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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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五話⑱


「よし、じゃあいただきます。さっきまでの勝負はなしということにして、昼からリベンジマッチをしよう」


「いた、だきますっ」


「いただきます」


「健介は大丈夫だと思うのだが、これ中辛だからな、峰岸。ああ、でも大丈夫か。甘いもの一杯あるから辛かったら中和してくれて良いぞ」


「うんうん。その点、安心。安心、……だけれども、陽太、例えばカレーには、おそらく香辛料としてウコンが含まれています」


「……含まれていると俺も思うのだが、ちょっと不穏な空気になったな」


「考え事をしている。ウコン属ウコンを使ってできあがったのがうんこみたいだったら、やはり誰もが一口目を躊躇するのでは。例えばウコンウコンウコンと連続でたくさん書かなくてはならない時、改行するまでの文字数が三の倍数以外だとウンコという文字が、……出現してくる。三で割って余りが二の時は縦に出現して、余りが一の時は斜めに出現してくる。というか、三で割り切れる場合でも逆から読んだらやっぱりウンコが出現してくる。三種類に分けられるだけで、結局どう足掻いてもウンコが出現してくる。ウコンと書いているというのに、……カレーにはウコンが入っていて僕はウコンと書いているのに、……ウンコが出てきます。縦とか斜めとか反対側から、色々な方面からバリエーションを持ってウンコが出てきます。どうしよう。頭からウンコが離れない。だから誰か落ち着いて他のことを考えられるように穏やかな話をしてください」


「こら、峰岸……。俺が北海道限定スペシャルうんこ出してる時に、カレーの話するなよ」


「陽太が大変なことになっている」


「これはカレーだろ」


「はい。これはうんこではありません」


「……ならさっさと食え。カレー以外の何ものでもない」


 好き嫌いの、多い人間ならまあ分かるが、ミナコは、食べ物の好き嫌いが、激しい人間だった。トマトなどは絶対に口に入れようとしないし、トマトを食べ物だと認識していない。


 学食のサラダセットにトマトが入っているのなどそもそも普通のことなのに、いただきますと手を合わせる前にトマトだけを、さも当然のように、ごみ箱に捨てにいく。


「まあ確かにそうです」


「カレーアレルギーだったりするか?」


「いいえ、そんなことはないと思っています」


 当然、トマトアレルギーというわけでもないんだろう。サラダセットを手に取りながら、毎回トマトだけをごみ箱に捨てにいく。そんな奇妙な行動をフォローするつもりで『確かにトマトは、他の野菜よりも味の主張が強いよな』と、当時そんなことを言った。


 返ってきた言葉は『そうなのですか?』だ。食べたことがないし、食べたことがない理由はミナコはトマトを、『異星人の内臓』だと思い込んでいるからだった。


 と、同時に、実際には異星人の内臓でないことをなんとか理解している。どうやらいつか遠い昔、過去に一度そう思ってしまったがために、もう二度とトマトは食べられない、そんな体質になってしまったらしい。


 嫌いだけど我慢して食べられるとかそういったことはなく、そんなよく分からないことで、何かが決定的に定まって、それがずっと変わらない。でもトマトケチャップとかは大丈夫らしい。俺は、カレーもまたそんなものの仲間入りをするんじゃないかと少し心配になった。


「ところで、穏やかな話をしてください。別の話題が望ましいです。何かありますか?ゲームの話などでも良い」


 別に心配は不要だったようでパクパクと口を動かして味わって食べている。が、頭の中では話題を転換したい気持ちが残されているんだろう。ここ陽太が悪ふざけをしないよう俺が口を開いてやるべきだろうなと、考えながら朝見た夢の内容をもう一度思い出してみる。


「ああ、そうだ。なあ、今日俺は唐突に、二人とどうやって知り合ったのか疑問に思った。ミナコと会った時のことは結構よく覚えてるんだが、陽太と初めて会った時って、どこで何してる時だったっけ?大学は大学なんだろうが」


「へぇ、はぁ。僕と初めて会った時のことを覚えてる?覚えてましたか、健介は」


 覚えてなかっただろうと、言わんばかりの表情と声色だった。俺とミナコが初めて会った時というのは、ミナコにはミナコの、俺には俺の見解がある。以前そんな話題になった時も、やはり間違いなく意見が食い違った。


 それをまた蒸し返すようなことにはなってしまったが、俺にも別に深い意図があったわけじゃなかった。別の話題をと要求されたところで、たまたまそれを思いついたに過ぎない。


 陽太とはどうやって知り合いになったのかが全然思い出せないから、むしろ、そちらがメインの質問だった。


「ミナコの方は、……若干な。俺は覚えてるつもりでいるんだけどな」


「俺と健介と初めて会った時のことか?まあ、覚えてないことないのだが、健介と峰岸が出会った時のことも聞いてみたいな。どんなきっかけだったのだ?」


「僕が健介や陽太と会った時というのは割と普通です。普通に、会って普通に話しました」


「…………。陽太とは、それこそ普通になんかのタイミングで鉢合わせて一言二言喋って気づいたらよく喋るようになっていたという典型的な普通のお友達なんだろうとは思う。どうなんだろうな、やっぱり全く記憶にないということは大したイベントもなく今日に至っている気がするんだが、何かきっかけなんてあったか?」


「まあ一応考えてみて欲しいのだ。こう、全く何もないのに知らん間に友達になってから逆に不自然だろ?ともかく考えながら、峰岸と健介が会った時のこと教えてくれ」


 陽太の方は本気で思い出せんな。考えてみたところで引っ掛かる部分がない。一方ミナコとの出会いは朝方見た夢の通りで間違いないだろう。たまたま俺が忘れ物を取りに講義室に入ったところ、一人で本を読んでいたから、なんか、まあ、何となしにか仕方なくか、話し掛けた。


 何故話し掛けたかといえば、そりゃ一人で座っていたからだし、多分忘れ物を探したかったからなんだろう。ただ、完全な記憶じゃないことは認めざるを得ない。


 焦って大学に戻るほど何か大切な物を持ち歩いていただろうか。財布じゃないのは確かだ。家の鍵を財布にぶら下げているから、ベッドでひと眠りしてから取りに戻ったりはできない。


 かといって携帯の場合も、今ですらそこまで不自由しているわけでもないし、下手をすると一日そこらはなくしたことにすら気づかないものかも知れない。講義資料、……だったら、諦める、だろう。


 だから、……何を取りに戻ったのかは分からない。何を、探したのかが思い出せない。その上、ミナコの意見と食い違いがある。その二点を目の前に置いて考えてみると、俺の記憶が間違いないというのは、ちょっと大言だったのかも分からん。


 それこそ、記憶の再構築に見せ掛けた創作のストーリーだった可能性もないとは言い切れない。突飛な人物と出会ったことが頭の中に残っていて、それが合成された末に、ああして夢に見たんだろうか。


 陽太に水を向けられ、ミナコは首を下げ若干渋い顔をつくり、しばらくの沈黙の後ぽつぽつと小さな声を出した。


「前に健介とそういう話題になりました。……会った時というのがよく分からない。そこからまず僕と健介の意見が食い違っていた。初めて健介と会話するまで僕は多分健介を四回ほど見掛けています」


「それはカウントに入れない。お互いに名前を名乗った時が初めて会った時だ。というか、普通はせめて会話したタイミングで初めて会ったということにするだろう。よくすれ違っていたのならともかく、知り合いでもない頃のお前とすれ違っていても俺の方の記憶が全くない。見たかもなというくらいは言えるだろうが」


「んぅ、だからそもそも僕と健介がお友達になったであろうタイミングが初めて会った時だと譲歩しました。それは教材の貸し借りをした時のことでした。出席点が足らないかも知れないと焦っていた健介をよく覚えています」


「そこまでいくと遡らな過ぎる。大体教材の貸し借りをする時点で普通に考えたらもう既にお友達同士だった」


「…………。だから結局どこまで行っても健介が僕のことを覚えたタイミングが初めて会った時としかならない。僕にそれが分からなくても当然なわけです。前はなんかそれで嫌な空気になった」


「百円やった時よりも前だぞ」


「それはおかしくありませんか?そんな時のことなどそれこそ健介はあやふやに覚えていないのでは?健介の言う時系列がさっぱり分からない。その時はお友達ではなかったと記憶しています」


「お友達かどうかじゃなくて、少なくともそこでは初めて会ったわけじゃなかったろう」


「まあ、……そうなのですが」


「健介は何故そんなところで依怙地になるのだ?なんかそれだと俺と会った時とかも食い違いそうなのだが」


 そう、嫌な空気になった。前に、そのことをあれこれあーだこーだとやり取りした結果、お互いの意見がかみ合うことなく嫌な空気になったわけだ。ただ、これに関しては俺が依怙地になった、なっているというよりは、単に譲るような決着があり得ないというだけのことだ。


 一つのケーキを二つに分けるように簡単な話じゃない。俺は一つ、正しいことが知りたいのに、『じゃあ、そういうことで良いです』というのは納得がいかなかった。


 俺の記憶違いだと思い込めるのならもっと気楽なやり取りになったんだろうがミナコはまずその時のことを詳細には語っていない。


「ああ……、悪かった。嫌な空気になったなとは俺も思ってるし反省してる。だが、別にそもそも、仮にな、お互い意見が違ってても別に正直に話してくれたら良いだけだ」


「正直にと言われましても。前回も嘘をついたり隠し事をしたりなどしていません」


「なんだよなあ……。初めて俺とお前が話した時のことを、お前も覚えてるんだよな」


「ええ、覚えています。けれどもその時は少なくとも友達というふうではなかったのだと思われます。そしてお友達になってくださいというようなことを伝えましたが、健介はそれをその時点では断りました。それはもう、なんというのか、冷たく素っ気ない態度でした。意味分からんみたいなことを言われました。それはおそらく知り合いとかそういうのよりも低い待遇なのだと思います」


「…………。それは初耳だが。その話はおかしくないか?俺はお前からお友達になってくださいなんてことは聞いてないし、冷たく素っ気ない態度で人に接するような人間じゃない」


「それは……、健介が覚えていないというだけのことなのでは?逆に私は健介からそんな話をしてくれたことはなかったと記憶しています」


「俺がもし忘れてるというのならそうなんだろうけどな、……覚えてるんだ俺は、お前と、初めて会った時のことは。記憶違いだとか幻覚だと思うか?」


「記憶違いか幻覚なのだと思います」


 思います、というのを文字通り受け取ればあくまでミナコの感想として、ということにはなるがこの場合、もう記憶違いか幻覚だと断言されているといって良い。


 一応、ミナコの表情などを観察してみるが、言葉と表情がちぐはぐであるようには見えない。多少困ったように、戸惑うように目を伏せているものの、嘘をついている、あるいは誤魔化そうとしている様子ではない。


「俺の記憶力がお前ほど良くなくてもお前の言い分が百パーセント正しいとは限らないだろう。今回の追加情報から考えるとお前の方がよっぽど不自然な俺が登場人物になってる。冷たく素っ気ない態度で友達になろうという誘いを断った?そんな記憶が俺には全くないし、そうなるとも思えない」


「いいえけれども……、そうなりました。あんまり、ですので、その時のことは思い出したくはありません。つらい思い出です」


 というふうに口ごもるものだから、前回は子細を確認できないまま禍根を残す結果になった。もうほんの何歩かは踏み込めるかも知れないが、どう外堀を埋めるのが正しい作法なのかは判然としない。


 俺が覚えている、と、思い込んでいるあやふやな事柄を挙げれば余計に条件の絞り込みが厳しくなってミナコの記憶の検索結果にヒットしない危険性があるし、俺の中でほとんど確信めいた、『初対面で会話した時』というヒントも、ミナコの記憶と合致しない。


「じゃあ、仮にだ……。仮に初めて会った時にそうだったとして、その後、お前に俺から声を掛けたことがあったろう。俺は多分その時が初めて会った時だと思ってる。お前が机に数式を書いて俺に解けるかと聞いただろう」


「……?いいえ、そんなことはおそらくしていません」


「机に……、書いたろ。数式みたいなやつだ。なんとか方程式か、なんかの暗号か」


「数式?暗号?どうして僕がそんなものを書きますか。健介が数学が分からないから教えてくれという時には書いたりしました。具体的に何を書いたか指定してくれないと何回もある内のどれのことを言っているのか分かりません」


「何を書いたかと言われると、全部思い出すのは難しいが……、数式の中にプアというのが含まれている。ピーユーエーだ。俺をひとしきり馬鹿にした後、こんな問題は解けるかと得意気に書いて見せただろう?」


「ピーユーエー。…………。多分ですが、多分ですけれども、一度も書いた覚えはありません。逆に書いた覚えのある数式なら何個か挙げられますが、健介は答え合わせできますか?」


「それは無理だ。お前がどんな数式を書いたかなんて覚えてたりしない」


「僕が書いたという数式は覚えていないのに、僕が書いた覚えのない数式を覚えていますか?」


「そりゃ……、まあ、そう言われると分が悪いが、勉強教えて貰うよりももっとずっと初期の話だ。俺は印象的だったから最初に会った時のことは覚えてるというだけで、何から何まで覚えてるわけじゃないが、その……、数式じゃないのかもな。暗号か何か気になってどういう意味だったんだと、聞きたかった」


「書いた覚えのないものをどういう意味かと聞かれても分かりません。僕以外の誰かと勘違いしているのでは?そしておそらく健介は初めて僕と喋った時のことを覚えていないと思います。健介は自己紹介した時だと言いますが、最初数回会話した時点では健介が僕の名前を覚えていない様子でした。名前と顔は覚えたと言いながら実際には、『あの時の』とか、『この前も会った』とかそういう人間の区別の仕方をしていたので、僕は何回も自ら名乗っています。そして、健介自身も『せめて健介さんとか健介先輩とか、いや、やはり高橋さんで』と何回も自分の呼ばれ方を気にして名乗り直しました」


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