五話⑯
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結局その改良マーブルオセロで遊ぶことになった。八方向に置ける場所がない場合は子をスキップして親の交代、四辺や四隅以外置ける場所がなかった場合は四辺、四隅の順番に親が埋めていく。
この時は親の手番で数字がひっくり返る等プレイ中多少ルールに変更があったのは調整だとして、割合あからさまに、フェアプレーにあるまじき盤面以外での駆け引きがあった。それを特に咎めるでもなくミナコが平然と勝利をかっさらう。
「ぱっと見なのだが、健介の選んだ四は絶滅危惧種だな。四選んでたのに、なんで中盤親の時、三とか置く決断になるのか分からないのだが」
陽太はできる限りゲームバランスを考慮してくれている。運と、心理戦が絡まなければそもそも勝負にならないということは分かりきっていた。がだ、それでもなおオセロがベースになっている以上、先読みという一点特化でミナコが盤上を有利に進めるのは間違いない。
慣れというのもあるんだろうが、サイコロの数字が盤面に並んでいて赤色の一以外がまるでぼんやり見分けがつかないし、三人プレイの性質上どういった展開になるのが望ましいのか、手を選ぶ際の決定打がない。一から六では意図した通りに数字を増やしていくのは困難だった。
「ブラフだ。三も絶滅危惧種になってるだろう。つまり、お前らが俺の選んでいるであろう数字を寄ってたかっていじめるから、俺が選んだ数字はいつも絶滅危惧種なんだ。実際途中、絶滅したこともあった」
「絶滅しても、健介が置いてあげる限りその数字は生き残ることができます。か細く……」
「ああ、……この六とか、ほら、群生してるだろう?だが、見てみろ、俺の数字の健気な……、この、三とか、俺が置いた奴だ。結構真ん中なのに、たった一つでよく生き残った」
ただしこういじめられて絶滅していく数字を眺めているとなんとも儚げに思われて、単なるサイコロの数字なんかに情が芽生える。盤面をじっくりと眺めてみると種族ごとの分布図のようにも見えてきて、まあ弱肉強食とでもいうのか数の暴力が支配して勢力が衰えていく数字のもの悲しさがあった。
これがせめて二人のどちらかと俺の選んだ数字が被っている時なんかに協力的であればまだ絶滅危惧種扱いされることはなかっただろうに、二人が二人とも俺とは違って『自分が選んだ数字であろうが、相手に利するなら構わず殺すという攻撃的なプレイスタイルで勝負に臨んでいるような気がする。
「一、十七個。二、十四個。三、六個。四、九個。五、十五個。六、二十個。以上。僕が三十七個。陽太が三十五個。健介が二十三個。健介は頑張ってください」
「そろそろゲームにも慣れてきたことだし、罰ゲームでも設けよう。ただ漫然とこなすだけではモチベーション下がるからな。一位はドベに対して何かしらの罰ゲームを命じることにしよう」
「俺が一度も勝ったことのないゲームで罰ゲームを設けられて、俺のモチベーションが上がったりするか?」
「負けるわけにはいかんというようなやる気は出るだろ?どうせ負けると思って投げやりになることはないと思うぞ」
「罰ゲームは何でしょう」
「まあ、単純に?ああ、……何でも良いぞ。俺が一番だったとして健介がドベだったとする。一番がドベに何かしら命令する権利を持つわけだ。例えば、『小さい子が一生懸命に作った雪だるまを立ち小便して溶かして子供を泣かす』というような命令をしたら健介はそれを必ず実行しなくてはならないということになる」
「そんな、……非人道的な通報事案をやらせるのか、お前は……。全く関係のない人間を巻き込むようなのはダメだ。関係ない人間を巻き込まずに通報される危険もなくて、悲しむような被害者を出さないという条件を追加してくれ」
「はあ。そうなると、『自分で雪だるまを作って立ち小便して溶かして泣く』ということになりますか?」
「…………。条件を満たしたとでも言うつもりか。相当に情緒不安定な人でも、『あれ、おかしいな』って気づくだろう?何で泣いているのか理解不能だろう」
「確かに理解不能ですが、罰ゲームらしく、やりたくはないなという気持ちにはなります」
「やりたくないなという気持ちまで分かっていて提案するなよ」
「じゃあ、『街行くサラリーマンに元気ですかと猪木調に話し掛けて、元気ではないですと答えたところを元気があればなんでもできる!と激励して走り去る』というのはどうだ?悪いことしているわけではないのだが」
「言われた方もぽかんとするしかないだろう。誰も得しないんだそういうのは」
「罰ゲームだぞ、健介?上からタライとか水とか粉とかが降ってくるか、風船が爆ぜたり電気が流れたりするのを罰ゲームというのだが」
「ああ、そうかも知れん。だがあえて言おう。それは間違っている。人は、クイズに答えられなかったからといって、罰ゲームと称した意地悪を受けなければならないわけじゃない。順位がドベだったからといって罰ゲームと称した嫌がらせを受けなければならないわけじゃない。テレビとかでやってるのは……、あれはギャラが出るからお仕事としてやっているだけで視聴者を楽しませるためのものだ。何も一般人がそれに倣って罰ゲームを設ける必要がない。だから、身内でやるんだから、せめて勝者が得するような罰ゲームにすると良い」
「まあその通りな気もするのだが、健介はとりあえず難を逃れたくて言い訳してるだけに見えるのだ。やりたくないからゴネてるだけに聞こえるぞ。本来はそのやりたくなさを頑張りに変えるべきとこなのだ」
まあ、陽太に言われるまでもなく、ドベになった時の備えとして醜く足掻いてゴネ続けているわけだが、それでも俺は本心から先に挙げられた二つの罰ゲームが不適当だと思っている。誰も得をしない。下手をすれば命じた本人すら面白かったりしない。
「では、こうしましょう。ゲームで一位になった人は、順位が一番悪かった人に対していくつかのお願い候補を作成します。順位が一番悪かった人はそのお願い候補の中から一つを選んでその内容に不服がない場合に、正式な罰ゲーム契約をします。どれも嫌だというならそれぞれの候補に対して明確に、できない理由を述べてください。それを考慮して再度候補を作成します」
俺の困り具合に気を使ったようなタイミングではあるが、当のミナコには多分そういうつもりもないだろう。結局、陽太に加勢して俺の妥協ラインを変更するわけでもなければ、俺のために簡単な代替罰ゲームを提案してくれたりというわけでもない。
罰ゲームの執行に内容が不服だった時の取り決めを作った、ということになるんだろうが、いざ不服だった時のために前もって申し立てをしてるということを分かってるんだろうか。一つ良かった点を挙げるとすれば、罰ゲームという言葉を柔らかく『お願い』なんていうふうに言い換えている点だった。これに関しては俺の言いたいことを少し汲んでくれた可能性はある。
一応、罰ゲームではなくお願いであれば、陽太の選択肢もジャンルが少し変わってくる、はずだとは思うし、ミナコのお願いについて陽太が口出しをすることもなくなる。ミナコが一位になってくれれば、罰ゲームの内容もある程度恩情を願いつつコントロールできるはずだ。
ミナコからあからさまな嫌がらせの類は出てこない。気が狂った命令もない。ものを要求してくるだろうか。例えばポニョみたいに。であればだ、俺が追加したい条件というのがまたいくつか出てくる。
「一位がドベにじゃなくて、一位は二位と三位に要求できることにしよう。あとそれと、ある程度の幅と方向性を決めておこう。無関係な人を巻き込まなくて、結果的に三人とも気まずい思いをしなくて済む罰ゲームが良い。物理的に不可能なことや……、あまりに高額な請求はなしな」
「俺は二位狙いだったのになのか?」
「モチベーションを上げるための工夫という建前はどこへ行った。そういうセコイ戦略を取れないようにしておいてやる」
俺も別モチベーションを高めなければならないなんてことは考えていたりしない。単にミナコが勝った時に、たくさんお願いできた方が……、まあ、分散するはずだ。というのと、敗者二対勝者一の構図で譲歩を求めた方が良い。
「ならば仕方ないな。こうなったら恨みっこなしなのだ。俺も本気を出すことにした。良い勝負をしよう」
どうせミナコが勝つとして……、どんなお願いが出てくるものなんだろうか。
「そうだ、峰岸。今日はとっておきの……、あー、峰岸のために用意された、いや、つまらないものがあるのだ。つまらないものだが、是非食べてくれ。健介はいらんと思うから、峰岸一人で食べてくれ。いや、本当につまらないものなのだが」
「…………。それ、あれだろう。凱旋門饅頭だろう。お菓子一杯あるからもういらないんじゃないのか」
「よく分かったな、健介。出す前からそんな言い当てられたら別のものがないか探してしまうだろ。ああ、そうだ。峰岸、昼飯は食べるか?もう昼だろ。今日は特別に俺が料理長してやるのだ」
「あれか……?カレーか?北海道限定スペシャルカレーか?」
「健介、エスパーか?素材はつまらないものだが、つまらないなりに米の炊き加減とか気をつけてるつもりなのだが」
「わあ、何かがおかしい。献上され過ぎていませんか。今日、僕は献上され過ぎている。王様か?いや王様ではない。何か二人とも気を使っている?そんなお返しとかすぐにはできません」
「安心してくれ、峰岸。本気でつまらないものなのだ。なんだったら今日をつまらない記念日としてつまらない記念品の凱旋門キーホルダーもつけよう」
「店長のお土産をな、そんなふうに言ってやるな……。思うのは仕方ないにしても」
かくいう俺もカレーは戸棚に眠ったまま、饅頭もきっかけがなければ口にすることがなかったかも知れない。凱旋門キーホルダーに至っては……、どこやったっけ。多分テレビの前の棚か、電話の横か……、俺の部屋か。いつまで手に持ってたか覚えてない。ポケットに入れたままで……、洗濯したかも分からん。
「健介も食べるか?北海道限定のしかもスペシャルなカレーなのだが」
「ああ、どうしようか。北海道限定か……。北海道限定という言葉はちょっと魅力的だな。お菓子で十分な気もするんだが。まあ昼飯を用意してくれるなら、文句言ったりはしない」
「あ、陽太。お願いします。ではお願いします」
「聞いて驚け、健介。なんと、箱に、北海道限定と、書かれている。……小さく。別にそれ以外特に変わっている点はない。箱から出して同じメーカーの奴と表示を見比べるとだな。全く同じだった。どっちがどっちか分からなくなって食べ比べを諦めるくらいに同じ表示だった。別に北海道の素材を使っているとも書かれてるわけじゃないのだ。まあ実は米は多めに炊くセットしてあるからな。昼飯の時間になったらカレー食べよう」
「凱旋門饅頭、美味しい。陽太?しかし、餡子単体よりはチョコの方が美味しいかと思います。これにチョコを入れたら更に美味しいかと思います」
「ん、……ん?そうなのか。まあ、峰岸の好きなようにしてくれ」
陽太が了承してから、ミナコは長方形に割った板チョコを饅頭のかじり口にぐりぐりと突っ込み、餡子載せチョコをモグモグし、続いて細かく割ったチョコを餡子の代わりに詰め込み始めた。
「普通に食ったのが勿体なく思えるような楽しみ方だな。俺も、それやれば良かった。基本的に食べ物だったらなんでも詰め込めるから楽しみ方無限大だな」
「んぐんぅ、でもあれだ。これは正直、そんなに変わらんな。今気づいたのですが、僕は餡子もチョコもどちらも好きではあるので、正直、そこまで美味しさに変わりはない。食べますか。手作りなので不格好ですが」
「……それ、食べ掛けだろう。食べ掛けというか、いや。……美味しい美味しい言うなら俺も自分で作ってみるが、美味しさ変わらんのだろう」
「美味しさにはあまり影響はしませんが、どうでしょう。チョコと餡子だなあという感じはします。食感も変わります。不味くはならないのでオススメです」
「じゃあ、オススメされたし作るか」
板チョコを割って饅頭に刺して食べてみるが、ミナコの言った通り、特に美味しさが増したという感想はなかった。不味くなるというわけでもないが、積極的にトライするほどの価値はあまり見出せない。
ずっとこの先の人生、何を詰めるのか探し続ければ、もしかすると代わりに詰めるべき食材なんかを見つけられるかも知れない。が、今はとりあえずチョコばかり食べて飽きてきた頃合いなんかに饅頭を食べるのが良い。




