五話㉔
「あっ、もしかしてミーシーのために考えてくれてる?なんか退屈じゃなくなると良い」
「そうだな。それなんだが、例えば料理はアンミがベストな配置だとして、掃除とか……、掃除ももしかするとアンミほど几帳面な人材じゃないかも知れないが、掃除に関しても、もしかするとアンミがベストな配置だとして、洗濯物……、は難しいか?どうだろうな。俺はそんなにこだわりなんてないが、ああいうのってシワにならないような技術が必要だったりするか?そうだ、最悪、な?お風呂は誰が沸かしても同じだ。お風呂は、いや、……あいつイタズラしたりしないよな?この季節に水風呂とかはちょっとシャレにならん」
ああだがこれはもしかすると、順当に、アンミがやった方が良いから、アンミがやってるんじゃないだろうか。俺の中でミーシーへ仕事を割り振る基準が、妥協できるかどうかで決められている。
アンミの方が上手にできるから、アンミへ仕事が、自然と集中していった、のなら、その体制に逆行して無理をすると何かしらは歪みが出る。
「健介がもしミーシーのこと心配なら一緒についてやってくれると一番良いと思う。それでね、それにね、ミーシーはなんでもできるから」
「なんでもできるのと、やるかどうかは……。質の問題も、いや、そうだな、俺はミーシーに仕事を割り振って貰おうと思って……、たんだ。そうだ。できるだろう?だから、やりたいと言う分には本人のやる気を損なわないようにフォローしようと思ってた。アンミは……、なんか、これは自分がやるべきだと思ってる仕事はあるのか?」
当然、あるだろうと思っていた。当然ある上で、ちょっと遠慮してなんでもやってくれて構わないと言うだろうと思っていた。
「ううん、全然。ミーシーと健介が全部やってくれるならそれが一番」
その返事と、浮かべた柔らかい笑顔というのはとんだ肩すかしで、どうやらアンミは譲るラインを話し合うつもりすらなさそうだった。もし俺とミーシーとでこなせるのならそれが一番だと、言葉通りならそう思っているらしい。
「そっ、か……。あれ。そうなのか。全部は今の段階では難しいかも知れんが」
「あ、別に全部やって欲しいわけじゃないけど。やりたくなったら教えて?私も必要なことあったら手伝うことにする」
「なるほど、……なるほど」
一件落着ではあるが、果たしてそうすると、ミーシーの言い分は一体なんだったのか。俺が介在したせいでアンミの意見が変わるなんてことはないように思う。
俺も少し立場を考えて双方に不満がないように調整を心掛けてやるべきだが……、とりあえずアンミの表情などを観察する分には確かに、言われてみれば、仕事を奪われて寂しそうに、見えなくも、ない。そういう声を出しているようにも、思えなくは、なさそう。
気のせいかも知れないが、こういう感じで後ろに立たれていたら、やりづらいと言えばやりづらいのかも知れん。
「例えば、俺が料理、今交代してくれと言ったら、さすがに嫌だろう?」
「え?嫌……?今?なんで?」
「例えば、アンミが下ごしらえした料理を、アンミが折角均等に切った野菜とかを俺がいきなりみじん切りにしたら、そりゃ嫌だよな?」
「嫌というか、びっくりする。どうして?」
「どうして……?いや、俺もどうしてかは分からない。なんか衝動的にやりたくなっちゃったということだろう」
「やりたくなったならやって良いよ?」
「例えばの話だがラスボス前のダンジョンでセーブしておいたゲームをお兄ちゃんが勝手に進めて、しかも全滅してたらそんなの嫌に決まっている。アンミは遠慮して、そういうのを嫌と言えない可能性がある。ちょっとでも嫌なら嫌だと言ってくれた方が良いんだぞ。何も無理に要求を押し通したいわけじゃないんだ」
「健介がやりたくなったのなら全然良い。ミーシーがやりたくなっても良い」
「分かった。なら、……そういうことなら。アンミ、まあ、風呂を沸かすのは任せろ。俺とミーシーに、任せろ。一日交代で風呂を沸かすことにする。どうだ」
「ありがと、健介。今いないけどミーシーにもありがと」
「俺とミーシーに任せておけば、風呂のことは何の心配もない」
「うん。すごく助かる」
「そうか。まあ、そこまで、そんなに助かるかどうか……、まあ精一杯やろう。アンミは引き続き料理を頼んだ。料理ができたらまた呼んでくれ」
「分かった」
結局話してみたところで、アンミから不満の一つもでなかった。下手をすれば料理ですらやって良いよと言い出しそうだった。ということでこれはおそらく、ミーシーの一人相撲というか、被害妄想というか、たまたま今日、運が悪く上手くかみ合わなかっただけなんだろう。
……が、台所を抜けて洗面所の方へ視線を送ると、ミーシーは小さく背を丸めて体操座りをしていて、多分お湯が溜まるのをそうして待ってるんだろうが、一秒、二秒、俺が声を掛けようか悩んでいる間、ぴくりとすら動かなかった。
無機物になりたいと強く願っていなければあんなポーズはしないな。後ろめたさを感じながらも見なかったことにして、二階へと上がった。
「ちょっと声掛けられる感じじゃなかったニャ」
「今はとりあえず、放っておいてやるのが正解だろう」
「なんか悩んでるみたいだから、健介、慰めてくると良いニャ」
「はは……、おいミーコ。じゃあ、まずはそうだな。その悩みとやらを聞いてきてくれ。そして俺の出番かどうかを考える」
「なんニャ、それ。一休さんかニャ?逆ならともかくちょっと私は近寄れる状態じゃないニャ」
ミーコも出動拒否か。なら残念だが自然回復を待つのが良い。悪化しないようにだけ祈っておこう。
「あ、そうだ……。そうだった。ああ、ミーコ。俺、明日も出掛けようかなと思ってたんだが、これもマズイかな。ミーシーの言う通り俺がアンミから特別扱いをされてるとすると、……俺がいないことによってミーシーがまあ、なんだろう、そんなことあるのかな。飯を作って貰えない質素な生活を強いられてしまうかも知れない」
「明日からはミーシー手伝っても大丈夫ということニャからご飯は多分大丈夫ニャけど」
「俺も明日は別に丸一日家を空けるつもりじゃないから、ご飯は通常通りで構わないんだが、多分このままだとアンミも普段通り仕事をしてしまうだろう。ミーシーが不満そうにしてたら間に入ってやった方が良いのかも分からんな。何が不満なのかもいまいち分からんが、ちょっとはご機嫌取ってやらんと……」
「ご機嫌は取ってあげると良いニャ」
ミーコにとってはまるで他人事か。愛くるしい猫の姿をしている私が率先して癒し効果を与えてくるニャとでも言ってくれると非常に助かるところだが、どうやらそんなつもりもなさそうだ。
「一応、二人の動向は観察しておこう。アンミも人のことは心配するのに、自分のことはちょっと無頓着そうだからな。俺とミーシーが仲悪いより、あの二人の間で波風が立つという方がよりよっぽど居心地が悪い」
「空気悪くならないように努力して欲しいニャ」
「お前も我が家の一員であることは忘れるなよ。仮に俺が出掛けてもだ、お前がちゃんと二人の間に入って調整役をしたらどうだ」
「心外ニャ。私も家とか健介とかに問題起こらないように頑張ってはいるのニャ」
「まあ責任を押しつけ合っても仕方ないな。協力してくれ。家とか俺とかに問題が起こらないように」
「それで、健介は明日も出掛けるニャ?どこ行くニャ?」
「商店街方面に出掛けるつもりだった。急ぎじゃないが、綿と布とポニョを手に入れないとならなくなってな……。まあ、急ぎじゃないんだが」
「そしたらまずはアンミの……」
バタンと、小さくドアの閉まる音が聞こえてきた。俺もミーコも一瞬だけ呼吸を止め、ドアを注視する。多分ミーシーが部屋に戻った音だろうが、まあ、大丈夫だ。俺の部屋は現在閉め切られている。そう大声で話していたわけじゃないから内容までは分からないだろう。
「…………。まずは、アンミに話して、一緒に出掛けることにしたら良いニャ。アンミ誘ったら、アンミはミーシーと行きたいって言うはずだし、一応様子だけ見て、健介その先で別行動して布と綿とポニョ買ったら良いニャ」
割とシンプルな解決策が提示された。俺が買い物に出掛けたくて、それでいて二人の様子も気になるなら、いっそ一緒に出掛けるという選択肢がある。特に不都合は……、ないかもな。
「まあ、ミーシー次第だな。すんなり行きたいと言ってくれたら簡単だが、遊園地も行くまで結構渋ってたし。俺も一応タイミングは考えるが、断られたら、まあ、留守番と監視員はお前に任せることになる」
「だからまずアンミ誘ったら良いニャ。アンミがある程度ゴネてくれたらミーシーも行かざるを得ないニャ」
「……それこそ、どうだそれは。アンミは三人で行きたがるかも知れんが、不穏な構図にならんか?ミーシーがアンミに文句を言えなくて現状、なんかこういうことになってるんだと思うんだが」
「…………。仲直りのきっかけを作ってあげると良いニャ。二人を買い物に連れ出して、お小遣いでもあげて、服でも選んでて貰ったら良いのニャ。健介はその間に自分の買い物したらどうかニャ?健介が今後色々調整するにしても、ちょっとご機嫌取っておいてからの方がすんなりいくはずニャ?」
「服……、そうか。足がなあ、寒そうなんだよな。まあ……、そうだな。服でも買っててくれと言って断られることもないか……」
「ミーシーが断るなら健介もしばらく買い物中止して家にいたら良いニャ」
「多分、服は必要だろうし、二人で楽しく買い物してれば、……良い気晴らしにはなるかも分からんが」
そうなると良いなと思いながら、きっぱりと決断はできなかった。
「なると思うニャ」
「でも俺は服を選んでやれるようなセンスはないし、……服を見て回るのは二人でやってくれると良いな。俺の方の買い物も二人にとってはつまらんもんだろうし」
「健介は何もずっと二人のこと見てなくちゃならないわけじゃないニャ。女の子の服分からんと言って途中でどっか消えたら良いニャ。今回はちょっと様子を見て、バランスを取って、楽しいイベントを用意してあげて、少し良くなったところで、一つずつ一つずつ、調整していくと良いニャ」
「まあ、そうかもな」
「アンミに家の仕事全部やって貰ってて、ミーシーに遊園地連れて行って貰ってて、健介も今のところそんなに貧乏じゃないのなら、きらきらな服着た二人を眺める代金だとでも思って財布渡したら良いニャ」
ふむ……、別にケチなことを言うつもりはない。お礼というのだってそう不自然なことでもない。
まあただ、いやに……、説得に掛かるなミーコは。俺が反対意見を述べたり、消極的な姿勢を見せる前から、もうそうするのが正しいと決めて理由を並べている。
「分かった。ちょっとその辺りを探ってくる。この作戦はまずアンミが出掛けると言わなきゃ成り立たないし、ミーシーが強く反対するようなら中止だ」
「健介が単に服買ってくるのじゃ意味ないからニャ?その辺りよく考えて誘ってあげて欲しいニャ」
一つ深呼吸をして、ゆっくりと立ち上がり、自室を出た。いざという時にミーコが駆けつけてくれることをほんの僅かばかり期待して、ドアは少し広めに開けておいた。
想定問答を繰り返しながら階段を歩いて、台所にまで辿り着く。料理を継続中のアンミが、くるりと振り返り、「もうできるよ」と料理の完成を告げた。
「アンミ?少し、気に掛かったことがあるんだが」
「うん」
「寒くなってきただろう、季節的に。それにこれからも寒くなる。温かい服というのが、あった方が良い気がするんだ、お前も、ミーシーも」
「そう。でもね、聞いて?健介。寒い季節なのに、この服あったかい」
「…………。いや、足は寒くないか?それに加えてミーシーも寒かったりしないか気になってな」
「外出ると寒いかも。ミーシーはでも多分全然平気。雪とかがすごい好き」
「外出ると……、そうだな。外に出ると、まあ寒いわけだ。なる、ほど……。だが、それ本当に、本当にあったかいか?」
「健介、着てみる?これ、ずっとお気に入り」
「お気に入りか。なるほど、なる、ほど。お気に入りということは、他にもっとあったかい服があったとしても着ないとか、それくらいのお気に入りか?」
「どうかな?洗濯してる時もある」




