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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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五話⑲


「いや、……今だから言うが、別にそういう区別の仕方をしてた自覚はない。お前の名前はお前が名乗った時から覚えてた。最初の内はそういう呼び掛け方をしてたというだけだ。大して親しくもないのにいきなりミナコと呼び捨てにしてたら感じが悪いだろう。お前が健介と呼ぶからそういう段階を経てお前も呼び捨てで名前を呼ばれるようになったというだけだ」


 正直なところ、話し続けてようやく分かることに、こうまで、かみ合わない。俺の記憶違いが一つ二つ挙げられるというのなら、俺は推測を交えて穴埋めをすることもできるはずだった。だが、ミナコの発言から考えると一つとしてヒントになりそうな部分がない。


「…………。というか、初めて喋った時は本当に、健介は感じが良くありませんでした。少なくとも僕はそう記憶しています。そういう理由であんまり思い出したくありません」


「今は……、感じが良いのか?お前の基準も全く分からん。そんなに俺は普段から知らない人間に愛想良くしてたりしないぞ。逆に冷たい態度を取るようなことも稀だとは思うが」


「どんなだったのだ?当時は」


「んぅ……、僕が話をしても忙しそうに聞き流していましたし、まあ実際忙しかったにしろ、その忙しい理由についてはちょっと謎でした。お友達になってと伝えてもどうでしょうかと聞いても何も考えた素振りすらなくすぐ断って立ち去ってしまいました。でも僕の振る舞いもおそらく何かが悪かったと反省しているのでそれはお互い様です……。その点、陽太はお友達になってくださいと言った瞬間に即答でOKでした。なんて容易い……」


「適当に聞き流すことくらいはあったかも知れないが。いや……、それは、その、誤解がある気がする。そう受け取られても仕方ないような会話をしてたこともあった気もするが……」


「健介、それはすごい嫌な奴だな。逆になんでそんな嫌な奴同士でお友達になったのか全く分からないのだ」


 陽太も……、これはまあ仕方ないにせよ、ミナコの記憶が正しいと半ば決めつけているんだろう。ということで、やはり俺が当初ミナコに対して失礼な行動を取ったと、それが妥当な過去ということにされてしまっている。


「俺はそりゃ、陽太みたいにそんな初対面の即答OKで友達になった記憶もないが」


 若干気まずい空気になりつつあることに配慮してなのか、それはさておきといった様子で、ミナコは「うん、ところで僕は陽太と健介が出会った時のことの方が気になっています」と話題転換を図った。


 結論に辿り着かない理由は、ミナコが『覚えているから』に他ならない。なら、俺の記憶は一体なんなんだ。ミナコは覚えている。なかったことはなかったけれども、話し手聞き手で上手く情報伝達できてなかったかも知れないといくらかの譲歩さえ窺わせる。


『なかった』というのは、……単にミナコの都合が悪いからか、それとも本当にそのことだけを何故かすっぽり忘れているか、どちらにせよこの話題に限って不自然さを感じるほどミナコは話を逸らそうとする。


 どこまでいっても解決の兆しがない。何もこだわるようなことじゃないと言われたらそれまでではある。


「ああ……、じゃあ陽太の方も聞こうか。俺は全然覚えてない。新歓の時か、部活の勧誘で一緒だったか。正直その時は顔の判別もできなかったから喋っていたとしても記憶にない。いや、顔に特徴がある人間でもないし」


「健介は部活の勧誘の時だな。それが初めて健介と喋った時だと思うのだが、……確か、いきなりこう右手を掴んできてな。『右腕太いな、右手でオナニーしてるのか?』と初対面らしからぬ馴れ馴れしさで話し掛けてきたの、……あれ健介じゃなかったか?その後、『俺は全身使ってオナニーしてるから全身ムキムキだぜ』と自慢げに続けた奴がいたのだが、あれ、健介だよな。……はは、当時健介は相当にはっちゃけていたな。今とは随分イメージ違うのだが」


「それ、……俺だと思うのか?その頭のおかしい奴が俺だと思うのか?」


「しかし健介。友達同士というのは出会ったきっかけくらい最低でも覚えているものだと思うのだ。最初のきっかけがいくら最悪でも結果オーライみたいな部分はあるだろ?当時変な奴だった上に素っ気なくて冷たい奴だったとしても今となっては笑い話だな」


「お前も覚えてないということだろう。お前の中の初対面健介は明らかに偽物だ」


「……おお、すごい言い訳を聞きました。なるほどなるほど。過去、もしかして偽ミナコが失礼を働いたことがあったかも知れないことを代わりに僕が謝罪しておきます。偽ミナコがどうもすみませんでした」


 俺とミナコの初対面問題は解決の目を失ったか。今後その件に関してミナコは俺の勘違いを指摘することだろう、ミナコとよく似た偽ミナコの仕業ですと。今までもそういう可能性は完全になかったとはいえないし、しばらくして記憶が薄れ始めたころにはそれが一つの結論になる。


 ……じゃあ誰だよと、俺はその偽ミナコの正体を知ることなくたまにもやもやした気持ちだけを思い出しながら暮らしていく。極々たまに、ちょっぴりもやもやしながら、暮らしていくことになるだろう。


「初対面はともかくとしても一緒にバスケしたのは覚えてるだろ?」


「そっちだ、それだ。思い出した。必修科目で一緒になったのがきっかけだろう。バドミントンだったのにいきなりバスケをやろうと言い出した奴がいたが、それがお前だよな。それ以前に喋ってたとしても、よく喋るようになったのはそれ以降だった」


「バドはテンポ悪かっただろ、確か。点数なしでやってたからどっちがサーブか分からん状態になって揉めた気がするのだ」


「揉めたというか本当にどっちがどっちか分からなかったな確か。挙げ句陽太が適当だったから体感では十回くらい連続でサーブさせられているような気がしていた」


「何故、審判がいない?」と、ミナコが疑問を口にする。一言では説明できない微妙な事情があるわけだが、これは確かに珍しい出会い方だったといえなくもない。


「審判がいなかった。当然ラインもいないし、スコア表捲ってくれる人もいないし、サーブがどちらか揉めた時仲裁してくれる人もいなかった。というか、その時は俺と陽太しかいなかった。先生すらいなかった」


「合宿システムというのがあってだな。まあ、正直それさえ行ってそこそこ出席してれば単位取れる授業だったのだ。ただ、合宿に参加しなかった場合は六十パーセントの出席と十パーセント感想文だったから、感想文で減点されることを考えると単位取るためにはほぼ百パーで出席しなくちゃということになってたな」


「講義概要には少なくともそう書いてあったし、最初の講義でもそう説明されたんだ。合宿は四十パーだった、確か。百十点満点でな、十パーセント余裕分があるから合宿参加組は後半誰も来なかった」


「というか合宿行かなかった奴も普通に来てなかったからな。後で聞いたら合宿初日分は自己申告で通ったらしいし、感想文は『とても楽しかったです』と書いておけば、日本語一文字に対して一点貰えたらしいのだ」


「俺もそれは後で知った。四回生に至っては事前に休む理由を届けておけば無条件で単位が貰えるとも聞いた。まあ、大学入ってから体育が必修だと思わなくて取りこぼす学生が多かったからなんだとか、そういう話もあったが、……あれはいくらなんでも緩い採点で……、合宿行ってないんだぞ、俺は。それなのに百点だった。あれ一個だけ百点だった……。逆に目立つだろう。体育だけやたら頑張った奴みたいに見える」


「そんなこんなで最後の方は二人でバスケやってたな。俺が休んだらあいつ独りぼっちだ、と思うと休むに休めなかったのだ。壁に向かってバドミントンさせるのは可哀相だろ?さすがに」


「それも余計な気遣いだったな。誰もいなかったら帰るとこだが、お前がいたから仕方なく参加してた。一回顔出して一人残して帰るとか言い出せんだろう」


「いや、しかしだな。二人きりになってからの初講義なのだが、誰もいなさそうだったから俺は帰るとこだったのだ。そこでいきなり後ろから健介が『合宿行くの結構多いみたいだから、……もしかすると』みたいな感じでドア開けて、『あっ……』みたいな寂しそうな声出して俺の方を見たのだぞ。……二人しかいないけど、なんかやって時間潰すか、としか言えないだろ?」


「俺は……、寂しそうな声出したかも分からんが、違うだろう。お前がそこで一瞬でも苦笑いを浮かべてくれてたら、俺は、参加したことにして帰るか、とかそういうことを言ったはずだ。『なんかやって時間潰すか』と言われたら、そうだなと返すしかない」


「ま、お互い様だと思うのだ。二人とも出席しなきゃならないと思い込んでたし、一回生の内から堂々と講義をサボろうとはできなかったしな」


 しかしながら、そうでなければ、俺と陽太がこうして話す現在はなかったと、そういうことになるんだろうか。


 そのまま陽太とミナコの出会いも語られた。学食で納豆のパックを持って一人うろついていたミナコに陽太が声を掛け、友達になった、とのことだった。まあ、気にはなるだろうな。外国人に見えるし、納豆のパックを持ってうろうろしてたらもしかすれば声を掛けたくなるかも分からん。相変わらずどこかしかではインパクトのある行動をしていたようだ。


「アメリカ人だと思って声を掛けたのだ。あんまり外国人とか見掛けんから、珍しいなと思って」


「何故アメリカ人だ。思えばその頃の陽太はとても親切でした。その時僕は初めて学食に入ったので、あれ、無料サービスなのかどうかが分からなかった。でも、値段が書いてあるし、どうやって買うのか困っているところを陽太が助けてくれました。今とは随分イメージが違いますが」


「困ってたというか、……峰岸一文なしで学食入ってたのだ。外国人だと思ってたら、学食で食い逃げするつもりのセンセーショナルな人間だったからな。百円くらい出してやったら、友達になってくれと言われて、こっちはこっちで百円で友達とか安い奴だなと思ってたのだ。話してて思い出したのだが、峰岸は全然食べ物で遊ぶ派の人間だったな。その買ってやった納豆は、……確かあれだろ?こっちの納豆とこっちの納豆で侵略戦争を繰り広げたらどっちの納豆が勝つでしょう?とかそんな遊びをしてたよな。あれ、結局どっちが勝ったのだ?」


「……遊んで、ないですけども。遊んでいたと誤解されるような食べ方はしてたけども、食べ物を粗末にしたりはしてませんけども。食べ物で遊ぶのは良くないと先に注意を受けています。当然残さず食べました」


「ああ、なんかすごいな。変に工夫して自己紹介するより記憶に残る行動を普段からしてるのか」


「僕が?違う違う。アメリカ人は最新型のアイパッド持ってないと馬鹿にされるんだろと陽太がしつこく聞いてくるので話題を逸らそうと思っただけで、……そんな普段から納豆同士の侵略戦争について考えているわけではない。そんな普段から納豆同士の侵略戦争のことばかりを考えてる人間なんていません」


「そりゃ、いないけど……、な」


「なんともノスタルジックな気分になるな。そこまで昔の話というわけでもないのだが」


せいぜい同じ大学に通っているというだけの共通点で、よくもこううまくかみ合ったものだ。それぞれてんでバラバラの方向を向いているだろうに、まあ特に気兼ねもなく過ごせている。


「峰岸、ところでダイエットやめたのか?前遊んだ時、『もう二度とチョコは買わない』と言ってたと思うのだ」


「ダイエットなど元からしてません。チョコは元から好きです。そして今回健介がチョコを買ってくれたお蔭でチョコレートを許した。事情は割愛します」


まあ食事中は割愛すべきだな。





「さて、思い出話に花が咲いたところで、気を取り直してマーブルオセロ本戦開始だな。大体ルールは熟してきたのだが、さっきみたいに気づいたことがあったら直していく感じでやっていこう。そして……、このゲームの場合一回一回となるとさすがにシビア過ぎるし、まあ、十回戦くらいで良いか?十回やって総合得票数で順位決めて一位が二位と三位に対して罰ゲーム指定するということでいこう。しかしそうなると二位と三位が同じというのが不公平かもな。一位は二位に対して一個、三位に対して二個罰ゲームみたいなのでどうだ」


「僕は特に異議なしです」


「罰ゲーム次第だと思うが、お前らの良心を信じようか。特に異議はない」


「一応、負けそうになっても盤面バーンなしな。峰岸がいるからあんまり意味ないと思うのだがまた並べるというのは面倒くさい」


「そこルールに含めなきゃならんか?んなことする奴いないだろう」


 午後のマーブルオセロでもまたいくつかルール追加することになった。盤が半分埋まっていない段階なら二人以上が挙手すると挙手した人間の数だけ書いておいた数字に足して良いルールだったり、自分の手番を前借りしたり貯金できるルールやらが追加されて、またしばらくすると消滅したりと割とルールも混乱している。


 その中で『協力プレイは禁止』、『数字を書いている時の覗き見は禁止』、『他プレイヤーの書いた数を探るような発言の禁止』、この三つについては俺が注文を出さざるを得なかった。


 普段であれば誰からもそんな要望は出ない。過去、俺と陽太が協力プレイをすることは、およそ大体のゲームで暗黙的に認められてて、おそらくミナコから抗議を受けたこともなかったはずだ。


 今回も当然のように、盤面外の俺と陽太の姑息なやり取りを、ミナコは黙認してくれていた。そういう一対二の状況でも割合良い勝負にはなっているように見えた。


 だが、とても残念なことに……、罰ゲームが設けられて本気で勝敗を気にし始めると色々、今までとは事情が変わってくるようだ。初めにミナコが何勝かして、自然に俺と陽太との協力プレイが始まる。その時はまだ特段問題もなかったろう。その後、なんとか俺と陽太で一度ずつ勝利を手に入れて、二人で協力すればバランスが取れそうだなと思った。


 が、あろうことか、五戦目に至って、斉藤陽太は、俺に対して裏切りを働く。裏切ってなお、『あれはやむを得なかった。今度は健介を勝たせればイーブンだろ?』と協力プレイの継続を申し出た。


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