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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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五話㉓


「ただいま」


 家のドアを開けるとミーシーが居間から顔をこちらへ向け「おかえりなさい」と声を返した。


「アンミは?調子どうだ」


「さっきからあっち行ったりこっち行ったりしてるわ。ご飯作らなきゃ、洗濯しなきゃ、お風呂用意しなきゃ、掃除しなきゃ。今、どれからやろうか悩んでるわ。そして、ご飯を作ることになるわ」


「そうか……。今日一日休んでたのか」


「あなたがいなくて寂しかったんでしょう。アンミ、起きてからもずっとぼうっとしたままだったし、昼御飯も残り物の饅頭おかずにご飯食べたわ」


「……アンミが無理でもレトルトあったろう。肉焼くだけでもおかずにはなるだろう。本当かそれ」


「自由にやって良いならそうするけど、私が微妙な立場でやりづらいのよ。アンミはぼうっとしてるし、やらせるわけにはいかないでしょう。私がやるとアンミが自分の仕事なくて残念がるでしょう。あなたが帰ってくると言ってあげてようやく動き出したのよ」


「そんなこと、なくないか?なんか、昨日俺が皿洗ったのとかも文句言われたか?アンミが不調ならお前がやってやれば良かっただろうし、それをアンミが文句言ったりしないだろう」


「私がやるとアンミは寂しそうにこっちを見てるわ。あなたが私だったらさぞやりづらいと思うわ」


 本当かどうかの証言を求めようと足元を探したがミーコは既に姿をどこへやら隠してしまっていた。ミーシーの言う通りなら相当に破綻した昼御飯になっていたわけだし、まあ確かにそんな昼御飯ではおしゃべりも盛り上がりようがない。


 とはいえ、ならばだ、なおのこと、ミーシーの助力しなさとアンミの助力の求めなさは異常だ。饅頭をおかずにご飯など頑張って回避しようとするはずだろうに、どうしてそれが予知されながらも現実になってしまうのか。


「何故そうなるのか全く理解できない。本当に心当たりないのか、お前が仕事してアンミが酷い目にあったトラウマがあるんじゃないのか」


「あるわけないでしょう。やらないようにしてるわ、ずぅーっと、ずぅーっと、アンミがやりたいと言った家の仕事に私は一切手を出したりしないわ。そして、昨日は文句なさそうだったわ。私だって家のことできなくないわと言ったところで意味なんてないのよ。あなたが特別扱いされてるんでしょう。私が饅頭定食を見つめて為す術ないのに、あなたはやっても良いのね。私から羨ましそうに見られながら働きなさい。この際あなたも道連れにしてあげるわ。ちょっとやりづらくなったでしょう」


 足元を探し続けていると階段の下にミーコの姿を発見した。とりあえず一旦ソファから離れてミーコを捕獲しておく。


「ご機嫌、斜めだな。ミーコ、……間に入ってくれ。仲裁をしてくれ。俺はそんなに悪くないと思っているが、ミーシーはだいぶ怒ってるみたいだ」


 俺は極力ミーシーの感情を揺さぶらないようにだけ注意して、俺とミーシーの間にミーコをとんと置いた。


「……無茶言うニャ」


「無茶言うなという顔してるわ。別にあなただって悪いわけじゃないのよ。私とアンミの問題でしょう。あなたを責めてるわけじゃなくて、どうせいずれ指摘されるから自分から言っておくことにしたのよ。ええ、私がアンミの仕事を取るとアンミは悲しそうにするのに、あなたに仕事を取られる分には何も文句がないのよ。でも、仕方ないわ。仕方なく、色々と諦めて、饅頭定食なのよ」


「だそうだ、ミーコ。どうすれば良いと思う?」


「…………私をとりあえずここから逃がしてくれると良いニャ」


「…………」


 ミーコを間に挟んだところで気まずさはあまり解消されない。そしてミーシーも、俺に文句を言いたいわけでも愚痴りたいわけでもなさそうだった。


 俺が仮にアンミから特別扱いされているとして……、俺に文句を言って解決することじゃない。まして俺に至っては、その特別扱いというのが一体何を指してのことかよく分からなかった。ミーシーと俺とを比較して、何かで特別扱いされているという実感がない。


 ここでは、料理をしたいと言い出してアンミから許しが出るかどうかが問題なんだろうか。アンミは自分の体調が悪いのに、助力の申し出を拒絶したりするだろうか。おそらく、そんなことはない。


「あ、健介お帰り」


 アンミが階段から下りてくると、ミーシーはアンミに背を向けるように顔を背けてしまった。ケンカじゃ、あるまいし、とは思うが。


「ごめん。今からご飯作る」


「ああ。俺は?やれることあるか?なんか忙しそうにしてるって聞いたんだが」


「あ。ええと……、今日はもう大丈夫。忙しく、ないよ?」


「そっか。やることあるなら言ってくれ。無理に仕事全部引き受けてくれなくていい。ミーシーもなんかやりたがってたぞ」


「うん。そうなの。えっとね、そう。じゃあねぇ、お風呂まだだから、それお願いして良い?ミーシーとお風呂沸かしてくれる?」


「…………。ああ、分か、分かった」


 ……食い違って、ないだろうか。何の問題もなくアンミは仕事を割り振ってくれる。ミーシーがやっても良いと、アンミは言っている。特別扱いされている俺が聞いたからか。さすがにそんなことないだろう。


「ミーシー、求職中だったろう。風呂を沸かしてくれて良いことになったぞ。そんな毎度は給料出ないが、今回はほら、袋一杯のお菓子をやろう」


 居間で不貞腐れ中のミーシーの横にビニール袋を、置く。一応俺なりに最善手を探したつもりだが、目に見えるほどには機嫌が変わったりはしなかった。首は背けたまま目線でだけちらりとお菓子を見てそのまま目を瞑ってしまう。


「はあ……。そんな気の使われ方すると、心が痛いでしょう……。傷つくでしょう……。なんか、なんていうのか、私の聞き方次第で、……別にお風呂沸かしたりくらいさせてくれるわ。掃除も洗濯もできるし、料理もできるし、それでアンミも文句は、言わないわ。これは……、難しい注文があって私がそもそもアンミにというのは」


「俺経由じゃダメって話か?」


「違うわ……。そういう問題でもないわ。というか私経由であなたでも全然問題なく仕事くれるわ。実際、私がやろうがあなたがやろうがアンミはそれで満足でしょう。今後は全然普通に仕事くれるわ。でも、そうじゃなくて……、今日でしょう。今までやるにやれなかったのも不満だし、昨日は良くて今日はダメだったのも不満だし、これからは良くなったのが不満だわ。本来だったら、今日も今までも私は問題なく手伝ってあげてて良かったはずでしょう」


 ミーシーの言いたいことが全く分からない。今後はできて、今日はできなかったのが不満なのか。今日できなかったという基準があくまでミーシー視点からではあるし、ついさっきのアンミの様子から考えると何をもってできなかったとしているのかさっぱりだ。


 仮に今日はダメだと言われていたにせよ、今後できるのならそれで構わないだろうとも思う。今日は昼御飯を作ったり皿を洗いたい気分だったのにそれを断られる予知を見て拗ねてるのかも分からん。俺は首を傾げるしかない。


 簡単に言うとアンミが体調悪そうにしていて、手伝おうとしたのに予知の中で遠慮されてしまって、結句為す術ないまま饅頭定食になったのが不満だということだろう。


「…………。お菓子いただくわ。お風呂沸かすわ。あなたも悪くないし誰も悪くなくて、私が駄々こねてるというのも分かってるわ。でも報われない気持ちみたいなのはあるでしょう……。かけっこでドベの私が『これが欲しかったんだろう』とかってあなたから金メダルを貰ったらどんな惨めな気分になるか。仕事が欲しいわけじゃないのよ。ご機嫌斜めでちょっと八つ当たりしても仕方ないでしょう。切なさのやり場がないわ」


「ああ……、余計なこと、したんだな、俺は。……まあ、その、……いや、的外れかも知れないが、お前の仕事力が認められてお前が頼られることになる良いきっかけではあるだろう。アンミは、……お前が仕事をやりたくない、と思ってた可能性だってあるわけで……」


「審判が、ちゃんと見てなかった、可能性だって、あるわけで……?もういいわ。すごく傷つくのよ、あなたのそういう慰めは。オリンピックで同じこと言ってみなさい、いくら悪気がなくても治安の悪いところだったらボッコボコボコ、ボコボコにされるわ。ありがとう、お仕事、とても嬉しいわ。それに、お給料まで貰って、もう……」


 相当に落ち込んでいるように見えた。だらりと溶けるようにソファから擦り下がって床に足を着き、手首が直角に折れたまま力なく腕を伸ばしてビニール袋を引き寄せ、ゾンビのように寝返りして体の向きを変える。


 大して重くないはずのお菓子の袋の遠心力に引っ張られるように体を回して立ち上がり、遠目で見ても元気のなさが分かるであろうくらい猫背で風呂場へ向かって歩き始めた。


 飛び火を恐れてだろうが、ミーシーの足が床についたタイミングでミーコの体がびくりと跳ねていた。ちょっと過剰反応ではあるが、もしかして昼からこんな雰囲気だったんだろうか。であれば、ミーコが昼からも散歩に出掛けた理由や、俺がアニメ見てぼうっとしてたことをやんわり咎めた理由にも合点がいく。


 なるほどミーコもこれは気まずかったろう。まあ俺が早めに帰ったところで改善できたかは定かじゃないが、『アニメ見てぼんやりしてた』に文句を言いたくなる気持ちは分かる。


 放っておけばアンミは仕事をくれるようになる。ミーシーが仕事をしたいだけなら、何のこともなくそれで解決だが、一応アンミの方にも聞き取りをしておこうか。


「アンミ?もう、体調は大丈夫なのか?昨日はちょっと張り切り過ぎたかも知れんな」


「うん。もう大丈夫。健介は?大丈夫だった?」


「俺もなんか足がな、ちょっと筋肉痛になってたりする。乗り物でずっと踏ん張ってたからなのかな、ちょっと足がガクついたりする感じはあるな」


「そうなんだ。ごめんね、健介。遊園地楽しかった?行って良かった?」


「アンミはどうなんだ?俺は楽しかったが、どんな乗り物が良かったとかあるか?」


「…………?」


「ほのぼの系が好きなら今度はそういうのが多いとこでも良いだろうし、絶叫系が好きならそういうのが多いとこでも探しておくと良い。また行きたいって言ってなかったか?」


「うん言った。健介とミーシーが楽しかったならまた同じとこ行きたい。ミーシー楽しかったと思う?多分だけど最初、楽しそうにしてたと思ってる」


 ほんの一瞬だけアンミは疑問符を浮かべて俺の方を見た。不思議そうな顔をして言葉を切り手を止めて、その後は少し早口で言葉を続けた。こうして見る分には特に体調が悪そうには見えないし、ミーシーと違って機嫌も損ねていたりはしない。


「ああ、多分ミーシーも満喫してただろう。帰り際は若干遊び疲れてたみたいだが、乗り物を見て回ってる内は割とご機嫌だったはずだ」


「うん。そうだよね。健介、ミーシーと仲良くなった?」


「…………?そりゃ、当初よりは?一応、なったと思うが。そうだ。ミーシーの話なんだが……」


 俺への問い掛けも少し唐突に思われた。俺がミーシーと仲良くしているかどうかよりも、今まさにミーシーが不満そうにしている。ミーシーからアンミへ直接文句を言ったりはしてないということだろう。


 おそらくだが、家事分担は何かしらの理由があってアンミに集中するようになった。もしそれがつまらない誤解やいつまでも過去を引きずった意地の張り合いなら、話し合いで解決できる可能性はある。


 それこそ俺がわざわざ首を突っ込むような部分じゃないかも知れないが、まあおそらく、割合簡単に解決を図れそうだと思えたし、なんなら部外者が客観的な意見を添えてやるのが解決への近道だったりするだろう。


「うん、ミーシーの話?」


「家の仕事をやりたい時があったりするみたいだ。アンミが全部引き受けてる理由ってあるのか?前にも聞いた気はするが、分担制度が偏ってるだろう」


「料理?とかが?」


「家事全般が、だな。料理して洗濯して、掃除して、お風呂沸かしてというのをアンミが担当してるわけだが、他にやることがない。テレビ見るくらいしか時間を潰せない。俺はアンミにな、ありがたいと思ってるが、ミーシーはちょっと退屈してたりするかも分からん」


「うん。ミーシーがもし退屈そうだったら健介が話してくれてたりすると良いなって思う」


「それは、善処するが……」


 ぼかした言い方が悪かったのか、俺の落ち度を挙げられてしまった。なるほど、ミーシーが退屈そうなら相手をしてやれというのも確かに一理ある。意訳するに、ミーシーが退屈そうにしているのは俺のエンターテイナー的な能力が不足していることに起因するのではないかと、反論されてしまった。


 要するに家事を分担するかどうかは関係なしに、俺が悪いと、そう言われている。痛いところを突かれてしまったが、あくまで俺は、それとはこれとは別問題だと思っている。


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