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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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六話⑧


「じゃあ、いつか話してくれるか?」


「いつまでも健介が気にしているようだったら、私が健介のことを大好きだと思ってることすら分からないのかと、叱るついでに教えてあげるニャ」


 完全に優位なポジションから見下すような言われて、俺の頭の中にも諦めが漂い始める。


「俺のことが大好きなら、俺の側にいてくれ。喋ってもバレない約束しかしてないだろう。いきなり走り出して俺を置き去りにしないでくれ。約束できるか?」


「約束しますニャ。二人ともこっち来るようなら折角だしこのお店紹介してあげると良いニャ」


 ひどく軽く、俺からの不満を流されてしまった。振る舞いから考えると、悪意があるわけでも、俺のことが嫌いになったわけでもなさそうだ。


 なら何故だ、と問い質したい気持ちはもちろんある。……同時に、ミーコが何か俺を不安にさせたとして、それでも結局のところ、俺のことを大好きでいてくれるなら、こんな不毛な聞く聞かせないの話など長引かせる意味はないようにも思えた。


 なんなら事実など置き去りにして、魚の匂いに釣られて走ったということにでもしておけば良い。


「ここな。下着もいるかも分からん。店の名前は……、覚えづらいな。……そして言いづらいな、ショップブリリアントピープル……、ブリリアント……」


『ブリピーのスタッフはいつでも笑顔で接客します』なんてふうにイラストつきの立て看板が入り口の横に用意されていた。


「ブリピーなのか、略称は。ブリリアントピープルが言いづらいと思ったら……、略称にしたらしたで今度はなんか品位が失われてるように思うんだが。こっちに来るようならな。とりあえずお前も見つかったことだし、俺は俺の買い物を先に済ませる。もう、逃げるなよ。信じてるぞ、お前が余計な動きをしたら俺は弾丸のように飛び出す。警告もなしにだ。分かったな?」


「はい、健介の指示なしに一歩たりとも動きませんニャ。なんならついでだし紐っぽいものも買ってくると良いニャ」


「じゃあそこで待っててくれ」と試しに指示を出してみると、ミーコは音声認識の猫型ロボットのように指示された場所へ移動し、そこに座り込んだ。


 程よく布や綿などを売っていそうな店がすぐ後ろにある。とりあえずミーコを目立たない場所に待機させ、少しの間身動きしないことを確認した。


 指示を出さないと動かないというのは、それはそれで面倒なものだし、不気味な動きに感じられるが、取り急ぎここでの待機だけは徹底させておきたい。ここでしっかり待っていられるのなら、少しずつ融通して自由行動をさせてやることにしよう。


 店内へと入ると布はすぐに見つかった。基本的にはどちらかというと、ミシンや手作りのぬいぐるみなどを取り扱う店のようだ。綿なども取り扱いがありそうだと思ったが、一周巡ってみても見つからなかった。


 仕方なく店主らしき男性に「綿ってありますか?」と聞くと、「商品としてはないけどウチに一杯あるよ」と言われた。店の奥の扉から大きな袋を取り出して、「どのくらいいる?これ一個二キロだけど、なんなら小分けしても良いよ」と提案を受けた。


「どれくらい、……いるんだろう。大きい枕を作る予定なんですが……、抱き枕だから、大体一メートルで一抱えあれば多分足りそうだとは思ってるんですが、何キロ、ですかね?」


「枕作んの?それ枕買った方が安いよ。兄さんが作んの?チャレンジャーやね」


枕を作ろうとする人間というのがそこそこ珍しいのか、かなり驚いている様子だった。


「それはまあ……。俺が作るんじゃなくて俺の友達が作りたいということで買い物代理です」


「へえ。兄さんさえ良ければウチでぱっと作るけどぉ。ファスナーとかもいるんじゃない?そしてだあ、どうせ手作りならちょっと工夫したいなぁ。人型とかどう。ほら、既製品だとあんまりないでしょ。あんまりないってかよほどのことがない限りないよね。腕とか生やしてねえ。折角だからオリジナリティがあると良いね」


「俺の友人も……、人型とかにしたがってて……、ああ、どちらかといえば本職の人にそういうのはやめた方が良いと、そんなコメントをお土産にしたかったんですが、そういうのは、できちゃいますか」


「おお。できるできる。人型だったら、ここの辺りにズバッと切れ目入れて、ほら、切腹スタイルみたいな綿の出し入れできるよ。綿が古くなった時とか寄っちゃった時。ああっ、……思いついちゃった。綿を抜いたら中に入れるようにしたらどうかな?寝袋、みたいな。若い人とか、そういうの好きでしょ。あの、なんてんだっけ、レバー、レバー……しぃ」


「リバーシブル?いや、そこまでは……。中に入ろうとかそういうのはさすがにしないと思うんで、大丈夫……、いや、……するかな。するかも知れないのか。なるほど、そしてあの、じゃあ、他の、何かアイデアとかアドバイスとかは、ありますか?」


「リバーシブォゥね。ふぅ……、人型は良いけど、けどねぇ、前面にファスナーがあるのはちょっと邪魔かな。ああいうのって上から布被せてもゴツゴツするから。でも、円筒形の枕で良いならもう、正直買った方が安いよ」


「なるほど……。そうですか」


「チャックが邪魔になるのはねえ。一回、私もあったんだぁ、そういうことが。いや、一回じゃないな。何回もあってねえ、朝起きたらなんか顔に擦り傷みたいなのできてるんだよ。寝てる間って全然気づかないんだなぁ、あれって。原因不明の病気かなんかかと思ってたんだけど、実はチャックにやられてたんだぁ。ない?そういうこと?チャックはね、顔のつくようなとこにしない方が良いね。るろうに剣心って分かる?あれみたいになったことあるんだよ。るろうに剣心って私の姪が好きだったんだけど、ああいう感じの跡が残るんだチャックが当たって寝てると」


「そうなんですか……。じゃあ、顔周りにチャック配置しないように言っときます」


 確かに抱き枕にしろ何にしろ、おそらく既製品を買った方が安くて早くてしっかりしてるものだろう。よほど奇抜なものを作り上げるチャレンジャーか、偶然にも裁縫マイブーム到来の人でなければ、わざわざ材料から揃えて手間暇掛けたりしない。


 そういう意味で、その材料を取り扱うこのお店の店主は、どうやら相当暇なようではあった。


 ぬいぐるみなどもやはり手作りというのは敷居が高いようには思う。手編みのセーターやマフラーなどもよほど情熱がなければ取り組もうとは思わない。


 まあ、とにかく俺が珍しい客だったようで、とうとう手芸にも枕にも関係のない、家族の……いや、家族の隣に住んでる他人の話が始まり、オチがないことが途中で分かるエピソードを延々といくつも聞かされ、そして最後にはこの店主の歩んできた人生への感想とこれからについての助言を求められてしまった。俺のような若造が、シンキングタイムもなしにそんな大した答えが出せたりしないと思うんだが……。


「その……。好きな仕事をしてらっしゃるんですよね。それがまず羨ましいことだと思いますし、まあ、良いものができるかどうかは色々と、風向きというか、そういったものもあるんじゃないですか、ね……」


「やっぱり作る側が幸せ絶頂の時は、良いものができるんだけどね。そうそう。抱き枕のさ、そりゃ、目的みたいなのって、こう、まあそういう癖の人もいるんだろうけど、あれないと寝れないって人は寂しがり屋なんだろうかなとも思ったりするんだよ。いるでしょ、そういう人。私とか普段全然抱き枕使わないんだけど、娘の家行って戻ってきたら、抱き枕ないと寝れなくなってるんだ。寂しいのかなあ、私は。そんなつもりはないんだけど、落ち着かなくって抱き枕使うこともあるよ、娘の家行って帰ってきた時なんか。それとね、もう一個あったわ。嫁とケンカした時もそういう感じだしねぇ。ケンカっていってもさ、もうこの歳になってだからそんな大きなケンカじゃないんだよ。花屋の奥さんとウチのがなんか世間話のついでにね、色々話してて……」


 客商売をする個人商店などは、やはり人好きが飛び抜けるものなんだろうなと、そんな感想を抱いた。コンビニのアルバイトの店員などであればさすがにこんなふうに個人的な話を持ち出してくることもないだろう。


 俺はもちろんその愛嬌たっぷりの接客ぶりに尊敬やら羨ましさやらを感じたが、おそらく一般的なことをいうなら、好みは別れるだろう。俺たちの店長と同じように、営利度外視で趣味の店をやっているならそれはそれで楽しい店だ。


 ただその店主は、俺が心配をしてしまうほどに、「枕はこれが良い、これをやるならこれがいる、これはタダで良い」などと気前良くあちこちを指さし、当初の枕予算を遥かに下回る金額を提示した。


「今言ったの全部で二千円でどう?」とのことだ。


 必要そうなものを最初に値札確認していた俺などからすれば、さすがにその申し出を受けるのが躊躇われた。「いや、じゃあ五千円で」と折衷案を提示したつもりだったが、その店主は渋い顔をして「二千、八百……、六十円どう?」と再度問うた。何故俺が安さの心配をしなくてはならないのか。


 ともかく、電卓を叩く様子すらなかったから、その金額の算出根拠も不明だし、二千円という最初の提示がお釣り計算するのが面倒くさいからという線も消えてしまった。元々の値段が値引くのを前提に付けられたものだとしても、それが仕入れ値と釣り合っているのかよく分からない。


「じゃあ、三千円で、どうですか?」


「三千円、んんー、三千円分かったそれで良い。三千円ね、まあ確かに生活とかあるからね。ああー、しまったしまった。またお客さんの時間取っちゃった。悪いねぇ、若い子見るとやっぱり色々考えちゃうんだ。私も若かったらとか、この子は将来どうするんだろとか。なんかでもやる気出てきたなぁ。これはそうだなあ、昔私の作った思い切ったもの並べちゃおうか。いやね、私もものの作り方とか知ってなきゃならない立場だから、色々作ったりはしてるんだよ。でも嫁が変なの売ろうとするとすぐ怒るんだよもう。でもそうだ、お客さんが作ってるってのに、私が作らないんじゃ話にならない。して、ほら、棚空けるからってのもなんだけど、君と話してて良かったわぁ、ありがたありがた。ここのちょっとずつ残ってる布とかサービスしちゃう。練習用にね、使ってみてくれると良いよ。ファスナーもね、これホントは違うやつにつけるやつなんだけど、ほら、正直ファスナー買う人とかいるわけないでしょ?こんな長いの誰が買うのこれ。これとかもあげちゃう。それこそ抱き枕作るとか言い出す人しか欲しがらないんじゃない?布とかそれ一色で良いの?あと……、そうだなあ、これとこれ、はいらんなあ。とりあえずいらんやつ全部入れとくね。君は特別扱い」


「え……、いや、そんな。一杯貰っても悪いし、代理で買い物してるだけで俺はその、そんなに情熱を傾けてる将来有望な枕創作職人になるとかそういう期待もないですし、……それこそ、作る当人も、下手をすると大変なものを作って無駄遣いになる可能性もないことないから、……そんな、特別扱いをされても」


「布ってだけじゃあ意味がないんだなあ。これがずぅっとこの先ここで売れないまま置いとかれてるくらいなら、役に立つものを、失敗でもいいから作って貰うのが大事だよ。手作りってのは心こもるから、買っただけのものと違って大切にして貰える。今考えてみると、私が店やっててね、そういうのが出来上がるのが楽しみだったのかなぁ。娘とねぇ、昔作ったぬいぐるみがあるんだけど、それはもう十回以上直したりしてんの。捨てられないんだ、心がこもってると。そういうのを、君か、いや君じゃなくてもね、誰かが作ってくれると良い」


「俺はその、代理、代理、だったんですが、機会があれば作ってみようかな」


 どしりと紙袋を二つ目の前に置かれた。心情的にはかなりご遠慮させていただきたい。もの作りの楽しさを分かって貰いたい店主の気持ち、を、俺はどう受け止めれば良いのか。実際作るのは陽太だが、人型の抱き枕など、下手をすると悪ふざけなのかも知れない。


「兄さん、遠慮が美徳じゃないよ。受け取ったものを粗末にしないのがホントにできた人間だ」


 そっちなんだ。むしろ俺が心配してるのは……。


「じゃ、じゃあ、いただきます。遠慮なく。ちゃんとしたのを作れるように努力しろと、伝えておきます」


「ああ、こういうのって自分で工夫するのが楽しいもんだけど、分からんってなったらウチ来てくれて良いからね」


 そそくさと財布からお金を取り出し、紙袋を両手にして店主に一礼して店を出た。「はーいありがとさーん」と明るい声が響いている。


 ミーコはきちんと座ったまま動かずにいてくれたようだ。しかし、……荷物も、精神的プレッシャーまでも重い。陽太には事情を伝えて真面目に取り組むようにして貰わなくちゃならん。もし陽太が乗り気ならこの店を教えて店主と協力して究極の抱き枕的なものを作ってくれることを望む。


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