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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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六話③


「行きたくなかったりするか?」


「元々別に、私もアンミも出掛ける必要はないでしょう。私は服を選ぶセンスがないと言ってるんだから、あなたが好きなように買ってきて着替えさせてニヤニヤしてれば良かったのよ」


 この段階に至ってもやはり行きたくはないのが本音なんだろう。服を買ってやるという部分に関しては譲歩してくれるようだが、下手に悪材料を出すと、行かないという結論を引き出してしまいそうだ。


 一応仮了承はして貰ってるわけだし、アンミがミーシーを誘っているわけだから、そう無下な言い方はしないだろうが、行くべきでない理由が出てこないように慎重に話を進めていかなくてはならない。ミーコ同伴の説明はタイミングを計ろうか。


「仮に、一緒に買い物行かないとしたら、俺が買い物してる間、二人は家で何してるんだ」


「輪ゴムで綾取りしてるわ。あと、輪ゴムを何個も繋げてすごい長い輪ゴムを作るわ。ホッチキスもあるでしょう。ホッチキスの芯をカチャカチャカチャカチャやって、それを繋げてネックレスみたいなものも作るわ」


「…………忙しそうだな」


「もう折り紙もしましょう。一枚一枚丁寧に筆ペンで写経して、少しずつ床に敷きつめていったら、一日じゃ終わらないしとてもじゃないけど、……買い物に出掛けてる余裕がないわ。…………。……アンミ、もう私が思いつくのはこれくらいしかないのよ。可哀相でしょう。一人でやってたら相当惨めでしょう。アンミもこっちに付き合ってちょうだい」


 幸いなのは、ミーシーが家で過ごした時にする遊びというのをそれくらいしか思いつけなかったことか。そんな残念な遊びをしているくらいなら外に出て買い物して気分転換の方が良い。


「アンミも嫌がるだろう、それは……。仮に二人でやっていようが結局意味が分からない遊びだ」


「でも、ミーシー、買い物に行けば良いのに。ミーシーが言ってたの、明日でもできる。健介、今日買い物行きたいんだよね?」


「今日……、今日じゃなきゃ絶対に嫌だとは言わないが、俺は今日買い物に行くつもりでいるし、二人で留守番して暇してるくらいならちょっとした気晴らしのつもりで出掛けるのも悪くはないだろう、と思っている。あと、優先度的なことをいうなら明日とかもそんな遊びはしなくて良いと思ってる」


「そうね」


 ここには反論するつもりもないようで、短い返事が戻ってきてくれた。


「二人でその意味が分からん遊びをやっててくれということにするとな、俺の方がもっとセンスがない。しかも、俺は男なのに女性服の店か、そういう一角に入らなきゃならんし、それはあんまり他の女性客とかが、な?それに」


「それは女装す……、そうね……」


「一旦言い掛けたならせめてちゃんと言い終えて、それを撤回してから納得してくれんか?あとな、その、ミーコも楽しみにしてるみたいで……、行きたいと言っててな、トラブルがあるかも知れんだろう。すまんが、お前を頼らせてくれ。ちょっと、できるだけ長めに予知して、俺たちの後を追い掛けてくる奴がいないか警戒して欲しい。そういうのがいるようならそのきっかけになる状況を先に潰さなきゃならない。お前が一緒じゃないと不安がある」


 ミーシーから強い反対意見は出なさそうだったし、アンミも味方してくれている。差し込むならこんな塩梅が良いだろうと思った。


「そうなのよ……、それを。……?」


 茶碗と箸を手にしたまま、ミーシーは一度だけぴたりと動きを止め、きょとんとした表情で俺のことを見つめた。


「誰が?誰を?」と、短く疑問を口にする。


 ミーシーから説明を求められることなど珍しい。ミーコの買い物付き添いはミーシーの予知頼みになるということを、さも今気づいたかのような口ぶりだった。


「マスコミとかが、俺の家の猫を……。追跡しないか見てて欲しい。喋るだろう。バレたら見せ物か実験動物になりかねないだろう」


「そう?なのよ?……ん?いいえ?何言ってるのか分からなくなったわ。ああ、ミーコがあなたと喋っててあなたが見せ物小屋?に入るとかなら分かるけど、あの猫はバレたりしないでしょう。いえまあ、猫と会話できると思い込んでる男というのは見せ物としても微妙でしょう、単にあなたが窓とかがない妖精の国株式会社に終身雇用されるだけだと思うわ」


「俺も、身代わりには、なりたくない。だが、ミーコはもう完全に出掛けるつもりでいるし、どうやらかなり、買い物に行きたいみたいだ。そこはミーシー、すまないが俺とミーコを助けると思って一緒に来てくれ」


「ミーシー?買い物行こうよ。ほら、折角ミーシーの服買って良いって健介が言ってる。ミーシーが予知してくれたら、なんにも心配ない」


「はあ……。こんなやり取りしてるのが疲れるわ。アンミもあなたも少しは察しなさい。強情過ぎるでしょう。予知る必要があることしでかすくらいなら家でゆっくりしてたら良いでしょう」


「じゃ……、じゃあ、あれだ。俺が細心の注意を払おう。ほら、それなら別に予知なんかしなくて良い。お前は自由に好き勝手に好きな服を好きなように選んでくれて良い。ミーコはどちらかというと俺についてくると言っているし猫一匹の安全管理など、さすがに俺にもできることだろう。あいつも賢くて聞き分けが良い方だとは思うから、な」


 せいぜい俺が譲歩できるのはこの程度だ。それで嫌だと言われたらもうそれまでの話ではある。


「えぇっと、ね。ミーシーがもし買い物に行ってくれるなら私は留守番してても良いよ?さっき言ってたの作ってても良い」


 ただしといって良いのか、正直なところこれはアンミ主導のミッションであって、こうしてさりげない様子を装ってなのかナチュラルになのか、最強の切り札をトンと一言置くだけで細々した部分は軽く吹き飛んでしまう。


 俺がミーシーの立場だったら、そんなカードは反則だと異議を唱えたに違いない。さすがにミーシーが可哀相になって『じゃあ俺が留守番でも良い』と言い掛けるところだったが、まあそれも何ら効力はない。


 なにもミーシーは留守番役が必要だとかホッチキスでネックレスを作らなきゃならないからと買い物を渋っているわけじゃないだろう。


「猫は心配ないと言ってるでしょう。アンミが留守番してなんの意味があるのよ。分かってるわ、行かざるを得ないわ。条件を出しましょう。散歩がてら出掛けるから道順は私が決めるしそれに口出ししないでちょうだい、バスにも乗らないわ。昼食までに家に戻るからあちこち行きたいと文句を言わないでちょうだい。あなたは、あれでしょう。どっか一人でぶらつくわけでしょう。くれぐれも知らない人についていったり迷子になって時間を食わないようにしなさい。あと、絶対に、……アンミもよ?絶対に駅の方面に勝手に行かないでちょうだい。じゃあ九時から出発にしましょう」


 買い物の話題というのはそこで終わりのようだった。最後のアンミの一言が功を奏したというか、有無を言わせなかったがために、こうして買い物予定は正式に受け入れられることになった。


 一応は全員の合意にはなる。話も一段落して朝食に注意を向けてモグモグ箸を進めて茶を飲み干した。飯を口に運び始めるとすぐに栄養が体を巡っていくようで、心もゆったり安定して幾分かは楽観的に考えられるようになった。


 まあ俺もミーコの心配はしてやらなきゃならないし、ミーシーも全員の団体行動を監督しなきゃならんが、それでも女の子にとって、服を買うのは楽しいイベントだろうと思う。


 ミーコも首輪を楽しみにしているというようなことだったから、俺自身の買い物はともかくとして、皆満足して帰ってこられる。


 ミーシーは買い物出発時間を九時前後に指定した。店が開くのがそのくらいの時間なんだろう。アンミは朝食後からせっせと仕事を始め、どうやら出発までの間に昼飯の下ごしらえまで済ませるつもりでいるようだった。


 ミーシーはアンミの様子をぼうっと眺めながら物思いに耽り、時折ぽつぽつと朝食の感想を漏らしていた。


「ごちそうさま」と言って皿を持っていき自室へと戻った。


「お前も朝飯食うようにしたらどうだ?」


「私は元からずっと一食で済ませてるし、あんまり、動く前とかに食べようと思わないニャ。本当にどうしてもお腹空いて仕方ない時か、後はごろごろしてるだけで良い時に食べるようにしてるから、朝御飯は当面遠慮させていただきますニャ」


「昼は焼き鮭みたいだぞ。大好物だろう。塩鮭じゃないからお前の分もある。丁度よく四切れあるみたいだしな」


「私は魚も肉も平等に美味しくいただくニャ。だから、別にそんなに焼き鮭が大好物ということもないニャ」


「そうか。……まあ、ただ、四切れを三人で分けるより、三人と一匹で消化した方が良いかと思ったんだが。じゃあ鮭、夜にして貰うか」


「いや……、いや、用意してくれたなら食べるニャ。食べる予定ではいるけど、また昼からも散歩出掛けるかも知れないニャ。そういう場合もあるし、やっぱり基本的にご飯は夜だけで大丈夫ニャ」


「無理には勧めないけどな。どうしよう……、ミーコ。俺はまた九時まであの……、暗黒ブックを読んでようか。超人類読み終わっちゃったし……。船上の一匹を読むべきか?あれ、一回お前も読んで解説してくれたりしないか?もう正直終わり掛けだが、俺の理解力の問題なのか話の展開に納得がいかない。一人しか死んでないと思ってたら、いつの間にか四人死んでいた。なんか本を開く前にちょっと勇気がいる。また、最後の最後に勝手に増えてないかなと疑心暗鬼にさせられる。また増えてないかな……、怖いな。増えてたらどうしよう」


 早起きすると朝の時間も長く感じられる。何か程よく時間を使えそうな用事がないかを考えてみると、読み掛けになっている本なんかが候補に浮かんでくる。だが、読みたいという気持ちにまではならなかった。


「それもう読むのやめるニャ。もう全部忘れて、なんならもう一回超人類読んでたら良いニャ」


「それはそれで苦行だろう。読む度に読解力が上がって、俺が超人類に近づいていってたらどうする。苦笑いして読むくらいの一般人でいたい。さすがに一回読んだら、次に読むのは五年後とかで良い」


「じゃあ、……なんか昔読み終わった本探すニャ」


「いや……、駄々っ子みたいなこと言ってるかも知れんが、読み掛けなのが気持ち悪かったりするんだ。いや、読んでも気持ち悪いが、どんなつまらなくてもちゃんと読むことにはしてる。なんか他に読み掛けがあれば絶対にそっちを読むに決まっているわけだが、暗黒ブックだけが俺の目の前に残ってる。暗黒ブックだから読み掛けで放りたいのに、暗黒ブックを読み掛けにしておくと呪いとかそういうのが……、何かしら災いが、起こりそうじゃないか?読み進めていくと、どんどん不安が積もっていくような、そんな本なんだ、あれは。回想編が用意されるんだろうと決めつけていたが、それがな、配分から考えるとそれはもう……、期待できるかどうか。……俺以外は、登場人物がな、全員事情を知ってるふうだ。俺だけが置いてけぼりで、なんというか、孤独感まで与えてくる」


「それもう既に呪われてるニャ……。忘れるか捨てる決意ができるようになるまで新しい本買い続けるしかないニャ。今日出掛けるまで本を読むの我慢して、すぐ読めそうな本何冊か買うと良いニャ」


 言われて、そうしようとすぐ決めた。俺の記憶を上書きしていけばいずれ暗黒ブックのことは忘れられる。この世にいくらでも本などあるのだから、さっさと見切りをつけて呪いを解くことを優先すべきだと思った。きっと何冊か読み終えれば、これなど読了済みに混ぜてそっとどこかに隠すなり、雑誌と一緒にごみに出してしまうことだってできる。


「じゃあ、それも追加か。昼飯までに必ず帰宅となるとじっくり選んでいるような時間はないかも知れんな。まあよほど運が悪くなければ、適当に選んだ本で十分楽しめるものだろうが」


 掛けてあった上着を手に取り財布をポケットへと突っ込んで、あと、栄一さん二人を引き出し預金から取り出して、もう一つ別の財布を用意しておく。いつお呼びが掛かってもすぐに出発できるようにだけ準備を済ませ、他は特に何をするでもなくただぼうっとして時間を待った。


 下では二人で協力して料理をしているのかも分からんし、いつも通りアンミが一人で料理をしているのかも分からん。どちらにしたところで、声が掛かるまでの間、俺はゆっくり自室でくつろぐつもりでいる。


 ミーコにどんな首輪が似合うものかというのをぼんやり考えてみたりもするし、あるいはアンミやミーシーがどんな服を好きになるのかも考えてみた。


 はっきりいって人の好みなど俺に分かるはずがないが、でも、似合うであろうイメージカラーであったりとか、あるいは全く似合わないジャンルの排除などはできるだろう、……と、思っていた。


 髪の色合いなんかはまあそれぞれ、ミーコはともかく他二人は地味な感じはしない。どうだろう、はっちゃけたパンクな服装なんかが意外と似合ったりもするかも知れないか。ロックミュージシャンのボーカルのような格好を完全には排除しきれない。


 こんな片田舎にそう突出した一般向けでない商品ラインナップがある期待も薄いだろうが、まあ、それらしいアクセサリくらいは、取り扱う店があるのかも知れない。電車に一人で乗ってはならない小中学生などはここらの近所でそれらを見繕うはずだから、全くニーズがないわけでもないはずだ。


 あれこれ想像の中で付け足してみたところ、自分のそのコーディーネート能力というのが、もはや壊滅的で、どこをどうすると良くなって、どこをどうすると悪くなるのかがひどく曖昧になっていく。


 せめてミーコくらいだ。色をどうすれば良いか考えられたのは。


「ミーコに首輪……、そうだな」


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