五話⑳
「俺を人間不信にさせるつもりか。騙し討ちする卑怯な奴との同盟など即刻破棄だ」
「そうはいってもな、健介一人でも俺一人でも勝てないわけだろ?共闘せざるを得ない状況になったらもうどちらが先に裏切るかという勝負なのだぞ?そして今後も共闘しなかったら健介もじり貧だぞ?」
「よく考えれば、これはどの道一位が二位三位に対して罰ゲームを命じるルールだろう。ということはお前を勝たせるより俺が勝つより、まだミナコを援護することを約束しておいて三位になった時の処遇を交渉する方が遥かに得だ。仮に二位になったとしてお前を一位にしてお前から一個命じられるより、手心を加えてもらったミナコからの二個の罰ゲームの方が楽に違いない」
これもまた、完全に盤面外の小狡い工作には違いない。だが確かに、俺はちょっと気を緩め過ぎていた。先を見越して備える必要はある。
「な、なんだと?裏切るのか、健介?」
「お前が言うな、お前が俺を裏切ったんだ」
「その裏切り合戦は意味がありますか?二位になりたいのなら、一位の人に協力して二位になった方が簡単だと思いますが」
「よし、峰岸、一緒に、健介を倒そう……。峰岸、そうすれば一位の座は確定だぞ?まあそしてあれだな。俺が協力してやるということは実質一個お願いを使ったということにはなるな」
「いや、ミナコ。こいつはダメだ。裏切る。さっきのを見てただろう。こんな奴じゃなく俺と協力すべきだ」
「けれども、三人で協力していては勝負になりませんので」
あれやこれや、ルールやプレイスタイルを協議したが、結局、他プレイヤーのことは気にせず各々最善を尽くして勝負に臨むようにと、ミナコに諭されてしまった。
そういうことがありながらなお、ミナコが手を抜く様子はない。結局、十戦を終える前にもはや大勢は決しているようで、得点をカウントしていない俺でさえミナコ一位が揺るぎないことを確信している。
どうもゲームの攻略法というのが分からないまま進行したし、三人対戦というのがゲームの戦略性を損なっているように感じている、が、多分実力がこうして順位に反映されるとなれば、オセロと同じように先読みなんかが結果に影響するものなんだろう。
二対二のチーム戦なんかであればもう少し心理戦の要素が強まったかも知れない。そして、最終戦を迎えたわけだが、『もう既に八十一点以上の差がついてしまった』とミナコが発言したことで、ミナコ抜きで二位決定戦をやることになった。
俺と陽太の点差が分からないから、一応最後まで粘って得点を伸ばさなくてはならない。
「じゃあ、僕は見てます。二人の白熱した試合を。どちらも頑張ってください」
そんな応援が外野から聞こえたところで頑張りようもないが、二人対戦であるば何手分かは先を見通しておくこともできる。この十戦目を結論からいうと、俺は負けたが、……なんというか、先読みや推理なども特に有効性がなさそうに淡々と、盛り上がりなく進んだ。
陽太は最後まで一位の座を諦めていなかったらしく、セコイ戦略のために同じ数字を置き続けていた。俺も途中、陽太が何をしたいのかには気づいた。
単純に、……八十一点以上差があるミナコをゲームから退場させておいて、選ぶ数字を、二つとも同じにしておいたということなんだろう。そうすれば最大百六十二点取れるわけだから、まだ一位逆転の目はある。
ただ、心理戦要素が皆無になる加減でか、まあ、……一言でいうとつまらなかった。
「途中で峰岸が『まさかっ!』とか声を上げて焦り始めるのを予定していたのだが、現実はこういう感じになるよな」
「二人でやってて相手の数が分かってると、単なるやりにくいオセロだな」
「さて、では僕から結果発表して良いでしょうか?陽太はその逆転の秘策を用いて最後に勝利したにも拘らず変わらず三位です。健介は二位です。僕は一位です」
「……おめでとう」
「……おめでとう」
「では、第一回マーブルカップ優勝者である僕から二位、三位である健介と陽太にそれぞれお願いをします。ちょっと考える。まず健介の分、そして陽太の一個目の分」
いまいち燃え尽きない勝負の後に、ミナコから俺と陽太にまずは一つずつ罰ゲームが命じられた。
「また、こうやって三人で遊びましょう」と。
まあ、らしいといえばらしい。実質、二位の俺は罰ゲーム免除みたいなものだ。一応「じゃあそうしよう」と了承して、安全圏を確保しておくが、こう無欲なお願いごとでは少しばかり張り合いのなさも感じた。この様子ならもう一個陽太への注文についてもあんまり無茶なものは出てこないだろう。
「なんかもっと罰ゲームらしいのが来ると思っていたのだ。本当にそんなんで良いのか?」
「まあ、……確かに。ちょっとくらいは非日常なお願いでも良いのかもな。なんなら、それはそれとして別の注文をしてくれても構わないぞ」
「いや、俺の場合は一個はそれで消費して貰っても全然問題ないのだ……。撤回禁止だろ、こういうのは。ドラゴンボールのシェンロンなんかは、本当にそれで良いのかとか確認しないでギャルのパンティ用意したりするのだが」
「健介へのお願いごとと陽太への一つ目のお願いごとはそれで構いません。これはこれで大切なことです」
そう言われると、俺のすっぽかし事件が皮肉られているようにも聞こえた。俺はそんなふうに約束しなくても、再会など保証されているはずだと思っている。遊びましょうと突然言い出しても、大概それは叶うはずの願いだった。
なにもわざわざ、口に出して前もって乞う必要がない。であるから、少なくとも俺にとっては絶妙に、罪悪感をくすぐるような文句ではあった。まあ、ミナコがそれで良いのなら黙っておくことにする。代わりといってはなんだが、仮に陽太への二つ目のお願いごとが多少無茶であってもミナコ擁護派でいることにしよう。
「じゃあ……、一個はそれで良いのだな」
「良いですとも。けれど、陽太にはまだ一つ残っています。寒い季節になってきました。布団入って寝る時、最初の内は布団被っていて暑いので僕は空調の温度を低めに設定します。そしたら、朝気づいたら寒いです。気づいたら布団を抱きしめる形で寝ています。布団を被っていないから寒いわけです。どうせ布団を被ってない状態で起きるからと空調の温度を高めにしてたら今度は暑いです。しかも、布団を抱きしめているかどうかはランダムなので、空調にそういうセンサーが付いていて自動調整してくれないと困ります」
「ん……?無茶な注文か?そんなセンサーは存在しないと思うのだが……」
「そう。ないので、よく考えました。抱き枕というのがあるそうです。大きい枕が、抱く用のが、あるそうです。でも、そんなものを僕は見たことがない。どこに売っているか調べておいてください。本格的な冬の到来の前に」
「なるほどな。ふふふ。そうか、ちょうど良かったのだ。この俺の最近のマイブームは、都合良く裁縫だからな。なんかでかいのを作りたいと思っていたのだが、役に立たないもの作っても仕方ないみたいなジレンマあるだろ?本当にちょうど良いな。なんなら逆にやらせてくれというとこなのだ」
「え……、あ、どうしよう。正直、全然手作りである必要を感じない。使い道に困るものが出来上がる可能性がある」
「任せてくれ。とりあえず人型だな。顔は書いておくか?まあ、どっちから見ても目が合うように、両面、いや四面に顔は書いておくことにするのだ」
「…………。ありがとう、陽太。……顔は、でも、いらん気がする。ない方が安眠できそうな気がします」
「まあ別に顔はなしの方が良いならそれでも良いのだがな」
陽太のマイブームが裁縫というのは聞いたこともなかったから、本当かどうかは正直分からないが、一応、双方異存なく罰ゲームの内容に納得したようだ。まあ、……要求内容から考えると手作りである必要性など皆無であるから、どちらかというなら陽太がやりたいという話ではあるんだろう。
部屋を見渡す感じではそうした道具が目に入ったりもしないな。ミナコ擁護派につくことを決めた俺なども、陽太が断りそうだったらそれとなく負担を分散させてやるつもりではあった。本格的な冬の到来まで陽太が動かなさそうだったらちょっとせっついてみるくらいで良いか。陽太のマイブームが突如終焉を迎えないよう祈っておく。
まあ別に、市販品でも良いんだろうが。
その後、ミナコはしきりに時間を気にし始めて、ゲーム終了からほんの一時間もしない内に穏やかなおしゃべりはお開きになった。
「実は午後から用事があったことを思い出したので名残惜しいですがすみません帰ります」
唐突に、強引に、有無を言わさず立ち上がり、「それでは」と部屋の扉を押し開けた。あまりにいきなりであったし、まるきり会話の最中の相槌のように言うものだから、俺と陽太も「ん、ああ、え、そっか」と意味も飲み込めないまま二人して立ち上がり、階段の前までミナコの後をついていくことになる。
「用事があったのか峰岸は。ゆっくりしていけよと言いたいところなのだが、用事があるなら仕方ないな」
「うん。僕は今まさに繁忙期なのです。折角の機会なのでゆっくりしていたいのはやまやまなのですがこればかりはやむを得ません」
「バイトか?こんな時間から……。例の、なんだっけ。なんとか騒動のとこの。お前が出入りしてると言ってた……」
「あ、ええと、ええと。はい、アルバィト」
「何のバイトなのだ?最近忙しいのはバイトがあるからなのか?」
「…………。まあ、そういうことですけども。そのぉ、それはちょっとですね、仕事というのは、例えば時間についても公言することはできません。秘密を厳守しなくてはならない。そういう決まりがあります。よって一切の説明はできません」
「ん……、大体、アルバイト?よく、許可されたな、家族とかに。そして、お前が働いてる姿とかは全く想像できないんだが……」
「んぅ、それはその……、例えば仕事をしますと僕が言ったとします。昭一おじいちゃんは元から理解のある人なので、おそらくそれが悪事でない限り基本的に僕がどこで何してようが許可されます。そして、今まで特に悪事を働いたことはないので、何かをしていて注意を受けたこともありません。真面目に働いていますし、時に迷惑を掛けたりはするにせよ、少しは役に立っていると自負しています」
「そうか。そりゃ、良かったが。なあ、俺はずっと、……聞きたいと思ってた。前にもお前は言ったよな。次に遊べるのは多分一カ月かそこら後になるって。……実際そうだったし、ポニョなんかは一カ月は我慢してみんなで見たいというようなことも言った」
「はい言いました」
「なんでそんなに時間が取れない?」
「なんで……。なんでと言われても、忙しいからなのですが」
俺がそれを咎めているように聞こえるものなのか、肩を上げて弱々しく、また何度も聞いたように『忙しい』なんて言葉だけが返ってきた。責めるつもりなんて当然ない、とはいえ、今日にしたって以前の約束にしたって、ミナコからの説明はあまりに不明瞭だった。
今日になって初めてアルバイトであると明かされたが、その前などはただ単に忙しいとだけ説明されている。長期間旅行に行くとか家族の都合だとか、そういった理由ならともかく、まるまる一カ月の間、会うことさえ難しいなんてことあるだろうか。
あるならあるで、仕事の納期が厳しいだとか、目標の貯金額があるだとか、そういったことを聞かせてくれたら俺は渋々ながら納得することにはなる。その簡単な説明すら、受けていない不自然さが、疑問と推測の不毛な循環を繰り返し生み出している。
「俺も陽太もお前が忙しいという理屈を知らないし、仮に忙しいにしてもまるごと一カ月会えない理由が分からない」
「まあ、事情はあると思うのだが、理由は聞きたいと思ってたのだ。言いたくないなら言いたくないで別に良いのだが、気になるといえば気になるからな」
「理由……、理屈?あんまりまとまっては時間が取れません。理由は僕が忙しいからです」
「それは?何が忙しいんだ?」
ここまで来ると言いたくない理由があるような気がしてならない。例えば不向きな労働をしていて、人より余分に時間が掛かっている、というのを恥ずかしく思っているとか、そんなことがあったりするかも分からん。それはさもありなんだ。一発で納得がいく。
だが何故だか、そんなふうでもなさそうに思われる。
「その時々による。やらなければならないことが一杯あることを忙しいという。それを済ませてからでないと何かしら支障をきたすようなやらなければならないことは、単純に、優先順位が高いということです。レポートの提出期限日とかテスト期間とかは健介も陽太も遊んでばかりはいられないと言っていた」
「ああ……、そりゃ、そう言っただろうけどな」
上手く伝わっているのか、不安が込み上げてくる。上手く受け取れているのか、不安が込み上げてくる。
だって……、そもそも……、詳しくまでは知らないながら、ミナコの家は多分金持ちだ。広い庭の話をすることもあった。宝物だと言って持ってきて見せた何冊もの分厚い美術全集は一巻あたりの定価で漫画の単行本百冊買える値段を超えた。
おじいちゃんはベンツに乗ってたし、ミナコ自身、ものの値段をまるで知らないまま育っている。そして今日、多分エアコンを点けっぱなしで寝ていることも発覚した。
どの辺りに、アルバイトをする必要性があるのか。ミナコ自身が金に割合無頓着だし、チョコ予算は別としても、あまり普段、豪奢な振る舞いを見掛けることもない。それこそ欲しいものなどなさそうに見える。




