五話⑮
百人一首についてちょっとでも知ってれば口を出せたが、あいにく、残念な教養レベルでは歌人を擁護できそうにない。たまたま一枚目の札が悪かったのかも知れないし、たまたま国語の先生か陽太がその内容を間違って覚えていたのかも知れない。
あるいはそもそも内容など重要ではなくて音の加減なんかを楽しむべきものなのかも知れない。後世に残った和歌がしょうもないことをつまらない加減で言ってたりするはずないとは思うし、いかに識字率が低かろうが少なくとも平安時代の貴族はほぼ全員、読み書きくらいはできたはずだ。
百人一首が平安時代の和歌を集めたものだとするなら四百年くらいの歴史の中で百位以内ということになるわけだし、その後、八百年くらい大きな文句をつけられることもなく有名なまま教科書なんかにも多分出てくる。
そうして、ちゃんとしたものであると担保されているにも拘らず、俺のような無教養な現代人にはその良さが伝わってこない。『びちょ濡れなう』などと訳されて、識字率が低いから競争原理が働かなかったなどと揶揄されてしまう。
哀れな。
「俺は普通にかるたするが、峰岸はさっと覚えるか?取る方は下の句しか書いてないからな。健介の場合はあれだな。反射神経……、的なもので何とかするしかないな。峰岸が一番見つけるの早いだろうから、『あ、こいつこれに手を伸ばそうとしているな』と当たりをつけて横取りするゲームになるんじゃないか。まあ最後の方とか勘で取ったりできるようになるし、最後の一枚は自力で取れるぞ」
「俺だけ、横取りでしかポイントを稼げないのか。そんなこと言われたら一枚も取らない方が潔いだろう」
「うむ……、とはいえ通常プレイでもそういう戦略があったりするからな。相手の手の下に手を挟み込む遊びみたいな部分もないことないのだ。ちなみにこの百人一首に登場する人物は多分結構偉い方々なのだが取り札に肖像があるのだ。顔に落書きして別人と錯覚させるとかそういう戦略も昔はな、アリだったぞ。健介もやりたいというのならマジック貸してやるのだが」
「僕は?覚えれば良いのでしょうか。そうなると、まあ普通に取れますが。読み終わるまで目瞑って待っていて健介がその間にシャッフルしてくれても良いと思います」
「じゃあ、健介のためにな、俺も読み終わるまでは待ってることにするのだ。俺は目開けてていいか?」
「うん、良いでしょう。じゃあ、その代わりちょっと後ろに下がって見ててください」
「俺だけ……、邪魔したり横取りする遊びじゃないか、それは」
「いや知ってるのは見つけたら取ってくれて良いのだが……」
「お前……、そりゃ、見つけたら取るが」
「あ、今気づいたのですが、三人でゲームをする場合、読み上げる人はどうしますか。交替制ですか?」
「交替制だったとして、フェアプレーは難しいだろう。読む札を取ってから何秒で読み上げるとかそういうルールを作るか?面倒くさいだろう。声が小さかったり発音や読みがまちまちだったりしたらケンカになるかも知れんだろう?俺に対してハンデを用意されても全然不利なままな気がしてる。ということで俺が読み手をやってやる。読み間違いしても許してくれ。それで良いか?」
マジック貸して貰ってハゲに毛を書いたところで難易度が変わるはずがない。陽太が経験者で、ミナコはもうそれこそ並べた瞬間に全ての配置を覚えてしまうだろう。目を瞑って待つことに意味などないと俺も陽太も承知している。
となると俺も陽太も、もうミナコの手の下に手を差し込むという戦術しか残されていない。ならば俺はいっそ潔さを求めて読み手になった方が良い。
「それはそれで健介をハブってるみたいで気が咎めるのだが……。まあ、じゃあ、あれだな……。俺が高校生の時に買ったのだが」
おそらくだが、百人一首が競技に選ばれるのも、大体の有名所のゲームを遊び尽くしてしまったというのがあるんだろう。トランプをいくつも組み合わせてみたりオセロや将棋を特殊ルールにしてみたりと色々試し終えてしまっている。
陽太はまた立ち上がって今度は棚の中から小さなサイコロの敷きつめられた木箱を取り出して、机に置いた。
「俺が高校生の頃な、俺の住んでる地方の……、いわゆる都市伝説的な、サイコロを植えるとサイコロの木が生えてくるという噂があったのだ。発芽率はすごい低いらしいのだが、俺の友達の友達とかなんかは、……幻の七の木が生えてきたと、サイコロは六までしかないのにな。……そういうことを言い始めて、まあだからこのサイコロはそういうこともあってちょっと封印していたのだが、仕方ないからこれを使うというのでどうだ。幸いなことにな、この前、実際その幻の七の木が生えた現場に行ったことがある友達に電話して聞いたのだが、それはどんぐりの木だったそうなのだ。まあ、一応、解決したということになるしな」
「あ、ああ……、サイコロの?高校生の頃?」
「そういう元々は植える用のサイコロだったのだが、植えない方が良いなと思って使うに使えなかったサイコロなのだ」
「ん?これをどう使いますか?」
「百枚だから、単純に百が出れば良いだろ?健介もこれで百人一首知らないからとか拗ねてないで済むだろ、番号振ってあるし。サイコロの一がゼロで六が五ということにしないとならないな」
「二十個を暗算か?ミナコ以外計算できないだろう……」
「じゃあ、計算は峰岸に任せて横取り合戦になるな」
「僕が……、それはその、六が二十個とか一が十九個とかそういう確率をクリアしないとゲームが終了しないということになりませんか?」
「じゃあ、まあ数字被って取れるのがなかった時点で終了で良いんじゃないか?」
「あのなあ、俺は横取りゲームの美しくなさが嫌だから読み手で良いと言ったのに……。ああ、いや、ちょっと待ってくれ。なんかちょっと良いことを思いついたかも分からん」
「ああはい。僕もちょっと解決する術を思いついたかもしれません。陽太、サイコロは何個ありますか?」
「百個入りのを買って六個植えたな」
どうやら俺がひらめいたのと同じことをミナコもひらめいたようだ。普段のミナコのひらめき力が残念だったりするのはやはり材料となる記憶があれもこれもと押し寄せてパンクするからなんだろうか。今回のように直近に材料が揃っていればこんなふうに最適な解決策を出すことができるのかも知れない。
「このサイコロを使えばさっき言っていたマーブルオセロができるのでは」
「ん、どういうことなのだ?」
「マーブルチョコは七色のようですが、三人で二色ずつ選ぶのであれば別に六色でも問題ありません」
「そうだな、別に六色でも良いのだが?」
陽太がミナコから説明を受けるというのはちょっと新鮮な光景ではある。いつもなら逆の立場か、ミナコがちょっぴり残念な提案をして陽太に却下されるかのどちらかだったろう。ということでミナコもそこそこはつらつと少しばかり誇らしげにそのひらめきを語った。
「サイコロには六面あります。なのでっ、この場合数字を二つ選んで紙に書いておきます。同じ数字で挟まれたサイコロは転がしてその数字に変えれば良いです。そうすれば食べ物で遊ぶことはなくなり、手もべたべたにならず、いちいち取り除いて同色を探す必要がなくなり、使用済みを無理して食べなくても大丈夫です」
「…………」
「転がすのも結局面倒そうですが。食べる楽しみはありませんが。カラフルさがなくなりますが」
「て、……天才だな。け、健介、天才がいるのだが。俺の提案したマーブルオセロがソリューションされたのだが」
「ディフュージョンじゃなかったのか……?普通にソリューションで良いのか」
「天才?そんな大げさな。僕が天才ですって、健介。頭良いって」
「俺は……、元から評価してるぞ。お前は頭が良い……。相当にスペックは高い。その高い能力を活かして将来何かしら世の中の役に立つことを期待する」
「期待?期待されてしまった。そんな期待されるとは。うふふ」
どうしてなのか、今日ばかりは、ミナコの言う『期待』という言葉の意味を考えさせられた。俺が雑に放った期待という言葉をいやに嬉しそうに受け取るから、きっと俺がどの程度、何を期待しているのかが、ミナコには伝わっていない。
天才だろうし、頭は良いだろう。そんなことはもうとうの昔に決まりきっていて分かりきっていたことなのに、何をまあそんな、自分で気づけない美点を挙げられたかのように喜んでいるんだか。
「まあ勝利したら云々じゃなくてお菓子開封しないか?食べながらでも良いだろう。余るぞ絶対。別に強制はしないが」
「じゃあとりあえず机の上に並べた分だけでもどけるつもりで食べていきましょう」




