。大分時間は経ったニャけど」


「体感的にはもう数日過ぎてる気がする。次なんだっけ、ああポニョか。ポニョもこんな感じになったらどうすりゃ良いんだ?ポニョにすごい思い入れのある人に接客されたら、俺はもうふざけてポニョごっことかできないぞ」


「ポニョごっこ真剣にやったらどうかニャ……。そして多分ポニョに関しては何の問題もなく買えると思うニャ」


「だと良いな。俺も正直ポニョに真剣に情念を向けてる人など出会う確率は天文学的に低いとは思う。だが、どちらかといえば今の店よりポニョの方がせめてまだ俺に関わりがありそうだ。真剣にポニョごっこやりますと嘘偽りなく覚悟を伝えられた。台本にないポニョの心情とかをこう、……自分なりに考えて、それを前面に押し出して、な。ポニョがどういう映画なのか俺は知らないが、そうやって演じることを約束するのは容易い。この布とか綿はな、粗末に扱われないかは心配することしかできん。善意の塊だぞ」


「そんなに余計な心配しなくても大丈夫ニャ。陽太にお店のこと教えてあげて、さっきの人と一緒に作れば多分失敗もしないニャ」


「それはそれで、多分さっきの店主の様子からすると嬉しがるだろうとは思う。だが、普通に考えたらそこまで甘えて大丈夫なものか?通常そこまでのフォローして貰ったら何万円か掛かるだろう。陽太もわがまま言ったり失礼なことしたりしそうだ。悩ましいな、これは。経営が大丈夫か分からんようなところにそんな営業妨害を推奨はできない」


「お店の人が喜んでくれるなら、それが一番ニャ。お金で困るなら、あんなふうにしてないはずニャ。手作りのぬいぐるみをたくさん注文受けたり、業者と業者の間で取り売りしたりして生計立ててるはずニャ。それに、ここの辺りの人が常連客で手作り手芸教室を週に三回やってるなら、ちゃんと生活できるようにはなってるニャ。みんなあの人を好きになって、娯楽なんかもテレビくらいしかなくて、何か作りたくなった時に頼る人があの人ニャから、そう生活苦しくなったりしないニャ」


「そうか。良かった。そうだな。じゃなきゃシャッター下りてるだろうな、単なる無計画な人だったりしたら」


 手芸教室の案内など俺は見落としていたが、地元の人間が趣味で通うのなら、口コミで十分な宣伝になるのかも知れない。こんなことがあって後々閉店してたらトラウマになりかねないが、そんな心配はしなくていいらしい。


 次はポニョを買わなくてはならない。ポニョびいきな店主などが出てきたらどうしようかと身構えていたが、こちらについては、全く普通に、特にこれといったイベントなしに購入できた。


 手芸店が特別だっただけのようで、紙袋を二つもぶら下げた俺のことを不思議そうには見ていたが、接客スマイルもバーコードスキャンもスムーズに終え、金額を伝えてくれる。俺は紙袋を置いて財布から金を出す。


 これが普通だ。そしてこれで十分だろう。店を出て、とりあえずこれで、必要とされていたものは全て揃えられたことを再確認した。あとは本屋と、ペット用品くらいが候補になる。


「二人も多分半分くらいは見終わってるだろう。本屋寄って良いか?またお前は外で待ってなきゃならんが。あと、……なんならもう一回ずんどこ行こうか。帰りでも良いが、本来な、あんまりペットを外で排泄させるのは飼い主のマナーに反する行為だったりする」


「それは普通の、犬とか猫の話ニャ。なんなら私は健介の家のトイレ使えるし、散歩に行って草木の生い茂ったところをちゃんと見つけてるニャ。私はそんな道端に転がしとくようなことしないニャ」


「どうだ、それは……。猫のトイレが嫌か?」


「嫌ニャ」


「そうか。まあ、そう言うなら仕方ない」


 散歩をする理由付けのためにトイレがいらんと言ってるのか、俺がこれ以上荷物を持てそうにないから気を使ったのか、とにかく嫌だとはっきり言われた。まあ、ミーコがそれで良いならこれまで通りでも構わない気はしている。必要だと思えば要望を聞くこともできるわけで、今すぐそれを用意しなくてはならないわけじゃない。


「オヤツとかは、いらないか?」


「ご飯あるニャ。ミーシーがアンミに猫の食べれるもの作ってくれるように言ってくれてるニャ」


「そうだったのか。まあ、ただ、別にな、ねだっても良いものだぞ。小腹が空いた時にあった方が良いかも分からん」


「家猫というのはそういうので太るのニャ」


「家猫らしく太ってて良いだろう。太り過ぎだと思ったら俺がアドバイスしてやる」


「健介の基準とか信用ならないニャ。私が欲しがったら買ってくれたら良いのに、そんななんか買わなきゃならない理由あるかニャ?首輪見えるかニャ。私はこれが欲しかったニャ」


「そうか。それは何よりだ。贅沢言わない猫で助かるが、いざという時に遠慮しそうで心配だ」


「唯一望むのは、健介と一緒にいられることニャ。他にはもう何もいらないニャ」


「……もっと贅沢を言って良い。まあ、飼い猫の方が幸せではあるんだろうが、それは俺が何かしてやってる内に入らないからな」


 俺と一緒にいるというのは、もちろん今回の首輪を含んで衣食住を提供している現状のことを指している。


 こうもすらすらと出てくる言葉だろうか。ミーコがもし、俺と一緒にいることで満足していて、俺がミーコといることに満足しているのなら、何一つ不足はない。何かが理由として割り込むこともなければ、何かをつけ足して良くなるものでもない。


「高度循環型社会だな。俺の気持ちがお前に伝わると良い。お前の気持ちが俺に伝わると良い。俺もそれを願うところだ。失踪した前科がなければ、お前の気を引こうなどと浅ましいことも考えなかったかも知れない」


「あー、健介、向こうの方からもう二人歩いてきそうな気配がしてますニャどうぶつてきなそういう勘でそんな気がするニャ」


「動物的な……、ああ、やはりそういうのがあるのか。ただ、買い物終わってるならミーシーが俺の方に来るだろうから、別に途中で合流しなきゃならんわけじゃないし、俺はまあ、本屋に行く。念のため多めに何冊か買おうかな。暗黒ブックを忘れ去るのに時間掛かるかも知れんし」


「じゃじゃあ、ずんどこ方面にとりあえず戻って歩いてくニャ。けど、健介もついでに買い物するのないか色々店見ていくと良いと思うニャ」


「ん……。本くらいだが。これに関してはなくちゃ困るようなものじゃないし、行きたいとこあるなら言ってくれ」


 ミーコを隣に歩き始めぐるりと左右に立ち並ぶ店を眺めてみる。が、これといって興味を惹かれる商品はなさそうだった。ミーコもきょろきょろと首を振りながら道を蛇行して歩いている。


 あまり目立つ動きはして欲しくなかったが、人通りの少ない商店街の、これがミーコなりの楽しみ方ということなんだろう。誰の迷惑になるわけでもないから、見失わないようにだけ注意して元来た道を戻っていく。


 やがて先程買い物をした手芸店に差し掛かった辺りでミーコは立ち止まり、「アンミとミーシーこっち歩いてきてるニャ」と言った。そりゃ当然二人は向こうから順番に見て回っているわけだから、俺たちが道順通り戻ればいずれ顔を合わせることにはなる。


 ビデオ店からの距離を考えるとミーコの動物的勘というのもあまり当てにはならないようだ。少なくとも二人が歩いてくる様子は見えない。


「…………。今思い出したんだが、アクセサリを買わなきゃならなかったな、ああ、日用品とか、雑貨、アクセサリか。髪飾りとか、ペンダントか?店先に出てるやつをお前が選んでくれたりしないか?まあミーシーもあんまり期待してないものだとは思うが、これはこれで変なの買うと何かしら苦情が出たりするかも知れん。あるいは苦情が出なかったにせよ、……待てよ。身につけるものじゃない方が良いな。置いとく物にしよう。そうすれば邪険に扱われることはないはずだ」


「じゃあそこの水晶みたいなのちょうど良いニャ。青と赤の買って飾って貰うようにするニャ」


「お前もさっと決められるのか。悪くないな。俺が発案するとな、こう、あんまり身体的な特徴を元に見繕うことに躊躇したりするし、プラスチック感が、……いや、結構綺麗だな。本物の鉱石みたいだ、値段さえ見なければ」


 透き通り具合を一通り確認して、どれも傷がないようだったから、赤と青の台座付きの鉱石を模したプラスチックを買った。部屋に置いておく分には特に邪魔にはならんだろう。


 小さな紙袋に二つを入れて貰い、店を出てまた歩き始めると、ミーコの動物的直感が今ようやく当たったようで、遠くに二人の姿が確認できた。


「何も買ってないみたいだし、ここオススメしたらどうかニャ」


「ああ、ブリピーか。まあ、何かしらは買えとは言うが……」


 二人はどうやらおしゃべり中のようで、俺たちのことには気づいていない。かなり近づいてからようやくアンミが首をあげこちらに手を振った。本当だな、何も買ってなさそうだ。両手一杯の荷物に悩まされている俺と対照的に、何も荷物を持っていないように見える。


「もうすごく一杯見てた。健介もしかして買い物終わった?」


「どうだろうな。本屋も行こうかと思ってたが、それ以外はミーコ次第だ。ずんどこは行くかも分からん」


「首輪があるだけで良いニャ。帰ったら時間ある時に名前と電話番号と書いてくれると良いニャ」


「…………。ということはもうほぼ終わりだな。この先はあんまり服屋らしきところなかったぞ。手芸店はあるが」


「ずんどこ行くの?」


「いやもう行かなくて良いそうだ。それより二人の方の買い物は順調なのか?ある程度目星ついたなら多分ここらが最後になる。気に入るのがあったら良かったが……、全部回ってから買う派なのか」


「全部回っても特にこれといったのがなければ買わない派でしょう」


「それはお前……。俺が一番危惧してた良くない結果なんだが。着ても大丈夫という服があれば多少妥協して買ってくれたら良かった。どうしてもというならここ、ここは良さそうな店だぞ。オシャレグッズかどうかは知らんが……、むしろ日用品とか生活必需品のような区分だとは思うが……、せめてここでなんか買ったらどうだ」


「健介がオススメの店?」


「オススメ?まあ、オススメといえばオススメだな。何が売ってるとか見たわけじゃないが。というか、どこもオススメだ」


「そもそも、あんまり普段着れそうな服がなかったわ。子供用とかシニア向けとか和服とかスーツとか、あと、スポーツウェアみたいなのとか。さすがにいくら私が気に入ったとしてジャージ買ってこられたらちょっと嫌でしょう」


「気に入ったならジャージ買えば良いけど、本音を言うとオシャレな服を嬉しそうに着ててくれたらとは期待してた」


「ここが健介のオススメだって」


「じゃあ、ここでなんか買いましょう。本買う予定ならゆっくり本見てきなさい」


「……。ここは、下着の店だから、ちょっと種類は違うが、まあ、必要だと思うなら折角だしせめて買い物はしてくれ。他もまだ見てきて良いぞ。俺は本屋に行ってくる」


 とは言ったものの、足元のミーコが俺の隣につかずに座り込んだままであったから、俺はまた数歩戻って一旦紙袋を地面に置き代わりにミーコを抱き上げてみた。


 俺は……、ここで?待ってた方が良いか?


 いや、買い物が終われば自動的にミーシーが俺を見つけてくれる仕組みにはなっている。俺は時間があるなら本を買いたいと思っている。


 だが、待ってた方が良いか?


「健介、ここで待ってると良いニャ。二人の買い物そんなに時間掛からないし、わざわざ本屋まで行ってまた戻ってくるのも面倒ニャ?」


「そうか?ああ、まあ……、ミーシーが探す手間もあるし、待ってるか。本は?別に今度荷物ない時でも良いしな」


 自分でも何故そうする必要があるのか分からなかった。


 というよりも、そうする必要などまるでないことは分かっていた。俺がこの場で待っていることに何の意味もないし、なんの役にも立たないし、ミーシーの手間を惜しむにしても二人の買い物が終わるまでに急いで何冊か適当に本を選んで買って戻れば良い。


 元から長々と立ち読みをする予定だったわけじゃない。俺は本を買いにいけば良い。それが効率的な時間の使い方であるし、ぼうっとここで立ち尽くしているよりもずっと有意義なことに違いなかった。


 だが、……俺はこの場を離れるべきじゃない。


 理由はないし、意味はないし、まるで無駄なことであったとして、何故か俺は、今この場を離れてはならない。


 もしかするとこれは白昼夢というやつなのかも知れない。何もない空間に放り出されてやるべきことがあるように感じて、特に信じるべき根拠がないにも拘らずただ命じられたまま命じられた通りをこなす。


 仮に不満があるにせよ、俺の五感があるいは第六感が、言うことを聞かざるを得ないように感じている。今、ここで、俺がなすべきは、ただ動かず、この場に立ち尽くすことだけだった。


 体は思い通りに動くのに、何故かそれだけは守らなければならないような気がしていた。


 俺はやることもないから目を瞑って時間を潰す。そうすればよりクリアに、……何かを見つけられそうに思った。だが、やはりそれ以上に何か感じるものがあるわけでもなく、そして具体的な理由に思い至ることもなく、ただ時間が過ぎていき、


 ……何分が経っただろう。目を開けて確認すると、アンミとミーシーは一つずつビニール袋をぶら下げて目の前に立っていた。


「…………?本は?買う予定だったでしょう」


「いや、荷物が多いからやめた」


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